黒バス | ナノ






 オレには6歳年の離れた兄がいる。
 自分で言うのもアレなのだが、オレ、イケメン。過大評価ではなくて、モデルやってる程度にはイケメンで、小さい頃から学内外の女の子にかっこいいともてはやされてちやほやされてきたから、自分が生物学的に雄であると言うのと同じレベルで自分のことをイケメンだって認識している。
そんなオレと兄は、全く似ていない。何を考えてるのかわからない、死んだ魚の目とさえ言われたことがある目は真ん丸で、ビー玉みたいに透き通ってる。鼻が低くて、肌も白いし髪も色素が薄くて猫っ毛だ。背は低くない癖に、骨格が細いから華奢な印象を受ける。よく無表情って言う奴がいるけど、それは兄ちゃんのことをわかってないだけ。良く見たら割と笑ってるし、不機嫌な顔もするし、怒ったら結構怖い。
そんな影の薄い兄ちゃんとモデルのオレなので、幼い頃ならまだしも、ある程度成長してからは、一緒にいても兄弟だと言われたことがない。良くて親戚、従兄弟どまりだ。ところがどっこい、見た目の関係性に反して、オレ達兄弟はそこいら辺の兄弟なんかよりも遙かに強い絆で結ばれた超仲良し兄弟なのである! どうだ、羨ましいだろう!

「ばかなこと言ってないで早く準備してください。赤司君を待たせたら、今日が涼太の命日になりますよ」

 いかにオレ達が仲良しかを高々と叫ぶオレをいなす兄ちゃんの言葉に、ふと我に帰った。兄ちゃんのネクタイを選ぶのに夢中になって時間を忘れていたらしい。時計を見れば、家を出る時間まであと5分。征十郎君は昔から時間にうるさいから、1分でも遅れたら容赦ない仕打ちが待っている。血の気が引いて行くのを感じながら、慌てて食パンを口の中に押し込んだ。

「ほら、喉詰まらせますよ。牛乳飲みなさい」

 春に大学を卒業した兄ちゃんと征十郎君は、春から新社会人として同じ会社に勤め始めた。
幼稚園からずっと一緒って凄いなって思うけど、あの征十郎君だから仕方ない。二人とも中学の頃からバスケで有名だったからプロからの誘いもあったみたいだけど、二人で相談した結果、社会人チームのある企業に勤めながらバスケを続けて行くことにした。凄く兄ちゃんらしい選択だけど、征十郎君は本当に天才としか表現できないプレイヤーだから、ちょっと勿体ないなって本当は思ってる。それでも、征十郎君が兄ちゃん以外の選択肢を選ぶことはあり得ないから、これは必然だったんだなーとも思う。まぁ、征十郎君のことだから、どんな環境にいても最終的には日本バスケ界牛耳ることになるんだろう。これが大げさにも冗談にも思えないのが魔王様の凄いところである。
 兄ちゃんに貰った牛乳で食パンを流し込んで、スーツのジャケットを着てネクタイを締める兄ちゃんを見遣る。うん、やっぱり兄ちゃんは色白だから、濃い色のスーツが似合う。今日はチャコールグレーのスーツと濃紺にストライプの細めのネクタイを選んだ。我ながら悪くないチョイスだと思う。にやにやしながら見ていると置いてきますよ、と言われたから、オレも慌てて鞄を肩にかけて兄ちゃんについて外に出た。

「おはよう、テツヤ、涼太」
「おはようございます」
「おはよっス!」

 お隣に住む征十郎君に車で学校まで送ってもらう様になったのはこの春からだ。少し遠回りになるのだが、一応は通勤経路途中にあるオレの学校までは車で20分。その後、更に15分走った所に二人の会社はある。社会人になった2人は自分の時間が極端に減った為、この20分がオレにとっては凄く貴重で、3人で話せる、もっとぶっちゃけて言うと兄ちゃんと話せる大切な時間なのである。

「涼太もそろそろ兄離れした方がいいんじゃないの」
「兄離れは小学校高学年でもう済ませてるんで、これからはずっと兄ちゃんにべったりで行こうと思ってるっス!」
「ああ、ありましたね、そんな時期も」
「短い反抗期だったね」

 小学校5年生の一時期、オレは唐突に対兄ちゃん限定で反抗期を起こした。それは自然とすぐに治まったのだけど、あの頃を思い出す度に兄ちゃんは、そっけない涼太も新鮮で可愛かったのに、とちょっと残念そうな顔をする。どう言う意味だ。その度に不服そうなオレに気付いて、今も可愛いですよ、と頭を撫でてくれるけど。
たまに絡み過ぎて本気でキレられるけど、基本的に兄ちゃんはオレのことが好きだし、オレも兄ちゃんのことが大好きなのだ。

「でも、ボクもちょっと心配なんですよ。涼太モテるのに彼女も作らないで」
「だって兄ちゃんと、……あと征十郎君といる方が楽しいし!」
「お気遣いありがとう、涼太」
「涼太がこのまま童貞のままで30歳になってホグワーツへの招待状が来たらどうしようって、最近わりと本気で心配してます」

 助手席に座る兄ちゃんの憂い顔がバックミラー越しに見えた。兄ちゃんはいつもオレの心配をしてくれてるけど、まさかそんなこと考えてるだなんて思わなかった。弟としては兄に余計な心配はかけたくない。幸いなことに、その小さな心配はすぐに解消できるものだったから、オレは最高の笑顔で言った。

「その心配はいらないよ。適当な女の子に抜いてもらってるし」
「えっ」
「へぇ」

 最高の笑顔で言ったのに、車内の空気が凍った。え、え、何これ、オレなんか変なこと言った? あれ、なんか悪いこと言った? えっ?
 バックミラー越しの兄ちゃんの表情がどんどん曇っていく。いつもの慈愛に満ちた優しい表情から、汚い物を見る目に変わっていくのを見て、先月のことを思い出した。
慣れない仕事と勤務時間外を使ってのバスケの練習が連日続いて、兄ちゃんは相当疲れていた。帰宅は毎日日付けが変わる頃で、それはつまり、オレとの時間も減るってことで、兄ちゃんが極限まで疲れていることを知りながらオレは全力で日々兄ちゃんに絡んでいたのだ。
学校での出来事を聞いてもらいたくて、会社での出来事を聞きたくて、食事をとっているあいだも風呂に入っている間もベッドに入って眠る直前までオレはひたすらに口を動かし続けながら兄ちゃんに張り付いていた。最初こそ苦笑いしながらも後ろからしがみつくオレの頭を撫でてくれていたのだが、それが8日続いた日、兄ちゃんは遂にキレた。

「涼太、ボクは言うことを聞かない犬は大嫌いだ」

 産まれた時から一緒に居たのだから、オレと時間よりも征十郎君と一緒にいた時間の方が長いのは当然なのだが、まさかここでその片鱗を見せつけられるとは思っていなかった。昔、公園で捨て犬を拾って来たこともあるし、兄ちゃんは犬好きだったはずなのだがいつの間に魔王様に感化されたのか。
真顔で敬語が抜けた時の兄ちゃんはまじで怖い。
このマジギレは5年に1度あるかないかで、最初は確かオレが5歳の時に欲しいおもちゃを買ってもらえなくて大暴れした時。いつもは優しい兄ちゃんの豹変っぷりはしっかりとトラウマとして刻まれていて、いつもは優しくてなんだかんだオレに甘いから忘れてしまいがちなのだが、こうして怒らせてもう既に手遅れになった段階でオレはあの時のトラウマを思い出してただただ平伏して謝り続けるのだ。この時も例にもれず、すぐさまに土下座して許しを乞うたのだが、非情にも1週間の接触禁止が言い渡された。あの時は辛かった。登校も一人、兄ちゃんが帰宅した気配を感じてもドアの隙間から様子を窺うことしか許されず、それならばせめてと毎朝兄ちゃんの起床時刻の少し前に部屋の前に栄養ドリンクのちょっと高いやつと昨日あった出来事を短く認めた手紙とを一緒に置く日々が続いた。思い出しただけで泣きそうになる。
 結局、あの時は6日目の朝に栄養ドリンクを置きに行ったらオレ宛ての「もう許してあげます」と書いた手紙が置かれていて、1日だけ接触禁止令を短くしてくれたんだった。
 あれ以来、兄ちゃんが疲れてる時は近くで見てるだけにしようと心がけている。オレだって良い弟でいる為に結構頑張っているのだ。

「涼太、それはどういう意味ですか?」

 兄ちゃんの声色がいつもよりも半音低い。これはまずい。今発言を誤れば、5年に1度のマジギレが、まさかの2カ月連続で訪れることになってしまう。考えろ、何が兄ちゃんの気に障ったのかを考えろ!
 バックミラー越しに視線を合わせて兄ちゃんの心情を読もうと試みるが、感情を殺したその目は弟のオレですら考えを読み取ることが出来ない。考えても分からないなら、兄ちゃんに変に嘘を吐くよりは正直に答えた方が、気分的にはずっと良い。アウトかセーフか、それがどう転がるかわからないが、なるようになる。

「溜まったら言い寄って来る女の子から適当に見繕って学校でヤッてる!」
「爆ぜろ」

 アウトでした\(^o^)/





「お前、何へこんでんだよ、鬱陶しいな」

 朝礼から昼休みまでずっと机に突っ伏したままでいるオレに、昼休みになって青峰っちはようやく声をかけてくれた。前後の席なのに、半日この状態のクラスメイト兼チームメイトを放置ってひどいんじゃないかとも思うのだが、相手は青峰っちだ。声をかけてくれただけマシって言うか、傍若無人唯我独尊剛田武の彼に過度な優しさの期待はご法度である。たとえ、気遣う言葉ではなく、罵倒の言葉だとしても、無視されるよりは幾分かマシだ。たぶん。
 早々に既に昼食をとり終えたらしい青峰っちは、ふああと大きな欠伸をした後、落ち込むならオレの視界に入って来るなカス、とオレの頭をグーで殴ってきた。痛い。このガキ大将は身体ばかりが大きくなって、中身は小学校の頃から変わっていない。変わったのは巨乳に対する執着心くらいだ。

「飯食わないのかよ」
「そんな気分じゃないんスよ」
「へー、じゃあ弁当くれ」

 オレの返事を待たずに人の鞄を勝手に漁って弁当箱を取り出した青峰っちは、ハンバーグ! と喜色満面で人の弁当を勝手に食べ始めた。いや、まぁ、食べる気分じゃないからいいんだけど……。でも、食べたからにはオレの話を聞いてもらおうと思う。それが等価交換って奴だ。

「実は、」
「どうせテツとケンカでもしたんだろ?」
「え、なんでわかったんスか?」
「お前が落ち込むのなんてそれくらいしかねーだろ」

 驚いた。いつだってオレに無関心だとばかり思っていた彼が、あっさりと悩みの種を言いあてたことに心底驚いた。それを意に介する様子もなく、ひたすら弁当をかきこむ姿は一層清々しい。
 青峰っちは兄ちゃんと面識がある。小学4年生の時にたまたま一緒にバスケをしてから、彼は兄ちゃんのことをいたくお気に召したらしい。折にふれてはまた一緒にバスケしたいとせがみ、小学校の時は月に1度程度の頻度で遊んでもらっていた。青峰っちは一言で言えば天才で、中学に入ってからはめきめきとその才能を伸ばしていったから、すぐに兄ちゃんじゃ練習相手にならなくなったんだけど、それでも類を見ない特殊なプレイスタイルの兄ちゃんとのプレイが楽しかったらしい青峰っちと兄ちゃんの交流は未だに続いているようだった。

「そうなんスよ、今朝、接触禁止令出されたんス」
「お前それ、先月も言ってなかったか?」
「いや、今回は訳がちがうんスよ。オレ、本当にもうだめかも」
「なんだよ」
「実は……」

 声を潜めて言い淀めば、さすがの青峰っちも何事かと箸を休めて距離を縮めてくる。

「家を出るって言い出したんスよ」

 周囲を気にしながら音量を抑えてそう言えば、は? と青峰っちが短い声をあげた。ほら、びっくりした。そうだろうそうだろう、そりゃびっくりするだろう。オレもびっくりした。
 そんな思いに反して、青峰っちはけろりとした顔でこう続けた。

「いや、普通だろそれ」
「はあああ? 青峰っち何言ってんスか!?」
「テツだってもう社会人だろ? 実家出るのなんて普通じゃねぇの。高校で一人暮らししてる奴だっているんだし」
「ちょっと青峰っち、そんじょそこらの野郎どもとうちの兄貴を同列にしないでくれないっスか? あの兄ちゃんっスよ? ひょろくて存在感なくているのかいないのかわかんないけど色素が薄くて目が大きくて良く見たら結構可愛い顔してて面倒見が良くて頑固で意志が強くて料理はゆで卵くらいしか出来なくてほっといたらシェイクくらいしか口にしないところがまた可愛らしいうちの兄ちゃんっスよ? 世界一恰好良くてオレのことずっと守ってくれててオレのこと世界一可愛いって言ってくれてその度に兄ちゃんの方がずっと可愛いって思うんだけどそれ言ったら怒るから兄の面子を保つ為に黙ってるんだけどとにかく世界一恰好良くて可愛い兄ちゃんが一人暮らしなんてしたらどんな変態の魔の手にかかるか分かんないじゃないっスか!」
「え、あ……わりぃ……」
「分かってくれればいいんスよ……」

 思いのたけを全てぶつければ、青峰っちは素直にオレの気持ちを認めてくれた。なんだかんだ小学校からの付き合いだ、口では色々言いながらも、オレのことを一番理解してくれている友人だと思う。
 長台詞をノンブレスで言い切ったオレは、肩で息をして呼吸を整える。バツの悪そうな顔で頭を掻きながら、青峰っちが言いにくそうに話を続けた。

「でもよぉ、家を出るって、どうせ赤司も一緒だろ? なら心配ないんじゃねぇの」
「は? 征十郎君? なんで?」
「だってあいつら付き合ってるんだろ?」

 言われて初めてその可能性に行きあたったオレは文字通り頭を抱えた。
そうだ、兄ちゃんが家から出て行こうとしていることばかり考えていたが、あの征十郎君が兄ちゃんを一人で暮らさせるわけがない。産まれた時からお隣さんで、二人が高校2年生の時から幼なじみ以上、端的に言えば「恋人」としてお付き合いを始めた二人だ。しかも、征十郎君は兄ちゃんと一緒にいる為に就職先を選ぶような男なのである。家を出ると言うことは、つまり、二人が一緒に暮らすと言うこと。

「うわあああああああああ!」
「うわっ、びっくりした」
「どうしよう、どうしよう! 二人だけでずるい!」
「いや、お前、ずるいって」

 呆れた顔でこちらを見る青峰っちに、普段なら彼に呆れられるのは心外も良いところなのだが、今はそんなことに反応して居られない。
 2人が付き合っていることは知っているし、征十郎君だって大切な幼なじみだ。怖いけど。
兄ちゃんのことを誰よりも何よりも大切にしているのは知っているし、これは最近感じている事なのだが、征十郎君は一人で何でもできるよう見えて兄ちゃんがいないと何もできないのではないかと思う。能力的に頼っているのではなくて、精神的に依存しているように見えるのだ。兄ちゃんがいないと呼吸もままならない、大げさに言えばそんな感じ。
二人は産まれた時からずっと一緒で、隣にいることと呼吸をすることが同義になるくらいの距離で23年間生きている。凄く悔しいけど、それは覆らない。二人が付き合っていることに対して嫉妬をしたりもしたけれど、二人は変わらずオレのことも大切にしてくれたし、割って入れるような隙間がないことも分かっていたから、二人を認めざるを得なかった。征十郎君はごく一部の大切な人間には感情をあけすけにするから、兄ちゃんやオレに対する気持ちは見ればすぐにわかったし。魔王みたいな人だけど、彼は酷く優しいのだ。まぁ、大抵怖いけど。
 だけど、それとこれとは別の話。
 二人の付き合いは認められても、二人がオレとは慣れた場所で二人だけで暮らすだなんて、そんなの易々と認められるか!

「断固阻止するっス!」

 強固な決意を固めるオレを見て、青峰っちは弁当を貪りながら「死なない程度に頑張れよー」と他人事な応援をくれた。



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