黒バス | ナノ







 黒子のことがどのくらい好きかと考えれば、出会う前の13年間が惜しいと考える程度には溺れている、と黄瀬は思った。
 どうせなら幼なじみになりたかった、とは思うが、今さらそんなことを言ってもどうしようもない。それならば、この先はずっと一緒に居たいと思っていた。その感情が恋慕だと気付いてからは、尚更に。
彼の全てが愛しかった。表情の変化に乏しい彼が見せる、親しい仲間たちへの親愛だとか、試合中に見せる高揚した顔だとか、全てが新鮮で全てが好ましいと思った。口ではなんだかんだ言いながら、ずっと自分たちの近くに居てくれた彼と、この先もしばらくは一緒に居られるのだろうと思っていた。
 そんな彼が、ある日突然消えた。
 部活を辞めただけで消えたと言えば大げさに聞こえるかもしれないが、彼は確かに自分たちの前から消えたのだ。時折見かける彼の後姿に、必死で追いすがっても、もう既に彼の眼には黄瀬は映っていなかった。何回も、何回も縋った。戻って来て欲しいと、黒子が必要だと請うた。でも、彼の中の自分たちへの情は、もうその姿を消してしまっていた。彼は、あの頃の彼は消えてしまったのだ。
 思えば、それは突然ではなかったのかもしれない。
 毎日毎日、楽しそうにバスケをしていた黒子が、いつからか練習中も試合中も何かを堪える様な顔をするようになった。苦しそうに、悩むように、それに気付いていたのに、あんなに彼のことを見ていたのに、黄瀬は黒子の悩みを上達しない焦りだとか、そんな程度に捉えていた。

「バスケは、楽しいですか?」

 いつだったか、二人で帰った時にそう聞かれた黄瀬は、当たり前じゃないっスか、と軽く答えた。そうですか、と言って黙りこくった黒子に黄瀬が同じ質問を返さなかった。誰よりも努力をして、誰よりもバスケが好きな彼にする質問ではないと思ったから。
 でも、あの時、同じ質問を返していたならば。黒子の変化に気付いていたならば。もしかしたら、何かが変わっていたのではないか。見た目に似合わず頑固な黒子のことだ、周りが何か言っても考えを変えなかったのかもしれない。だがしかし、それを考えてしまうのは、黒子を好きな自分と同じように、黒子の中でも自分が特別な存在であれば良いと願ってしまうこの気持ちのせいかもしれない。

(にが……)

 つい数分前に自分が精を吐き出したばかりの咥内に舌を這わせるのは、正直あまり気持ちのいいものではない。
 それでも、抑えることが出来なかった所為でこの小さな口に欲望を吐き出してしまった罪悪感から、黄瀬は必死で残りカスを拭った。苦い、と言って小さな口の端から黄瀬の精を零した黒子の姿を思い出せば、熱を失っていた筈の下半身が熱くなる。自分でも呆れるのだが、黒子のことを思えば、サカりの付いた猫みたいにどこででもいつでも欲情することが出来た。
 ずっと好きで好きで堪らなくて、一度は自分の愚かさで失ってしまった黒子が、今は黄瀬の「恋人」として隣に居てくれる。たとえそれが恋じゃなくて、同情だとしても、黄瀬にとってこんな幸せは他にはない。彼がいてくれる、それだけで満足できるはずだった。いや、満足できていたのだ。少なくとも、付き合って数カ月は。
 黄瀬は健全な男子高校生で、性欲だって人並みにある。あるとは思っていたのだが、黒子と付き合い始めてから、もしかしたら人並み以上かもしれないと思い直した。
クるのだ、非常に。
薄らと筋肉の付いた二の腕だとか、白いうなじだとか、柔らかい髪だとか、考えを読ませない禁欲的な目だとか、くるぶしだとか、黒子といると自分が発情期なのかと思ってしまうほどに煽られるのがわかった。恐らく、黒子にそのつもりはない。むしろ、黒子には性欲がないのではないかとすら思っている。好きになりすぎて神格化し始めているのかもしれない。いつだって白い首筋を隠す様に上までジッパーが挙げられている制服ですら、あまりに禁欲的であまりに性的に見える。近付けばほのかに香る汗の匂いがまた、神経を刺激する。
これほど綺麗な存在を前に、意地汚く欲情する自分に罪悪感はあるのだが、それだって健全な欲望の前ではなりを潜めるのだ。

「んっ……黄瀬く、」

 角度を変えようと少しだけ開いた隙間から、黒子の熱っぽい声が漏れる。同時に、シャツを握りしめられたことを布越しに背中で感じて、黄瀬は一気に理性を取り戻した。

「う、わ、ごめん、ごめん!」
「へ、」

 一度勢いで襲ってしまったことを、黄瀬は激しく後悔していた。それは、一緒にいてくれる黒子の好意を、ずたずたに引き裂く裏切り行為に他ならなかった。
 タガが外れて、足でしてくれ、と頼んだ挙句、嫌がる黒子を力で抑えつけて、無理矢理に抱いた。最中はもう彼に必死で、行為中はずっと彼の名前を呼んでいた、気がする。正気に戻ったのは行為が終わった後、黄瀬を睨みつける黒子の上半身に刻まれた無数の赤黒い痕にごくりと唾を飲みそうになったが、夢中で土下座してなんとか許して貰えた。
 もう黒子を穢さない、と決めたのも束の間、黄瀬は黒子の「一人ですれば良い」と言う言葉尻をとらえて、黄瀬のオナニーに彼を付き合わせた。はっきり言って、まともじゃない。頭がおかしい。自分が黒子だったら、警察に通報するレベルだと思う。それでも、何だかんだと黄瀬を許してくれる黒子に甘えていたのは確かだ。
 今だって、黒子が自分の部屋にいると言う状況に我慢できなくなって、二人でいるのに勝手に自分自身を慰めていた。ただ、黒子が舐めてくれたのは、予想外だったのだが。
 自分の股間の間で揺れる水色の頭に手をくぐらせれば、指の隙間から冷たい髪がさらさらと流れ落ちる。その感触が気持ち良くて、何度も黒子の髪を梳いた。ちゅっちゅと音を立てて口付けて、小さな口いっぱいに黄瀬を頬張って噎せる彼が、堪らなく愛しかった。男のものなんて咥えるのは初めてだろうに、拙い動きで必死に黄瀬を追い詰めようと動く舌に、物理的な気持ち良さよりも精神的な幸福感が勝って、黄瀬はあっという間に黒子の咥内に射精した。

「……もう帰るよね、送ってくっス」
「え、黄瀬君?」

 黒子が自分に向けるのは、愛情ではなくて同情である。それはわかっている。同情が時間をかけて愛情に変化することだってあるし、同情でも彼が傍にいてくれるだけで良いと思っていた。だけど、どうしたって黄瀬に甘い黒子が、欲を露わにし続ける黄瀬に対して似合わない行為に及ぶのは、それは何かが違うのだ。黒子の弱みに付け込んで、うやむやにしたいのではない。散々酷いことをして置いて、それでも黄瀬は、黒子にきちんと自分を好きになって欲しいと願っていた。

(好きでもないオレなんかに、黒子っちがこんなことするわけない)

 いつの間にか、彼が正気を失うほどに追い詰めていたのだ。毎日の様に彼に電話してオナニーに付き合わせ続けて、そんな状況が続いて、正確な判断力を失ってしまっているのだ。綺麗な彼を汚して、傷つけて、こんなことがしたかったのではないのに。もう、黒子の前で性的な行為に及ぶべきではない。まぁ、そんなことは分かりきっていたことなのだけど。
口付けていた間も、頭のどこかで黒子には触ってはいけないと考えていた所為で、くっ付いているのは唇だけで、気を緩めれば抱きしめたくなる衝動に耐えてただ咥内を拭うことだけに集中していた。
何か言いたげにしている黒子と目を合わせることが出来ない。行こ、と声をかけると、黒子は少しの間の後、はい、と答えて立ち上がった。




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