黒バス | ナノ






それは生放送中の出来事であった。
 無事リリースされたファーストアルバムは週間ランキング初登場3位を獲得。新人アーティストとしては大成功と言える順位であり、その後も順調にセールスを伸ばしている。この勢いが続けば、来週は1位を獲れるのではないかとマネージャーに言われ、昨晩は三人でケーキを囲みプチお祝い会をした。
 流行の移り変わりの激しいこの芸能界では、ブレイクの兆しを見せた人間はすぐさまテレビや雑誌から引っ張りだこになる。今日も朝から情報番組への出演、雑誌の取材3本にラジオ出演と続き、今日最後の仕事が平日0時30分から始まる音楽番組の生放送への出演だった。
 この番組は一組のゲストがMCとのトークを中心に2曲を披露する30分番組だ。時間帯は遅いが、一組しか出演しない分じっくりと自分たちの良さをアピールできる。
 オレ達は性別も個性も全く違うので、同じユニットなのにそれぞれのファン層が異なる。オレのファンの子は若い女の子中心だし、桃っちのファンは男性ばかり。黒子っちのファン層が一番不思議で、彼のファンは非常に男らしい男性や熟年のマダムが多い。見た目の儚さとは反対に男らしい性格と真面目そうな印象、加えて数ヶ月前に放送された出演ドラマでの役どころが学校を裏で牛耳るラスボス的存在(いわゆる裏番長ってやつだ)だった所為もあってか、男性ファンが急激に増えた。だから、オレ達のコンサートには若い女の子の黄色い悲鳴と男性の低い声、それにガテン系男性の野太くたくましい声が混じり合う。それぞれのファン層を広げて、個人のファンに三人のファンになって欲しい。その為にはまず、オレ達のことを知ってもらわなくてはいけない。この番組は、新人のオレ達が自分をアピールできる貴重なチャンスなのである。
 台本通り、冒頭にまず一曲、デビュー曲を歌い、CM中にトーク用のセットに移動する。ここで視聴者から寄せられた様々な質問に答え、最後のCM明けにアルバムからもう一曲歌って終了となる。
 トーク用のセットは、歌用のセットのすぐ隣に設けられている。バーを模した造りになっていて、白いテーブルを挟んでカウンターチェアにオレ、桃っち、黒子っちの順番で、司会者と向かい合って座る。背の高い椅子だったから、桃っちは座るのが少し大変そうだったが、黒子っちに手を取られて顔を真っ赤にさせている。それを見た観覧者から「くろてつ君優しい!」と声が上がった。それに対して黒子っちが柔く笑って見せると、野太い声でウオオと歓声が上がる。黒子っちのファンは非常に熱烈である。
 生放送の緊張感にはまだ慣れないが、今日の司会者さんは以前にご一緒させていただいたことのある人だったので、幾分かはリラックスして喋ることが出来た。思えば、それがいけなかったのかもしれない。

「じゃあ次の質問いきまーす。好きな異性のタイプは?」

無難な質問に幾つか答えた後、司会者がにやにやと笑いながら次の質問を投げかけてくる。よくある質問ではあるが、アイドルとしては答え方を間違ってはいけない大切な質問だ。アイドルは夢を売る仕事だよね、と桃っちが前に行っていた言葉を思い出しながら頭の中でまとめた答えを慎重に口にする。

「うーん、束縛しない子っスかね」
「うわ、きーちゃん最低!」
「え、なんでっスか」
「きー君最低です」
「くろてつっちまでひどいっス!」

 泣き真似をすると客席から笑いがおきた。束縛しない子がタイプと言うのは本音だが、それだけではアイドルの回答としては正解とは言えない。下手に嘘を吐いて後でぼろが出るのは困る。この手の回答には、嘘ではないが本当ではないことを口にするのが一番、というのがオレの持論だった。

「本当は、自分が持ってないものを持ってる、尊敬できる子がいいっス。だから、見た目とか年齢にはこだわらないっスね」

 笑顔でそう言えば、女の子たちから悲鳴が上がる。嘘は言ってない。そういう子のことを好きになれたら良いなーって思ってる。だけど、尊敬出来る子に出会う機会自体が多くはないし、そういう子と出会っても絶対に好きになるかと言われればそういうものでもない。桃っちがそのいい例だ。
 じゃあさっちは? と話しを振られた桃っちが、一瞬だけ黒子っちに視線を向けた後で「優しくて男らしい人です」と真っ赤になりながら答えた。普段は頭が良くて理知的なのに、黒子っちのこととなると途端にこれなのだ。本当に素直な子だと思う。
 照れる桃っちに、司会者がにやにやしながら追い打ちをかける。

「さっち、真っ赤だけど好きな人のことでも思い出しちゃった?」

 それを聞いた桃っちの顔がこれ以上ないんじゃないかってくらいに赤くなる。のぼせるんじゃないかと心配しながら、それでもお客さん達が興味深そうに聞いているからまだ助け船を出さずに少しだけ様子を見ることにした。

「え、やだ、違いますよ!」
「ほんとー? 怪しいなぁ」
「私はみんなの恋を応援するだけで今は精一杯なんですから」
「でも、こんなかっこいい二人と一緒にいて、好きになったりしないの?」

 瞬間、桃っちの動きが止まったのが分かった。
 まずい、この質問は非常にまずい。理知的で悪くいえば計算高い彼女が、こと黒子っちのことになると我を見失うのだ。これが「きーちゃんのこと、どう思ってるの?」という質問だったなら、すぐさま彼女は「女友達みたいなので、それ以上には見れませんね、ありえません」と良い笑顔で言い切るだろう。だが、今回の質問の対象には黒子っちが含まれている。
 黒子っちのことが好きだとオレに打ち明けてくれた日から、日増しに大きくなる彼女の気持ちは傍から見れば分かりやす過ぎる程だった。ペットボトルを手渡されれば両手でそのボトルを握りしめて「家宝にする」と呟き、洋服を褒められればそれから3日は同じ服を着てくる。さっき手を貸して貰った時だって、もうしばらく手を洗わない、と思っていたに違いない。
 桃っちは数秒動きを止めたが、必死に取り繕うとぎぎぎと音がするんじゃないかってくらい不自然なロボットみたいな動きでふるふると首を横に振った。どう見ても怪しい、誰が見ても怪しい。
 面白いおもちゃを見つけた顔をした司会者が、そんな桃っちに突っ込まないわけがなかった。

「え、なに、本当に二人のどっちかのことが好きだったり?」
「まさかそんなことあるわけないじゃないっスか、冗談きついっスよ。ねぇ、さっち」
「う、うん、うんっ、私テツ君のこと好きじゃな……い」

 どこまでばか正直なんだ、この人……。黒子っちの名前を出した上に、それも否定しきれずに言葉尻が小さくなる。

「えっ、さっちの好きな人ってくろてつなの!?」

 客席から悲鳴が上がる。ああ、もうだめだ、どうするんだこれ、生放送なのに!

「ちょっと待ってください」

 頭を抱えていると、今まで黙っていた黒子っちが凛とした声で一言。それだけなのに、騒がしかったスタジオ内が一気に静かになる。

「さっちは今朝から少し体調を崩していて、一日中挙動不審でした。その挙動不審を恋愛に結び付けるのは少しばかり早計です」

 黒子っちが言葉を切って、桃っちを見る。泣きそうな顔で黒子っちを見つめていた桃っちに彼は優しく微笑みかけて、オレに向けられたものじゃないその笑顔に何故だか心臓が飛び跳ねるくらいどきどきした。

「さっちはとても素敵な女性です。そしてボクたちは大切な夢を一緒に追いかけている仲間です」

 すごい。黒子っちの言葉には、真摯な響きが込められている。たとえそれが嘘だとしても、彼が言えば真実になってしまうようなそんな静謐さがある。少し強引ではあるし、桃っちが黒子っちのことを好きなんじゃないかっていう憶測はきっと根強く残るだろう。だけど、この場を治めるには充分だ。
 そうだよねー、なんて、司会者が笑う。ああ、良かった。そう思って胸を撫で下ろした、その時だった。

「……っ、テツ君大好き!」

 あろうことか、我慢の限界を迎えた桃っちが、隣に座っている黒子っちにそう叫びながら思い切り抱きついたのである。





「ほんっとうにごめんなさい!」

 何回も頭を下げる桃っちのことを責める気にはなれなかった。桃っちに悪気がなかったのは分かりきったことだ。
 あの後、オレ達のブログは大炎上した。コメント欄はすぐに書き込みの制限をかけられたが、最後に更新されていた桃っちの記事には4桁のコメントがつけられた。好意的なものが多かったけど、もちろんそうではないものもたくさんあった。
 オレ達はアイドルだ。黒子っちはまぁ別として、ファンは異性が多いし、オレ達を恋愛対象として見ているファンも多い。スキャンダルが発覚したら、恋人がいたら、結婚したらファンをやめる人なんて大勢いる。しかもオレ達はデビューしたての駈け出しだ。今ファンが離れるということが非常に致命的なのは間違いない。
 でも、それでもオレは桃っちの気持ちを尊重したいし応援したい。

「顔を上げてください、桃井さん」
「そうっスよ、桃っち! 桃っちのファンならきっと、ちゃんと話せば分かってくれるって」
「でも……」
「ブログに桃井さんの今の心境をはっきりと書いてみてはどうでしょう」

 黒子っちの提案に、オレと桃っちは目を見合わせた。
 事務所からはかん口令が敷かれていて、しばらくはブログの更新も許されていない。公共の場に出る時も事前に用意された質問以外には答えないようにと徹底されていた。

「桃井さんのことを好きでいてくれる方々です。きっと、桃井さんの言葉は届きます」
「でも、事務所から更新はするなって」
「チェックされないうちに勝手に更新してしまえばいいです。更新してしまえばこっちのもんです」
「……黒子っちってたまにすごいよね」

 あまりにもあっけらかんと言い切る黒子っちに、思わず笑ってしまった。
 あれもこれも考えるから深みにはまるだけであって、もしかしたらこの悩みは凄く簡単で単純なことなんじゃないか。彼の言葉にはそう思わせるだけの力がある。三人で顔を合わせて、いたずらっ子みたいににやりと笑い合った。



―――
Title:私の気持ち
**
ちょっとだけお久しぶりです。さっちこと、桃井さつきです。

まずはみんなに、びっくりさせちゃってごめんなさい。
この前の生放送での私の発言で驚いた人もきっと多いと思います。
私はアイドルだし、応援してくれるみんなのことが大好きです。みんなの夢を壊したくないし、喜んで欲しい。そう思ってアイドルをしています。
だから、この気持ちを諦めようって、何回も思ったの。
だけど、諦めようって思うほど苦しくて、だめだって思うほど好きになって、もうどうしようもないくらい気持ちが大きくなっちゃった。

恋するみんなの味方っていう私のキャッチフレーズ。あれは私が自分で考えたもので、それを考えた時と今の気持ちは変わらない。私はいつだってファンのみんなの味方でありたいと思ってる。みんなのことが、大好きだから。
大好きだから、もう嘘をつきたくないって思ったの。

私は、黒子テツヤ君のことが好きです。

私のこの気持ちのせいで傷つく人もいると思う。
でも、アイドルとして恋を歌うのに、恋心に嘘をつきたくない。

あ、テツ君は私のこと、そういう意味で好きじゃないよ!まだ、ね!
大好きだから、振り向いてもらえるように頑張るんだ!

みんなこと、応援してる。
私のことも応援してとは言えないけれど、でも、やっぱりみんなのことも大好きだよ。


桃井さつき
―――



 桃っちが一時間かけて考えた文章を携帯から打ち込んで、大きく息を呑みこんでから送信ボタンを押す。接続中の表示がぐるぐると画面に表示され、すぐに更新されました、とメッセージが出た。

「送っちゃった……」
「送っちゃったっスね」
「送りましたね」

 オレと黒子っちの携帯からブログが更新されていることを確認して、三人して椅子の背もたれにもたれかかった。ここまではっきりと書いてしまえば、もう後戻りはできない。
 きつく目を閉じてこれからどうなるのかと考えてみたが、いくら考えてみたってなるようにしかならない。オレ達は一人ではないのだ、きっとどうにかなる。
 あれ、と不思議そうな声で黒子っちが呟いたのを聞いて、閉じていた目を開けた。どうしたのかと彼に視線を送ると、小首を傾げて携帯の画面を見ていた彼が独り言のように小声で吐き出した言葉を聞いて、オレと桃っちは固まった。

「この書き方だと、桃井さんがボクのこと好きみたいですね。勘違いされたら桃井さんがかわいそうなので、書き直した方が良いと思います」

 たっぷりと30秒。それが彼の言葉を理解するのにかかった時間だ。30秒かけてその言葉を字面のまま解釈することが出来たが、それでもそれを言った黒子っちの心境は全く理解できない。浮世離れしてると感じたのは初対面の時だけで、同居生活を通して負けず嫌いだったり好物につられたりと存外に俗っぽいんだとすぐに彼への解釈を変えた。だけど、さっきの黒子っちの発言は、一度覆された第一印象を再度覆すほどの威力を持っていた。

「……みたい、じゃないと思うんスけど」
「あれ、ボクの自意識過剰でしたか、すみません。この文章だと間違えて捉えてしまう方もいるんじゃないかと思って」
「いやいやいや、なんでそうなるんスか……」

 人の機微には敏い癖に、自分に向けられた好意に鈍いってどういうことだ。しかも、鈍いにもほどがある。病気なんじゃないかと疑うレベルだろう、これは。

「黒子っち、あの生放送の時のこと覚えてないとか、ないよね?」
「覚えてますよ。桃井さんが好きなタイプについて語ったらスタジオがいきなり騒がしくなったあれですよね」
「いや、だからあれは桃っちが黒子っちのことが好きだってばれたからで」
「? あれは一般論でしょう? それに、大好きって言ってくれたのだって、そういう意味ではないですよね。このブログだってそれを弁解するためのものなのに、そう取られてしまっては桃井さんがかわいそうです」
「うん、桃っち本当にかわいそうっス……」

 右肩に感じる禍々しい負のオーラに、桃っちを直視することが出来ない。見てないけど、気配だけで落ち込んでるのが手に取るように分かる。どうしよう、隣を見るのが怖い。

「あ、さっき更新した記事消されました」

 やっぱりだめでしたね、と黒子っちは無表情のまま呟いた。しばらく黙りこむと、急に何かを思いついたように立ち上がり、ちょっとマネージャーさんのとこ行ってきます、と席を外した彼の背中を大人しく見送る。
 桃っちと二人きりになった部屋には沈黙が重くのしかかった。

「……」
「……」
「…………」
「…………しにたい」
「だめ! 死なないで桃っちぃ!」

 まるで燃えつきたボクサーのようなポーズで俯く桃っちから、いつもならただ立っているだけでも感じる彼女の鮮やかな虹彩が消えていた。自分の失態に対して謝罪していた時とは全く種類を異にする落ち込み方をする彼女は、見ているだけで不憫になるほどだった。
 桃っちの相談にのったり励ましていたのは他でもないオレだ。彼女がどれだけ黒子っちことが好きかも、そのことでずっと悩んでいたことも知ってる。
 正直に言えば、もし桃っちの気持ちが黒子っちに伝わって2人がくっついたらそれはとてもうれしいことなんだけど、それでも三人の今の関係が崩れてしまうことを怖いと思うこともあった。決して長くはない人生だけど、これから先、これほどに信頼して尊敬し合える仲間に巡り合えることはないんじゃないかって、けっこう本気で思っている。付き合いだした二人がオレをぞんざいに扱うことはなくても、「特別な存在同士」である二人のやりとりを見て、オレが疎外感を味わうのは容易に想像できる。
 執着心は薄い方だと思っていたのだけれど、どうやら自分は思いの外面倒くさい男だったらしい。
 だから、桃っちのことを応援しつつも、まだもう少しこのままの関係でいたいと胸のどこかで考えていた。自分勝手さに腹が立つが、これもまたオレなのだ。
 だけど、桃っちが傷つくことを望んだことは、決してない。

「みんなにはばれたのに、本人にだけ伝わってないって……。私、あんなに悩んだのに……」
「桃っち、」
「私ってばかみたいだね」

 はらはらと、彼女の白い頬を涙が伝う。慰めることも出来ずに、ただその場に立ちつくした。

「テツ君のばかぁ、でも好きー」

 わんわんとしゃくりあげながら泣き出す。
 自分への好意にとことん鈍感な黒子っちにわかってもらうには、真正面からはっきりと告白するしかないだろう。それに消されてしまったブログの記事。ファンのみんなにも、今回の件については自分たちの口からきちんと説明したい。

「ねぇ、じゃあ、黒子っちにちゃんと分かってもらえるように伝えるっていうのはどうっスか?」

 オレの言葉に桃っちが一瞬動きを止めて、涙でぐちゃぐちゃの顔を向けてくる。綺麗な泣き顔ではないけれど、一人のことを思ってひたすらに胸を痛める様子は、凄く可愛らしいと思った。

「あれだけやってもわかってもらえないのに」
「だからさ、みんなの前で言っちゃおうよ! ブログも消されちゃったし、来週のコンサートで、ぱーっと!」

 来週行われる予定のファーストアルバム発売記念コンサートは、予定通り行われる予定だ。シングル3枚全て購入したお客さんだけを無料で招待するそのコンサートは、先日オレ達が初めてのコンサートを行った時と同じ会場で開催される。収容人数は5000人。この5000人のファンの皆に、桃っちの気持ちの証人になってもらう。
 生放送の件で、会場を訪れる桃っちのファンは前回よりも少ないかもしれない。だけど、こうでもしないとオレ達の気持ちはファンには伝わらないし、桃っちの気持ちは黒子っちに伝わらない。

「コンサートで……」
「うん、もうこうなったらとことんやっちゃおう!」

 びっくりしたのか、いつの間にか涙は止まっていた。涙の痕が残る白磁の肌を見つめて、ね? と聞けば、少しの逡巡の後、こくんと控えめに首を縦にふった。


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