黒バス | ナノ










「ねぇ、黒ちんこれあげる〜」
「……! これは……、新発売のまいう棒バニラシェイク味!」
「どこ行っても売り切れだけど近所の駄菓子屋にあったから買い占めたんだ〜」
「紫原君、大好きです」
「オレも黒ちんのこと嫌いじゃないよ」
「そもそも固形物に液体の味をつける意味が分からないのだよ」
「ミドチンってつまんない男だよね〜」
「緑間君てつまらない人ですね」
「な、なんなのだよお前たち」
「だからミドチンって童貞なんだよ」
「だから緑間君は童貞なんですよ」
「さっきからなんなのだよ! お前らだって童貞の癖に!」
「っ、童貞の何が悪いんですか!」
「ミドチンさいて〜。童貞が童貞を侮辱するなんてほんと最悪だし」
「童貞を笑う者は童貞に泣きますよ、緑間君一生童貞ですね。ご愁傷様です」
「どんまい」
「くっ、この童貞コンビめ……!」
「お前たち、桃井が顔真っ赤にしてるからそろそろやめてやれ。あと、休憩終わってるからな」







「あったね〜」
「ありましたね。これも撮ってたんですね、全然気付きませんでした」
「てか、何でこれ外周追加されてないんだよ、理不尽じゃねぇか」
「ははは」
「赤ちん笑い方こわい」

 映像の中の彼等は、記憶の中の彼等とかなり近い。おそらく、黄瀬が入部する直前の映像なのだろう。
 まだわだかまりがなく、ただひたすらにバスケが好きで部活に打ち込んでいた、あの目映いばかりの日々が思い出される。この数カ月後から少しずつ歯車がずれていくことを考えると胸が痛くなるが、画面の中の彼等はただ楽しそうに笑っている。その楽しそうな輪の中に自分がいないことを少しだけ寂しく思っていると、横にいた黒子がぽんぽんと黄瀬の頭を叩いた。

「寂しそうな顔してますね」
「寂しくはないっス。みんなが仲良さそうなのが羨ましいだけっスよ」
「バカですね、君は。それが寂しがってると言うんです」
「黒子っち優しい……。大好きっス!」

 見れば、薄らと目元が赤くなっている。黒子は元々それほど酒に強くない。それが、旧友たちとの久々の再会に加え、魔王のお力で飲み始めてからそう時間は経っていないが場酔いしてしまったのかもしれない。
 普段ならばこんな風に優しく触ってくれたりしないのに、酒が入って本音が零れやすくなっている時にこんなことをされるのは、嬉しくもあるが正直困る。黒子の手の熱を感じながら、黄瀬は言葉を飲み込むように俯いた。

「涼太、安心しろ。次からはお前が主役だ」
「え、ほんとっスか?」
「はー? そんなん興味ねぇよ、試合の映像見せろ」
「それはまた後でな。じゃあ次行くぞ」

 酔っていたのかもしれない。自分以外のみんなが楽しそうにしているのを見て、感傷的になっていたのかもしれない。
 だからこそ、赤司がDVDを持ってきた時に感じたあの違和感を、この時の黄瀬はすっかり忘れてしまっていたのだ。危機感を持ち続けていたところで赤司に逆らうことなど出来る由もないのだから、忘れていた方が幸せだったもかもしれないが。
 
「二年生の頃の涼太と大輝とテツヤだ」

あの頃、残って練習している二人に混ざっては部活後に自主練をしていた。憧れの青峰と尊敬する黒子と一緒に過ごした時間は、今でも大切な思い出として記憶の一番手前にすぐ引き出せるようにしまってある。はやる気持ちを抑えながら、画面を食い入るように見つめた。







「青峰っち! もう一回、もう一回だけお願い!」
「もうだめだって、また明日な。テツが待ってるんだって」
「えー、あんな下手くそと練習するよりオレとワンオンワンやってる方が絶対楽しいって」
「テツとの練習だって楽しいんだよ」
「意味わかんねー」
「意味とかそんなんじゃないんだって。じゃあ、またな」
「ああ、青峰っち! 待って、本当にもう一回、ね、お願い!」
「黄瀬君もここまで言ってるんですし、やってあげれば良いじゃないですか。ボクは構いませんよ」
「うわ、テツお前いつからいた」
「攻守が入れ替わるのを6回ほど見てました」
「それ最初からじゃないスか……。全然気付かなかった」
「お前、いるなら声かけろよ」
「二人が楽しそうだったので、邪魔をしては悪いと思いまして」
「ほら、青峰っち。黒子クンもこう言ってるんだし、もう一回やろ?」
「じゃあ、テツも一緒にやろうぜ」
「はぁ?」
「なんだよ、嫌なのかよ」
「だって黒子クン入ったってつまんないじゃないスかー」
「お前本人の前で言うなよ、まじで良い性格してんな」
「負けん気が強いのは買いだと思います」
「褒め言葉として受け取っとくっス。さ、青峰っち、やろ!」







 血の気が引くとはまさにこのことなのだと、黄瀬は実感した。
 入部したて、まだ黒子のプレイを見る前の話だ。影が薄く、身体能力も平均、いやもしかしたらそれ以下だったかもしれない黒子を、黄瀬はあからさまにバカにして見下していた。こんなの、と言いながら指差したこともあった。
 だが、練習試合で彼のプレイスタイルを知ってからは、彼のことを選手として尊敬していたし、傍にいる時間が増えるにつれて黒子テツヤという彼自身のことが好きになった。今では彼と自分の間柄を親友と主張する度に黒子にそれを否定されるほどなのだ。
 だからこそ、あの頃の見る目のない自分は、黄瀬にとって黒歴史以外の何物でもなかった。
 ぱっと見だけで判断して、大好きな黒子を否定してあざけり笑う自分を見て、今すぐに消えてしまいたくなる。穴があったら埋まってもう一生出て来たくない。

「黄瀬って調子良いよな」
「ここまで掌を返したような態度だと胡散臭くて信用ならないのだよ」
「こんなこと言われたのに友達でいてくれる黒ちん優しいね。お菓子あげる〜」
「ありがとうございます」

 予想通り、当時を知っている面々ですらこの映像を見て非難の視線を黄瀬に寄せている。埋まりたい。今すぐに埋まってしまいたい。
 酒のノリなのだろうが、こちらを見て肩を寄せあってひそひそと言われているのが結構堪える。せっかく黄瀬が加入後のバスケ部の様子を見られると思ったのに、期待した結果がこれだ。辛い。泣きたい。埋まりたい。

「黒子っち、違うんスよ、これは……、ね? 違うんスよ……」
「大丈夫ですよ、気にしてませんから」

 モデル業で身につけた話術も処世術も今はそのなりを顰め、言い訳も思いつかない。泣きそうな顔で見つめる黄瀬の頭を、黒子は優しく撫でてくれた。昔の話です、と微笑む黒子に感極まって抱きつこうとしたところで、背後から赤司に首根っこを掴まれて阻止される。
 体格差があるはずなのにこうして易々と引き剥がされることを毎度のことながら不思議に思いながらも、赤司だからの一言で全てを飲みこんで大人しく黒子の隣に座り直した。
 
「これ飲んで落ち着いてください」

 そう言って差し出された魔王を一気に飲み干すと、赤司がまた別のDVDを持ってきた。

「よし、これで最後だ」

 もうみんなすっかり出来上がってしまっている。へらへら笑いながらDVDを掲げる赤司にひれ伏す紫原やそれを見て大爆笑している青峰をよそに、黒子は涼しい顔で芋焼酎をちびちび飲んでいる。こくりと白い喉仏が上下するのを見る度に妙な心持になるのは、酔いの所為だろうか。
 再生される映像を見るふりをしながら、横目で黒子の様子を窺っていると、ふと黒子と視線があってしまう。口にしていたビーフジャーキーを落としそうになって慌てると、それを見た黒子が小さく笑んだ。

「黒子っち、」

 彼の名前を呼んだ小さな声は、始まった映像の音声にかき消された。







「テツ君今日もかっこいいよぉ」
「……桃っちって完璧なのに、男の趣味だけ悪いっスよね」
「え、テツ君のこと?」
「地味だしバスケセンスないしお堅くて喋ってもつまんないし、どこが良いんスか」
「きーちゃんそれ本気で言ってるの? テツ君のことそんな風に思ってたの?」
「だって事実じゃないっスか」
「わかってないなあ! もう!」
「えっ」
「テツ君は王子様なの! 優しいしかっこいいし最高の王子様なんだから。この前の誕生日だって、私が入浴剤集めてるの知ってバスクリンくれたんだよ! もう本当にかっこいい」
「え、バスクリン?」
「ゆずの香りのバスクリン! 嬉しすぎて使わないままテツ君ボックスに保存してあるの!」
「……桃っちがそれでいいならいいんス」
「よぉ、なんの話してんだ」
「大ちゃん! きーちゃんにテツ君のかっこよさを教えてあげてたの」
「恋は盲目っスよね。あんなつまんない男のどこがそんなに良いんスか」
「ばかか、お前。テツは男前だろ」
「は? 青峰っちまで」
「大ちゃんもっと言ってやって」
「あいつ程根性ある奴いないぜ。オレが女ならテツみたいな男と付き合いたい。でもオレは男だからおっぱいの大きい子と付き合いたい」
「大ちゃんサイテー」
「おっぱいは分かるけど、女だったら付き合いたいって言うのはやっぱわかんないっス。おっぱいは分かるけど」
「きーちゃんサイテー」







「違うんスよ! 待って、黒子っち話を聞いて!」
「きーちゃんはテツ君に近寄らないで」
「黄瀬、てめぇはだめだ」

 見終わった瞬間、弁解しようと隣に座る黒子の肩を掴もうとするが、いつの間に移動したのか、青峰と桃井によってそれを阻まれる。幼なじみ二人の鉄壁の防御に負けじと、二人の間から黒子に向かって手を伸ばすが、当の黒子は無表情で黄瀬のことを見つめるだけ。

「く、黒子っちぃ……」

 涙ながらに必死で手を伸ばしながら名前を呼ぶと、黒子が少しだけ口角を上げて黄瀬を見た。

「……黄瀬君」
「黒子っち!」
「そんな慣れ慣れしい呼び方やめてください、黒子クンって呼んでください」

終わった。終わってしまった。
黄瀬は最大限に気配を消してミスディレクションを試みながら、部屋の隅で丸まる。背後からはそんな黄瀬を気にもせずに楽しげに話す三人の会話が聞こえてくる。それが黄瀬を余計に落ち込ませた。

「青峰君、ボクのことそんな風に思ってくれていたんですね……」
「そんな目で見るなよ、照れるだろ」
「青峰君はボクの永遠の光です」
「テツ君! 私も! 私もテツ君のこと褒めてたよ!」
「桃井さんもありがとうございます」
「えへへ、あの時のバスクリン、まだテツ君ボックスの中に大切に保管してあるよ」
「え、まだあるんですか」

 恨めしい気持ちを目いっぱい込めて三人を見つめるが、誰一人としてそれに気付いてくれない。自然と溢れる涙で視界が歪み膝に顔をつけた刹那、肩を叩かれる。期待に胸を膨らませながら勢い良く振り返ると、そこには期待を裏切る美しい笑顔の魔王がいた。

「面白かっただろ?」
「全然面白くないっス……」

 こうなることを予測して中学時代から映像を残しておいたというのなら、この人は本当に魔王だ。がくりとうなだれる黄瀬を見て、赤司はさもおかしそうに笑った。

「あんまりもたもたしているようだから、歯痒くなったんだよ」
「は?」
「いい加減自覚しろ、面倒だ」

 黄瀬の背中を軽く叩くと赤司はそのまま紫原のところへと行ってしまう。彼はいつでも先を見ていて、常人とは違う思考でもって生きているから彼の考えを完全に理解するのは到底無理だ。今だって、赤司の言わんとするところが分からず、黄瀬は首を傾げた。
 黒子たちの方に視線を遣れば、三人は変わらず楽しげに話している。黒子に必要以上に触れる二人に、腹の奥にもやもやとした感情が湧いてくるのを感じた。

「テツ、お前には感謝してるんだよほんとだぞー」
「青峰君、酔ってますね」
「テツ君! 好き! 結婚して!」
「桃井さんも酔ってますね……」
「お前のこと一番わかってるのは火神じゃない、オレだ。な、テツ」
「私が一番テツ君のこと好きなんだから! だから子作りしよ? ね?」
「ちょっとそろそろ助けてください」

 似た者同士の幼なじみ二人にもみくちゃにされている黒子を見た瞬間、反射的に身体が動いた。自分でも意識せずに手が伸び、二人の間を割ってかばうように黒子の前へ立つ。
 黒子も随分飲んだだろうに、顔色は平常のものと変わらない。白い頬を微かに動かして、黄瀬君? と発した。どくんと心臓が跳ねあがる。
 それを合図に、黄瀬は二人をきっと睨みつけた。

「黒子っちと一番仲良いのはオレっス!」
「はぁ? お前、テツのこと嫌ってたじゃねぇか」
「昔の話でしょ。今は誰よりも尊敬してるっス」
「バスケプレイヤーとしてでしょー? 私はテツ君がどんな人でも大好きだから、私が一番テツ君のことが好きなのー」
「オ、オレだって黒子っちがバスケしてなくても、黒子っちがどんな人でも黒子っちのことが好きなんス! 世界で一番愛してる!」

 うるさかった室内がしんと静まり返った。咄嗟に口を吐いて言葉が鼓膜を揺るがして、それでやっと黄瀬は自分が何をのたまったのかを理解した。そしてそれを理解した瞬間、胃の中の塊がすとんと静かに落ちてきて、あるべき場所に居座り始める。

「黒子っちが好き、」

 改めて口にした言葉は、七人の耳に確かに届いていた筈だが、誰もそれに反応しない。
 ちらりと横目で黒子を見れば、呆けた顔の黒子が、黄瀬の視線に気付いた途端その白磁の頬を真っ赤に染め上げた。



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山崎さんへ!

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