黒バス | ナノ







「だめだ、シてぇ……」

 もう黒子に触らない、そうは決めたのだが、決めたからと言って下半身が言うことを聞いてくれるかと言うとそんなことはなかった。
 部活や仕事中はまだ良い。他のことに集中している間は、下世話なことも考えずに済んだ。
だが、疲れきって帰宅してベッドに寝転んだ時、朝目覚めた時、挙句は授業中の居眠りで黒子の夢を見てしまった時。日に何度も黒子の痴態を思い出しては、忠実に反応する下半身を宥めていた。最初こそ、黒子をおかずにすること自体を自重しようと思っていたのだが、そんな考えはあっという間に消え去った。無理だ。好きだから黒子のことを思うし、黒子のことを思えば勃つし、勃てば処理しなくてはならない。自分はこんなに強欲な人間だっただろうか。右手で緩く輪を作って扱きながら考えてみるが、思考はあっという間に黒子の白い内腿に支配される。変態だ。黄瀬君の変態、と言っていた彼の声色を思い出すと、手の中の物が質量を増した。罵られて興奮するとか、どれだけマゾなんだ。
 一つだけ変わったことと言えば、あれから自分から黒子への連絡を控えるようにしたことだった。自慰をしている今だって、今までなら真っ先に黒子に電話をかけて彼の声を聞きながらしていたのだが、今はただただ記憶にある彼の姿と感触に頼っていた。
 徐々に手淫のスピードをあげて自らを追い詰めて行く。呼吸の間隔が狭くなって、脳内の黒子が黄瀬の名前を呼ぶ。もう間近、と言うところで携帯が着信を告げた。そんなもの放っておけばいいのだが、その着信音が一人だけ個別に設定した特別なそれで、つまり黒子からの着信であることに気付いて黄瀬は息をのんだ。達しそうなそれを放置するのは拷問に近い。だが、あれから2週間黄瀬からの連絡は絶っていて、普段の連絡はほぼ黄瀬からのものだったからそれは必然的に2週間声を聞いていないことを意味していた。貴重な黒子からの連絡だし、何よりも声が聞きたい。こんな状況で声を聞いたらまた大暴走してしまうことは想像に容易かったが、それでも黄瀬は急いで手を拭いてから通話ボタンを押した。

「、もしもし」
「黄瀬君、こんにちは」

 今大丈夫ですか? と言う問いかけに掠れた声で返事をする。2週間ぶりの黒子の声が、耳朶にじんわりと染みた。透明で柔らかい、男性のものであるのは間違えようがないがどこか中世的で、黒子の存在感そのものの様な声。案の定、ずくりと下半身がうずいたが、黄瀬はなけなしの理性を総動員させて通話に集中する。

「実は、今近くに来てるんです」
「え、」
「少しだけ、会えませんか?」

 それは予想外の展開だった。金曜の午後21時30分。2週間前までなら、黒子と会うか、電話をしていた時間だ。上擦った声でどこにいるの、と聞けば、家の前です、と返され、黄瀬は慌ててスラックスの前を正し、上着を羽織って家を出た。
 玄関を開ければ、塀の向こうに小さな水色の頭が見えて、息を吐き出す。冷たい夜気が昂りを覚ましてくれるのが好都合だった。

「どうしたんスか、こんな時間に」
「すみません、お邪魔でしたか」
「まさか」
「では、少し話しませんか?」

 2週間前ぶりに見た黒子は相変わらず白くて、月明かりの下だと肌が薄らと光って見えた。それがとても綺麗で、神聖なものを見る時のみたいに心が澄んでいくような気がした。ここで話しこむのもなんだが、家に入れる訳にもいかない。主に、黄瀬の下半身の事情で。
連れだって近くの公園に移動して、ブランコに並んで腰かけた。ぎぃぎぃと錆びた鉄の音が誰もいない公園に響く。夜の空気は澄んでいて、その所為で黒子の存在感や息遣いまでが良く聞こえてくる。
 神聖なもの、と例えた黄瀬の気持ちに偽りはないのだが、それでもやはり黒子が隣にいると湧くのは確かな劣情だった。左肩に感じる気配をなるべく気にしない様にするが、普段は影の薄い彼の存在感は一度意識してしまえば、黄瀬にとって誰よりも無視できないものだ。しばらく無言でブランコを揺らして下を向いている黒子の言葉を待つ。ちらりと横目で見ただけでは、俯いた彼の表情は窺い知れない。

「飽きましたか」

 言葉の意味が理解出来ずに、は? と間抜けな声を出して、思わず左側に居る黒子を見遣る。いつの間にかこちらを見ていた黒子のビー玉みたいな双眸と視線が合い、どくりと鼓動が高まった。だがしかし、その視線はすぐに逸らされる。いつもは人の目をじっと見て話をする黒子だから、黄瀬はそれに違和感を覚えた。黒子っち、と名前を呼ぼうと口を開いた瞬間聞えた黒子の言葉に、黄瀬は耳を疑った。

「案外早かったですね、ボクに飽きるの。ああ、飽きたんじゃなくて、気付いたって言った方が良いですかね」

 意味が分からなかった。一人で納得したように話し続ける黒子の表情は逸らされたままで、彼が何を考えているのか黄瀬には全く理解が出来なかった。だが、黒子が何か重大な勘違いをしている、それだけを瞬発的に理解した黄瀬は立ちあがり、黒子の正面に回って座る彼を見下ろした。

「なんでそんなこと言うんスか?」
「黄瀬君、君の好きは最初からそう言う好きではなかったんですよ」

 早いうちに気付いてくれて良かった、そう言う彼はやはりこちらを見なくて、もしかしたら泣いてるんじゃないかと思い震える両肩を掴んで顔を無理矢理あげさせれば、ビー玉みたいな双眸は泣くどころか強い色をもって黄瀬を見つめた。

「長い時間一緒にいたから、ボクがつれなかったから、勘違いしただけです」

 呆然とした。
 あれだけ気持ちを伝えてきたつもりだったのに、肝心の本人には全く伝わっていなかったのだ。黄瀬は、目の前が真っ暗になって行くのを感じた。黒子が黄瀬のことを好きじゃないのも、同情で付き合ってくれているのも分かってはいたが、自分の感情まで否定されるのは、さすがにちょっときつい。
 
「……勘違いなら、最初から好きだなんて言わないっスよ」
「っ、」
「ごめん、話ってそれだけ?ならもう帰ってもいいっスか。さすがに辛いっスわ」
「黄瀬く、」
「最初っから、信じてなんてくれてなかったんスね。黒子っち、オレのこと好きじゃないもんね」

 黒子の顔をまともに見ることが出来ない。あんなに顔を見て触れたいと思っていた黒子を、今は視界に入れるのも辛い。返事を聞く前に立ち上がり、背後から声が聞こえてきたような気がしたがそれを無視して自宅へと足を向ける。なんだか無性にイライラした。一緒に居たら、きっと黒子のことを手酷く傷つける。今は一刻も早く一人になりたくて、必死で足を動かした。
 黒子は自分を好きではなくて、黄瀬も黒子を好きではない、と黒子は思っているらしい。ならば、それがどうして付き合っていると言えようか。終わりなのかな、熱くなった頭の片隅でそんなことを考えた。





 表面を取り繕うのは得意だ、伊達にモデルなんてやっていない。
 あの日から引き続いて気分は最悪で、出来るだけ人と関わりたくなかったがそうはいかない。学校に行けば女子に囲まれるし、部活に出れば先輩にしごかれるし、仕事にプライベートな問題を持ち込むなんてもってのほかだ。極力深い関わりを避けるようにはしたが、それでも最低限の他人との接触は問題なく遣り過ごすことが出来た。

(クッソつまんないけどね)

 取り繕ってはいても、イライラしているから自然とプレーが荒くなる。苛立ちをぶつけるようにボールをゴールに叩きこめば、周囲から感嘆の声が漏れた。絶好調だな、などと言われてこの人はオレの何を見ているのだろうと思いながらありがとうございます、と返した。
 表面を取り繕うのは得意だ、伊達にモデルなんてやっていない。
部活終了後、チームメイトと連れだって帰るのが鬱陶しく感じて、仕事の打ち合わせがあるからと言って一足早く抜け出した。夜の帳が落ち始めた中を、一人無心で歩く。校舎にはまだ人の気配がする。雲が厚い所為で星が見えない。微かに雨の匂いがして、降られる前に急いで帰ろうと大股で歩く。
 こうして一人でいれば、思い出すのは黒子のことだけだった。誰かといれば当たりそうになるのが怖いし、一人になれば彼のことを思い出してしまう。でも、一人でいる方がずっとましだ。あの晩の直後の様な直情的な怒りは収まった。その代わりに胸を占めるのは、どういようもないやるせなさと、どうにもならない現実への苛立ちだった。
 黄瀬は天才だった。運動、容姿の面に関してはそうそう彼に敵う人間はいない。だがしかし、彼は中学時代のあの国士無双天下無敵なキャプテンとは違う。黄瀬は、努力だけで人生が全てどうにかなるものではないことを理解していた。それは高校生が持つものとしては達観し過ぎた気のある持論ではあったが、中学時代から大人に囲まれて仕事をしてきて、大切な人を失って、あの時は知らなかった敗北を経験することで得たものだ。そう、どんなに抗っても努めても、どうにもならないことがこの世の中にはあるのだ。黒子と黄瀬が、そうだっただけ。それだけの話。
 あんなに好きな人はもう出来ないと思う。実際、まだ日も浅い所為もあるが、ショックは大きかったものの黒子への気持ちは変わらない。3年間、たった3年間だ。それでも、ずっと彼のことを追い続けてきた。ずっと好きだった。
 帰宅途中で、今日は両親とも不在だと言うことを思い出して、コンビニで夕食を調達する。店を出ると、案の定ぽつりぽつりと雨粒が落ち始めていて、黄瀬は残り数メートルの距離を走った。雨はすぐに本降りになって、大粒の雨が制服を濡らしていく。
 わき目も振らずに走っていた黄瀬が、視界に自宅を捉えると同時に見慣れた水色が視界の端に映る。瞬間、黄瀬は足を止めて息を止めた。

「黒子、っち?」
「黄瀬君、」

 家の前に体育座りで顔を膝に埋めていた黒子が、黄瀬の声に反応して顔をあげた。降り始めたばかりの雨に、制服の色がどんどん変わっていく。髪を濡らす雨粒が滴って、頬に流れ落ちた。
 何でこんな所にいるのか、とか、いつからいたのか、とか聞きたいことはあったのだが、このままでは風邪をひいてしまう。
 何かを言いたそうに口を小さく動かす黒子を、家に入る様に促せば、黒子は大人しく従った。

「これ、使って」

 どうにも今日は黒子を部屋に入れる気にはならなくて、両親がいないことを幸いと黒子をリビングに通した。洗濯したばかりのバスタオルを渡すと、小さな声で礼を言われる。黄瀬も黒子もびしょ濡れだ。小さめのTシャツとジャージを見つくろって渡すが、でも、と遠慮される。風邪を引かれたら困るから、と強引に押し付けて漸く受け取ったそれを着替えようと制服のシャツのボタンを外しだした黒子に、黄瀬は慌てて自室に戻った。
 着替えてからしばらく部屋で待って、着替え終わった頃合いを見計らって階下に降りると、身体に似合わないサイズの服を着た黒子に改めて礼を言われた。
 熱いコーヒーを入れて、黒子の分にだけ砂糖とミルクを入れる。所在なさげにしている黒子にソファに座るよう勧めて、自分はその対角線上に立ったままコーヒーに口をつけた。何か用事があって来たのだろうに、黒子は家に入ってから、必要最小限の言葉しか発していない。今も、マグカップを両手で握りしめて、マグの中を見つめている。ハーフパンツから見える白い脛に目がいきそうになって、意識的に視線を逸らした。

「謝ろうと思って、来ました」
「え」

 不意に落とされた言葉は予想外のものだった。見ると、黒子は未だマグの中身を見つめたまま、それでも辛そうに下唇を噛みしめている様子は見てとれて、まるで何かに耐えている様だと黄瀬は思った。

「黄瀬君、怒っていたので」
「……なんで怒ってたのか、わかってるんスか?」
「……ボクが、君の気持を否定したから、ですか」

 黒子の言葉に、黄瀬は安堵のため息を吐いた。そこを分かっていてくれてよかった。もし、何故黄瀬が起こったかさえ分かっていない様だったら、少しだけ、ほんの少しだけだが、黒子のことを嫌いになってしまいそうだった。
 ため息を吐く黄瀬を見て、黒子はその表情を苦悶のそれに変える。それは、どんなに辛い練習メニューをこなした時にも見たことのない顔だった。それを見た黄瀬は自嘲気味に笑う。

「なんで黒子っちがそんなに辛そうな顔をするんスか」
「だって、」
「辛いのはオレっスよ?」

 言いながら近づいて、黒子の隣に腰かけると、黒子の肩が大げさなくらいにびくりと揺れた。何もそこまで露骨に嫌がらなくても良いのに。おどおどと視線を彷徨わせる黒子の手は小刻みに震えていて、コーヒーをこぼしそうだと黄瀬はマグカップを取り上げてテーブルに置いた。

「……でも、それでも、黄瀬君は勘違いしてるだけなんです」
「だか、っ」

 強情に意見を曲げない黒子に、黄瀬は若干苛立って声を荒げようとした。が、その言葉は最後まで紡がれることなく、宙に消えた。何が起こったのか瞬時に理解出来ずに、ただただ自分を見下ろす真摯な瞳を見上げた。

「だって、変でしょう、黄瀬君がボクなんかのことを好きになるなんて」

見下ろす黒子の顔はやっぱり何かを堪えているようで、それを見て湧き上がるのは確かに恋慕の情だった。どんなに否定されても、受け入れられなくても、黄瀬は黒子が好きなのだ。
大きなビー玉に、薄らと涙の膜が張っている。本当ならすぐにでもそれを舐めとってやりたいのだけれど、全体重をかけて黄瀬をソファに押し倒している黒子が愛しくて、敢えてそれをせずに黒子の頭を撫でようとして、その手を払いのけられた。
この人はどうしてこんなに自分に自信がないのだろうか。10年に1度の天才と言われた5人にあんなにも認められて求められて、今だってチームメイトからあれほど必要とされて。もしかしたら、彼はバスケ以外での自分の価値を過小評価し過ぎているのではないだろうか。

「黒子っち、好き」
「気持ち悪いでしょう? 男のボクに押し倒されて」
「まさか。ね、わかる?」

 黒子の心許ない腰を両手で固定して、緩やかに反応し始めた下半身を重なり合った黒子のそこに擦りつけると、黒子が大きな目をさらに大きくさせる。途端、彼の白い頬が真っ赤になったのを見て、黄瀬は柔く笑んだ。
 やめて、と言葉にならない音を吐き出した黒子に逆らって、そのままゆるゆると腰を動かす。左手で腰を掴んだまま、右手でハーフパンツの裾から侵入して内腿を撫でると、黒子が厚い息を吐きながら目を閉じた。

「可愛い、黒子っち」
「、っばか言わないで下さい。可愛いわけがないでしょう」
「ねぇ、オレのこと嫌いっスか?」

 問いかけながら、尚も腰と手を動かし続ける。明確な意思をもった手は、焦らす様に腿の輪郭を指先だけでなぞり、腰を揺らす度に擦りつけられたそこの温度は上がっていく。徐々に息を荒くしながらも、黒子は未だ気丈に黄瀬の言葉を否定した。だが、その目の色に先ほどの様な鋭さは見られない。少し言い淀んだ後、黒子は嫌いなわけない、と呟いた。

「じゃあもう少し信じてくれないっスか」
「信じる、って」

 ぅん、と鼻にかかった甘い息を零した黒子の身体を掴んで、体制を逆転させる。無理矢理に、でも黒子に負担がかからない様に優しく押し倒し、今度は黄瀬が黒子を見下ろした。大きな目に揺れる色を確認して、黄瀬は確信を得る。

「黒子っち、好きです」

 目を見てそう告げれば、今度は耳まで真っ赤にして彼が両手で顔を覆う。せっかくの可愛い表情が見えないのは残念だが、恥じらう彼は非常に可愛らしい。右手は内腿をまさぐったまま、左手で耳朶から首筋をなぞれば、肩が揺れる。耳元で顔見せて、と囁くと、やです、と首を横に振りながら拒絶されたが、それさえも愛しい。赤い耳朶を食んで、今度は左手でTシャツの裾をめくる。薄らとついた筋肉をなぞって、骨を一本ずつ確認するように撫でた。色素の薄い乳首を舐めると、ひっと悲鳴が漏れる。声を抑えようと、今まで顔を覆っていた両手で、今度は口を必死で抑えている。そのお陰で、今はその表情を読み取れる程度には顔を認められるようになった。

「変です、っん、そんな、のっ」
「ねぇ、何でそんなに自信ないの? オレが黒子っちのこと好きだっていうのは自信にならない?」
「それ、っは」
「黒子っちさ、多分、オレのこと好きなんスよ」
「は、」

 確信を得た事実を告げた瞬間、黒子が固まった。信じられないものを見る様な目で黄瀬を見上げ、両手で顔を隠すことも口を覆うことも忘れて、ただ呆けて黄瀬を見上げる。

「ただの友達のこと、雨の中待ってたの? ただの友達が自分のこと好きじゃないって、そんな泣きそうな顔で言うの? ねぇ、黒子っち、もし黒子っちがオレのこと好きだったら、オレめちゃくちゃ嬉しいんだけど」

 黄瀬も全ての動きを止めて、黒子を見下ろす。実際には数分の無言の時間が、酷く長く感じた。どくどくと激しく波打つ心臓の音が煩い。

「ああ、なんだ」

 本当ですね、と言って黒子は笑った。それはつまり、そう言うことなのだ。
 黄瀬も面倒くさい男だが、黒子も大概面倒くさい男だ。勝手に勘違いして、勝手に突っ走って自分の首を絞めていれば救いがない。笑う黒子を見て、黄瀬も笑った。多分、今日が、本当に二人が恋人になった日なんだろう。

「黄瀬君が喜んでくれるのが、ボクもとても嬉しい」

 蕩けるような笑みを向けられて、黄瀬はその弧を描く薄い唇を夢中で塞いだ。



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