黒バス | ナノ







『今週土曜日、20時に僕の家集合』

 たった一行の不躾なメールに異を唱える者はいなかった。それはそうだ、差出人は赤司征十郎、成人して大分丸くなったとはいえ、初対面の人間にはさみを突き付けるような男だ。中学時代からの付き合いであるキセキの世代の面々が、永遠の主将様である赤司征十郎に歯向かえるはずがない。このメールを受け取った時点で、冠婚葬祭以外の理由での招集辞退は有り得ないのである。
 了解の旨だけを返信し、黄瀬はふと短いため息を吐いた。
 メールの宛先にはCCで黄瀬以外のキセキの名前が挙がっていた。中学時代の部活メンバー、キセキの世代と呼ばれた6人が一堂に会するのはいつ以来だろうか。各々誰か彼かとは連絡を取り合っているから全く繋がりがないわけではないのだが、全員が全員と繋がっているのではない。例えば、黄瀬は黒子や青峰とは比較的頻繁にメールのやり取りをしているが、緑間や紫原とはここ半年は音沙汰なし。黒子が紫原と連絡を取り合っているから、そこから話を聞いて元気だということだけは知っている。そんな感じなのだ。
 最後に全員で会ったのは、と考えて、成人式の日のことを思い出す。地方にいる者たちも含め、帝光中バスケ部のほぼ全員が地元での成人式に参加しいていた。人数は多かったが、昨今ニュースで取り沙汰されているような荒れた成人式にはなり得なかった。理由は簡単、赤司征十郎がいたからだ。風紀の乱れを、彼が許す筈がない。
 式が終わり、桃井も含めた7人だけで朝まで飲み明かし、朦朧とした意識で別れた。そうだ、それが全員で会った最後だった。
 ばらばらになってしまった時期もあったが、黒子のお陰でまたこうして気が置けない仲間として繋がっていられる。個人的にも黒子に感化された部分は大きくて、人としてもバスケプレイヤーとしても尊敬している。
その気持ちを素直にぶつけても、つれない返事を頂戴することが殆どではあるが、それでも黒子だって黄瀬のことを憎からず思っていることは間違いない。その証拠に、彼に落ち込んだメールを送ればすぐに電話で返してくれる。そうして、自分だって次の日は早い癖に、夜が更けるまで黄瀬の愚痴に付き合ってくれたり、飲みに連れだしたりしてくれるのだ。
本当に、彼は黄瀬を上手に甘やかす。
3か月前に会った時に卒論のテーマについてあれこれ悩んでいた黒子のことを思い出した。高校の頃は、中学時代の仲間たちと離れ離れになってしまったことが寂しくて、黒子の学校までしばしば遊びに行っていたのだが、大学生にもなればそうも行かない。
会うことでしか隙間を埋められなかったあの頃に比べて、黄瀬も少しだが大人になったのだ。会わなくてもお互いのことを忘れることがないと分かった今、以前のように突然押しかけては彼を困らせることも減った。それでも、無性に顔が見たくなる夜があって、その度に電話をかけてしまうのはご愛嬌だ。
感慨に耽っていると、手の中の携帯が鳴動する。着信したばかりのメールを開けば黒子からで、思わず笑ってしまった。

『日曜日、行きますよね? 以前黄瀬君が読みたいと言っていた本を持っていきます』

 メールは週に数回しているのに、黒子からメールがくるとどうしようもなく胸が熱くなる。素っ気ない黒子からの、親友だと思っている相手からのメールだから嬉しい。それだけではどうにも収まりきらないような気はしているのだが、そこから一歩先に踏み出すのが怖い。
 今は、付かず離れずの距離でいるのが心地良い。こうしてたまに会って酒を飲んで、昔話に花を咲かせる、それで充分だ。
 黒子への返信を済ませてベッドに寝転べば、すぐに睡魔が襲ってくる。それに抵抗せずに、黄瀬は瞼を閉じた。



「では、久々の再会を祝して」
「かんぱーい!」

 一年半以上のブランクがあるとはいえ、皆中学時代からの付き合いがある。顔を突き合わせれば、すぐにあの頃のように気安い関係に戻ることが出来た。それぞれ持ち寄った酒類は何故か芋焼酎に偏ったが、それも些細なことである。桃井にだけは赤司の家にあった赤ワインが渡され、男性陣は芋焼酎で乾杯をした。
 グラスを煽れば、すぐに昔へと時間は遡った。お互いの近況を話していたのが、気が付けば昔の思い出話に花を咲かせているのもまた一興である。

「テツがいなくなった時はまじでびびったわ」
「思い出しただけで泣いちゃいそうになるもん……」

 自然とバスケの話題になり、それが部活の話題へと流れていく。そうするとそれは必然的に全中三連覇後、黒子の突然の退部へと繋がった。あの頃は黒子の名前を出さないことが暗黙の了解になっていたが、他でもない彼自身の働きによって純粋にバスケが好きだったあの頃の自分たちを取り戻すことが出来た今だからこそ、こうして気安く口にすることが出来る。
 黒子を見遣ると、薄らと笑いながらグラスの中の氷を見つめている。その横顔は、今まで見たことがないほど大人びていて、黄瀬の心臓はどくりと一瞬だけ跳ね上がった。

「桃井さん、泣かないでください」

 そう優しく諭せば、桃井はテツ君優しい! と感嘆の声を上げながら黒子に抱きつく。中学の頃から黒子への片思いを貫いている彼女が、黄瀬には眩しかった。
 今はこうして素直に心情を吐瀉しているが、当時の青峰は黒子の退部にショックを受けている様には見えなかった。練習に出ずに、やさぐれていたあの頃。だが、青峰と黒子は相棒だった。一番近くで二人を見ていたのは黄瀬だ、それはよく知っている。きっと、彼なりに思うところはあったのだろう。
 こうして時間が立って、大人になって、初めて認められることもある。
 胸にしがみついている桃井の頭を撫でている黒子と青峰が視線を合わせ、照れ臭そうに笑っているのを見て、あたたかい気持が湧いてきた。お互いのバスケを否定して一度は決別した二人が、今はこうして酒を飲み交わしている。
 他の面子をみれば、皆一様に穏やかな顔でそのやり取りを見守っていた。皆、同じ気持ちなのだ。
 グラスに残っていた芋焼酎を一気に飲み干すと、赤司が酌をしようとボトルを持ち上げた。

「あの、オレも赤ワインが良いんスけど……」
「はは、お前ら揃いも揃って芋焼酎ばっかり買ってきて、5本もあるのに飲まないつもりか?」
「芋焼酎いただくっス!」

 赤司の手には緑色のボトル、そしてその後ろにはまだ開栓すらしていない芋焼酎が4本。全て同じ銘柄である。何も言わなくても、皆が何を考えていたのかは一目瞭然だ。芋焼酎の銘柄は「魔王」、まさか全員が同じものを買ってくるとは思っていなかったが、これ以外の酒を選べなかったのもまた事実である。

「よし、そろそろかな」

 昔話を肴に酒……芋焼酎も進み、各々がほろ酔い気分になってきた頃、おもむろに立ち上がった赤司が奥の部屋に消えた。かと思えば、すぐに何かを手にしてリビングに戻ってきた。

「赤ちん、それな〜に?」
「みんな昔のことを楽しそうに話していたからね。これを見れば、話しも弾むかと思って」

 そう言って眼前にDVDをかざした赤司の顔は恐ろしく美しかった。いけない、この顔はいけない。瞬間、黄瀬の背中を悪寒が走ったが、だからと言って黄瀬に赤司を止める権限も器量も手立てもない。
 わいわい楽しそうにテレビ画面を見ている一同とは真逆に、するりと円盤がデッキに吸い込まれていく様を空恐ろしい気持ちで見つめる。すぐに映像が再生され、記憶よりも少しばかり幼いキセキの面々が映しだされた。






「なぁ、第四体育館の幽霊ってお前だっただろ。図書室の怪奇ってのもお前なのか?」
「え、テツ君、そうなの?」
「不本意ではありますが、その可能性は高いですね」
「テツ君、部活ない時はいっつも図書室にいるもんね」
「お前は本当に歩く七不思議だよな」
「青峰君だって、暗闇歩いてたら肌が同化して歯だけ浮かび上がるから火の玉とか言われてるんじゃないですか」
「ケンカ売ってんのか」
「こっちの台詞です」
「ちょっと、二人とも落ち着いてよ……」
「ああ、違う、こんなことが言いたかったんじゃねぇんだ、なぁ、赤司のびびった顔見てみたくねぇ?」
「…………さよなら青峰君、君のことは忘れません」
「大ちゃんって本当にばかだったけど、私は大ちゃんの良いところもたくさん知ってたよ……!」
「あ、てめ……!最後まで聞けって、テツ影薄いし、気付かれずに出来るって! ちょっと暗い所で驚かせてそれを動画で撮ってオレらだけで見て楽しむだけなら、赤司も気付かねぇだろ」
「…………さよなら青峰君、君のことは忘れません」
「大ちゃんって本当にばかだったけど、私は大ちゃんの良いところもたくさん知ってたよ……!」
「人の話聞けって! 絶対大丈夫だから!」
「いえ、だって」
「何だよ」
「大ちゃん、後ろ」
「は?」
「青峰、ちゃんと動画撮っといてやってるから、お前は今から外周30行って来い」
「…………さよなら青峰君、君のことは忘れません」
「大ちゃんって本当にばかだったけど、私は大ちゃんの良いところもたくさん知ってたよ……!」







「ありましたね……」
「あったね……」

 青峰以外は笑いを堪え切れない風に肩を揺らしているが、当の本人は当時のことを思い出したのか苦虫をかみつぶしたような顔をしている。部活中の風景だったが、黄瀬がまだいなかったことと黄瀬の記憶の彼らよりも更に幼いことから考えるに、中学一年の頃の彼等なのだろう。
 黒子がその影の薄さから、学校の七不思議のいくつかが彼発祥なのだという話は桃井から聞いたことがあったが、それについて直接彼に話を聞いたことはない。まさか、あの第四体育館の幽霊の存在が黒子だったとは。
 悲鳴をあげて逃げる生徒をよそに、淡々と自主連を続けていたのであろう当時の黒子のことを思うと、自然と笑みがこぼれた。

「つまんねぇもん見せるなよ、赤司」
「えぇ〜、面白いじゃん」
「うん、もっと見たいっス。他にはないんスか?」

 不機嫌そうな青峰が緑間の持ってきたタヌキの信楽焼に絡みながらどかりと横になり、緑間がそれに文句を言っているのを横目に、赤司は次のディスクを取り出した。

「次は中学二年生の頃の映像だ」

 切り替わる画面に、再度7人が画面を注視した。



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