黒バス | ナノ






そうして訪れたファーストアルバム発売記念コンサート当日。
 結局あの後、ブログ更新のためのパスワードを事務所に変更されてしまい、ブログでのファンへの釈明はできていない。マネージャーの元へ「ファンに自分たちの言葉で伝えたい」と直談判しに行った黒子っちの要望も、終ぞ受け入れられることはなかった。
 今日のコンサートだって、MCで話すことは全て台本にして渡されている。これ以外のことは絶対にしゃべるな、ときついお言葉つきで。
 本番前、桃っちとはあまり話す時間はなかったが、それでも目があった時に力強く頷いてくれた彼女を信じようと思う。
 決戦は9曲目が終わった後、2回目のMCだ。
 もちろん、黒子っちはこの計画を知らない。オレと桃っちだけの秘密。悪戯を仕掛けた子供みたいに心が落ち着きなく動きまわる。三人の関係が壊れたらどうしよう、なんてことは今は頭にはなくて、仕掛けた悪戯が成功するかどうかとコンサート前の高揚感で頭の中はいっぱいだ。
18時28分。間もなくコンサート開始時刻になる。スタッフに先導されて、所定の位置に三人で立つ。桃っちを中心に三人で横に並び、手を重ねて声を出し、気合を入れた。カウントダウンの電子音が場内に響き始め、それを合図に客席のざわめきが大きくなる。デビュー曲の最初のポーズをとり、その時を待った。舞台中央、扉一枚隔てた向こうには5000人のお客さんがいて、オレ達のことを待ってくれている。考えるだけでぞくぞくする。
 音もなく開いていく扉に、会場を埋める観客からいっせいに悲鳴が上がる。デビュー曲のイントロが流れ、それに反応して観客はまた新たな悲鳴をあげる。会場が一つになって揺れた。この瞬間がとても気持ちいい。
 桃っちの甘い主旋律に黒子っちの透明な声が重なる。オレがそれを追いかけて、三人でメロディーを紡ぎ出す。

「みんなのアイドル、きーちゃんっス!」
「恋するみんなの味方だよ! さっちです」
「くろてつです。今日も心を込めて歌います、聴いてください」

 イントロが終わり、Aメロ前にいつもの自己紹介を挟めば、観客席から三人の名前を必死に呼ぶ声が聞こえる。相変わらず黒子っちの名前を呼ぶ野太い声が圧倒的な存在感を放っていて、思わず笑ってしまった。
 ここからは、ノンストップで3曲。歌い終えたところで台本通りの当たり障りのないMCを入れる。
 みんな、生放送の件は気になってはいるのだろう。観客からそれを揶揄する声は聞こえないが、黒子っちと桃っちが会話を交わす度に色の違うざわめきが聞こえた。
 事務所側の意向で最低限に抑えられた短めのMCを終え、アルバムの収録曲をメインに3曲、その後、まだCD音源化はされていないそれぞれのソロ曲を一曲ずつ歌って、あとは最後のMCとアルバムのタイトル曲一曲を残すのみとなった。
 踊りながら歌うのは体力の消耗が激しいが、まだ新人の自分たちが一部分だけでも口パクをするのは嫌だった。歌い終えたばかりの黒子っちがぜいぜいと肩で息をしながら中央のステージに戻って来るまでの短い時間を、桃っちと二人でつなぐ。

「くろてつ君、すっごくかっこよかったよ!」

 両手を合わせて目を輝かせる桃っちの言葉に、場内がざわめいた。
 ぐずぐずしていれば強引に曲をかぶせるなりして、MCを中断されてしまう。やるなら今だ。視線で合図を送ると、桃っちは頷いて、はぁっと大きく深呼吸した。

「みんな、今日は来てくれて本当にありがとう」

 さっちー! と歓声が上がる。それに笑顔で答えると、一拍置いてから桃っちは言葉を続けた。

「今日はみんなに言いたいことがあります。みんなも気になってたと思うけど、この前の生放送のこと。みんなに、私の気持ちを伝えさせてください」

 5000人が静まり返った。
 小さな身体が緊張と不安で震えるのを見て居たたまれない気持ちになったが、これは桃っちが一人で果たさなくてはいけない試練だ。がんばれ、とは声に出さずに、ただ桃っちを見守った。

「アイドルだから、みんなのことが大切だから、恋なんてしちゃいけないって思ってた。だから、ずっと好きになっちゃいけないって、これは恋じゃないって言い聞かせてた。でも、一番近くにいて、支えて貰って、彼の優しさに気持ちが抑えられなった。みんなのことを騙すのは嫌なの。独りよがりかもしれないけど、言わせてください」

 黒子っちは相変わらず無表情で、独白を続ける桃っちのことをじっと見つめている。その胸中が伺い知れなくて、ごくりと唾を呑んだ。

「私、本気でテツ君のことが好きなの……!」

 黒子っちが目を見開くのが分かった。普段は感情を表面に出さない彼が、演技中と三人だけでいる時以外に傍目から分かる程に表情を変えるのは稀だ。さすがに桃っちの必死の告白が伝わったのだろうと安堵すると同時に、別の感情が胸に芽生え始める。

「テツ君好きです、大好き」

 泣きそうな顔で繰り返す桃っちに、黒子っちが一歩ずつ、ゆっくりと近付く。5000人もいる筈の会場なのに、オレの耳には音一つ入って来ない。頭は真っ白なのに、動悸が速くて、まるで警報みたいに脳内に響き渡っていた。桃っちを見る黒子っちの目は優しい。ばくばくとうるさい心臓を抑えつけると、ずくりと鈍い痛みを感じる。
 桃っちの前で立ち止まり、一度口を開きかけて、もう一度閉じる。何でも率直に口にする彼が躊躇うのは非常に珍しい。その躊躇いの意味を考えると、今度は腹の底の方が熱くなってくる。

「桃井さん、ボクは……」

 ようやく音になった黒子っちの言葉はだがしかし、本日ラストとなるアルバムタイトル曲イントロの爆音によってかき消されてしまった。





 コンサート終了後、マネージャー及び事務所のお偉いさん方にがっつり1時間正座で説教された。桃っちはすみませーんと言ってたけど、あのすっきりした顔は反省してない顔だった。最終的にはオレ達がどうにかするから、と言ってくれたマネージャーさんの言葉がとても頼もしくて、この人に担当してもらえてよかったなって心底思った。
 コンサートスタッフからは思いの外あたたかい言葉をもらった。

「さっちってば可愛い! 共感しちゃったよー、応援するね!」
「さっちのファンだったからちょっとショックだったけど、正直に話してくれたから嬉しかった。これからもよろしくね」

 そんな言葉をもらう度に涙を流す桃っちは、本当に幸せそうだった。
 桃っちが幸せならそれで嬉しい筈なのに、胃がむかむかする。置いていかれるのが嫌なのか、そんな子供っぽい自分の執着が恥ずかしくて、それに気が付かないふりをした。
 事務所側としても、あそこまではっきりと宣言してしまった以上はなんらかの対応とらなくてはまずいと思ったらしい。すぐに公式にブログにあげるから、それぞれ今回の件に対するコメントを考えろと言われている。
 オレ個人としては、大切な仲間には幸せになって欲しいから2人を見守って欲しい、と書くつもりだし、桃っちはあの時の言葉に若干の付けたしをしたものを載せるのだろう。
 黒子っちはどうするんだろうか。
 存在感の薄い、小さな背中を思い出して、宙を見つめた。





―――
Title:テツ君のこと
**
こんばんは。さっちこと桃井さつきです。

今回の騒動でご迷惑をおかけして本当にすみませんでした。
あのコンサートでの発言は、私個人の意志でしたもので、テツ君ときーちゃんは何も知りませんでした。
生放送で私がテツ君が好きだって言ってしまってから、ずっとみんなにちゃんと説明をしたいと思ってました。
でもなかなかその機会に恵まれなくて、思い切ってコンサートでみんなに伝えようって思ったんです。

私の気持ちは変わりません。
私は、黒子テツヤ君のことが大好きです。
仲間としてももちろんだけど、一人の人間として、男性として好き。

ファンのみんなのことが大切だから、これ以上中途半端なままでいるのが辛かった。
私の正直な気持ちを知って欲しかった。
この件で、傷ついた人もきっといると思う。ごめんなさい。
だけど、愛を歌うアイドルとして、嘘を吐くことが出来ませんでした。

私はこれからもみんなの恋の味方として、恋の歌を歌っていきます。
私のことを応援してとは言わないよ。
でも私はみんなのことを勝手に応援しちゃうから!

たとえ好きになってもらえなくても、全力でテツ君に恋していたい。
全力で恋して、良い歌を届けるから。
それが私に出来る、みんなへの恩返しです。


桃井 さつき
―――



―――
Title:くろてつっちとさっちのこと
**
みんなきっと、すごくびっくりしてると思う。
けど、さっちはすごく一途で、ずっと諦めようって苦しんで何回も泣いてて、それを近くで見てきたオレには、さっちのことを責めるなんで出来ません。
さっちはとってもいい子なんスよ!
派手に見えるけど、くろてつっちのことになるとすぐに顔真っ赤になるし、他のどんなイケメンに言い寄られてもぴくりとも反応しないんス!さっちの気持ちは本物っス!

オレはくろてつっちもさっちも大好きだから、2人が幸せになってくれればそれでいいかなって思ってる。
でもファンのみんなもこともすごく大切。
みんなのことが好きだからこそ、できればさっちの気持ちを受け入れて欲しい。

半端な気持じゃないってことはオレが保証するっス。
だから、二人のこと、見守ってくれたら嬉しいです。


黄瀬涼太
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―――
Taitle:桃井さんのこと
**
 こんばんは、黒子テツヤです。

 今回の騒動で、みなさんにはご心配をおかけしました。驚いた方も多いと思います。
 かく言うボクも、かなり驚いた一人です。

 まさか自分がアイドルになるとは思っていませんでした。
 ボクは舞台以外では影が薄くて、日常生活では見失われることが多々あるほどです。それが、きらきらと眩しい、みんなの憧れであるアイドルになるなんて、そんなこと想像できる筈もありません。
 でも、桃井さんと黄瀬君がいてくれたから、ボクはなんとか今までやってくることができました。
 二人は、ボクにとって家族みたいに大切で、恋人みたいに尊重したい存在です。
 三人で歩んでいくことを誇りに思っています。

 そんな風に思っていたのに、桃井さんの気持ちに気付くことが出来ませんでした。ボクは稀代のうつけです。
 彼女の気持ちはとても嬉しい。あんな素敵な女性に思われて嬉しくない男はいません。これだけは言い切れます。
 でも、ボクは彼女の気持ちに応えることが出来ない。今は、三人の夢を追いかけることで精一杯です。
 桃井さんにもボクの気持ちは伝えました。笑って「ありがとう」という彼女は本当に可愛らしかった。

 桃井さんも、黄瀬君も、ボクも、みんなと同じ一人の人間です。
 食べて、笑って、呼吸をして、恋をする。
 どうか、ボクたちのことを今後も見守ってください。


黒子テツヤ
―――





 ブログにはたくさんのコメントが寄せられた。
 そのほとんどが好意的なもので、これからも応援するよ、というファンの言葉には涙が出る思いだった。これからもファンに恩返しが出来るように、全身全霊で頑張ろうと思う。
 そんなファンの中に起こった変化が一つ。

「さっちかわいいー!」
「くろてつ君と仲良くしてね!」

 桃っちのファン層が変わったのだ。
 これまでグラビアでの露出が多かった桃っちのファンは男性が中心だった。それが、この一件があってから女性ファンが急激に増えたのだ。女性向けファッション誌への出演依頼も一気に増えて、ファンレターやメールにはかわいい封筒や絵文字、デコメが増えた。恋する桃っちに共感した女の子たちが、桃っちの恋を応援してくれるようになったのではないか、とマネージャーが言っていた。
 黒子っちのファンは相変わらずで、女性が多くなったファンの中で、野太い声援が余計に目立つようになったくらいだ。彼のファンは根強い。彼の魅力は一種の麻薬みたいで、何があっても応援し続けたくなる気持ちはすごくわかる。
 そんな風に、思っていたよりもこの件の影響は少なく、むしろ恋するアイドルとして好意的に受け入れられている。世間が桃っちの片思いを受け入れ、応援しているのだ。
 これは喜ばしいことだった。喜ばしいことの筈なのに。
 桃っちがオレに気持ちを伝えてくれたあの夜から巣くったもやもやは、未だ晴れないどころかその濃さを増すばかりだった。

「みんなーっ、今日は来てくれてありがとー!」
「楽しんでるっスかー?」

 問いかけてマイクを向ければ、腹から出した声で答えてくれるファンのみんなに自然と頬が緩んだ。
 今日はファーストアルバムのツアー初日。神奈川から始まり、全国8か所を回る予定で、オレ達にとって初めてのツアーとなる。オレ達自信はもちろん、ファンの気合も充分なようだ。

「すごい歓声ですね、ありがとうございます」

黒子っちが喋ると、あちらこちらから野太い雄叫びが上がる。マイクを通した三人の音声を圧倒するファンたちの声援に、黒子っちが男性陣ちょっとうるさいです、と本音を零すと、客席から笑いが起こった。いなされたのに「くろてつ好きだー!」「あにきー!愛してる!」というこれまた低音の求愛に、黒子っちは苦笑いしながら「気持ちは嬉しいですが、丁重にお断りします」と答える。淡々と答える彼が面白くてその横顔を見つめていたのだが、不意に黒子っちが桃っちを見て不思議そうに小首を傾げた。

「さっち、どうかしました?」

 黒子っちが思わず問い掛けたくなるくらいに熱い視線を送っていたのだろう。突然話しかけられた桃っちは頬を染めて、ふるふると小さく首を振ってから答えた。

「なんでもないの! ただ、くろてつ君かっこいいなーって思って……」

 素直に気持ちを告げる桃っちにファンからは「さっちかわいいー!」「がんばってー!」と応援の声が飛ぶ。身体の中に巣食ったもやもやが、更にその濃度を増した気がした。
 日本中が桃っちの片思いを応援している。黒子っちの一挙一動に喜んだり落ち込んだりしながら、堂々と胸を張って彼のことが好きだと言う彼女を。腹の底が重たくなって、口の中いっぱいに苦い汁が広がっていく。
 だけど、重い気分とは裏腹に、悲しいかな空気を読むことばかりに慣れてしまった本能は、二人を冷やかすきーちゃんを無意識のうちに演じさせた。

「うわ、これオレちょー邪魔者じゃないスかー」
 
 おどけてそう言えば、観客が再び湧く。
 仲良しだから見ているだけで幸せな気分になる、見ていてあたたかい気持ちになれる、信頼し合っているのがわかるコンビネーション。そう評されるのはとても嬉しい。実際、芸能界の中でもこれほどグループ仲が良いアイドルは稀だと思う。特定のメンバーではなく三人のファンだと言ってくれる人も増えた。それがとても嬉しい。
 なのに、この気持ちはなんなのだろう。恐れていた疎外感とは少し違う、薄汚くてどろどろした感情がオレ自身を丸ごと飲み込んで、自分が消えてしまうのではないかとバカげた恐怖感を抱く。
 桃っちが綺麗に笑う度に、黒子っちが優しく微笑む度に、オレはどんどん汚くなっていった。


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