黒バス | ナノ




その前のお話

*その前のお話

「きーちゃん、また女の子振ったんだって?」

 昼休み、保育園からの付き合いの桃っちが空いていたオレの前の席に座りながら話しかけてきた。
 仕事の連絡を確認するために眺めていた携帯をポケットにしまい、彼女の言葉に返答する。

「だって、好きでもない子に使う時間なんてないっスもん」
「きーちゃんって一途だけど女の子に酷いよね」

 そう言って笑う彼女は綺麗だった。
 オレから言わせてもらうと、中学に入学してから一か月に一人のペースで告白してくる男たちを振り、難攻不落記録を今なお更新中の桃っちだって結構ひどいと思う。誰とも付き合わないし、誰が好きだなんて噂もないから、彼女に憧れる健全な青少年たちはその熱い思いを諦めることすらできないでいるともっぱらの噂である。
 保育園からの腐れ縁はこの中学にオレを含めて5人いるが、こうして恋愛話を振って来るのはこの学校のアイドルである桃っちだけだった。他の4人は中学からバスケ部に入っており、思春期特有の異性への興味がないことはないが、今は何よりもバスケが楽しいらしい。みんなそれなりにモテるのに、浮いた噂の一つも聞いたことがない。
 10年近くの付き合いだから、バスケ部に入らないか、なんてお誘いを頂いたこともあったが、オレには他にやることがたくさんあるのだ。
 夢中になれることが他にあるのだから、オレはみんなと一緒にバスケは出来ない。有難いお誘いだったが、丁重にお断りさせてもらった。

「オレは好きな人のことだけ考えてたいんス」

 そう言えば、彼女は呆れた風にため息を吐いた。
 オレには5歳の頃から好きな人がいる。いつか思い出になって掠れていくと思っていたその思いは、年を重ねるごとに鮮やかに色付き、掠れるどころか日ごと増していく感情の質量に押し潰されそうなほどだった。
 今思いを告げても、きっと彼は困るだろうし、中学生なんて相手にしてくれないだろう。だが、いつかしてくれた「一緒にいてくれる」という約束を思い出すと、自然と頬が緩む。先生のことを考えて、先生との近い将来実現されるであろう未来に思いを馳せた。

「気持ちはわかるけど……私も好きな人がいるし」
「え、桃っち好きな人いたんスか?」
「うん、ずーっと片思いなんだけど。その人のお嫁さんになるのが小さい頃の夢だったの」
「……ふーん」

 桃っちは覚えていないのかしれないが、オレと彼女は保育園の頃に大げんかをしたことがある。
 当時、担当だった黒子先生に片思いをしていた彼女は、先生と結婚すると公言していた。その頃のオレは大人しくて、碌に自己主張も出来ない子供だったから、それを聞いても自分だって先生のことが好きなんだと言うことすら出来なくて、ただ唇を噛みしめていた。
 
「せんせいが好きなのはわたしだけなの!」

 だって、けっこんするんだから! そう言って笑った彼女に、遂に我慢できなくなったオレは、どもりながらも必死で抗議した。それが気に入らなかった彼女がオレの頬を引っ叩いたのを今も覚えている。ちいさな手で、力任せに叩かれた衝撃は今思えば大したことない可愛いものだったのだろうけど、当時の弱虫なオレにとっては生命の危機を感じるレベルの攻撃だった。
 涙を大きな目いっぱいに溜めて、せんせいはわたしをけっこんするの! と言う彼女は子供らしく可愛らしいかったのだが、オレにとっては先生を奪おうとする悪魔以外の何物でもなかったのだ。
 結果として、このけんかがきっかけで黒子先生とあの約束を交わすことが出来たのだから、感謝してはいるんだけど。
 小学校に入学してしばらく立つと、彼女の口から先生の名前が出てくることもなくなり安心していたのだが、どうやら今でも彼女は、オレの恋敵のようだ。

「でも、好きな子がいるんなら女の子には優しくした方がいいよ」
「なんでっスか?」
「だって、いざ付き合うことになった時に、女の子の扱いがへたくそな男なんて興醒めじゃない。男は優しくないとね、黒子先生みたいに!」

 そう言われてふと考えた。
 確かに、かなり年上の黒子先生を口説き落とすにあたって、経験は大切な武器になるかもしれない。今まではただ単に先生の周辺のリサーチだけをしてきたが、桃っちの言うことには頷けた。さすが全中優勝校の有能マネージャーだ。先生は譲らないが。

「そっか、そうっスよね」
「そうそう」
 
 そうと決まれば善は急げだ。年齢差を埋めるための経験なんて、いくらあっても足りない。
本当は18歳になるまでは動かないでおこうと思っていたけど、このままじゃどうにも我慢できそうにない。
 高校に入学したら、タイミングを見て黒子先生に告白する。最近、先生の周りを目障りな女がうろついてるみたいだけど、そんなのどうにでもなる。いざとなれば、オレが女を口説いて、先生から引き離せばいい。
 とにかく今は出来ることをしよう。突然席を立ったオレに、桃っちが不思議そうな顔で名前を呼んだ。

「きーちゃん?」
「桃っち、敵に塩を送ってくれてありがと」

 そう言って後ろ手で手を振るが、桃っちはぽかんとしたままこちらを見ているだけだった。



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