黒バス | ナノ







 小さな頃は、それはもう仲の良い兄弟でオレは兄ちゃんにべったりで、兄が近くに居ないとそれだけで泣き出してしまうほどだった。対外的には無表情で何を考えているのか分からない兄よりも、目鼻立ちのはっきりとした愛嬌のあるオレへの評価の方が高かったのだが、実際は一人では何もできないオレの面倒を見てくれていたのも両親から信頼されていたのも兄の方だった。しっかり者で、頑固で不器用で、たまに親にさえもその存在を忘れられるほどの存在感のなさ。でもオレだけは兄ちゃんを見失ったことはなかった。厳密に言うとオレだけではなくもう一人、兄ちゃんことをいとも容易く見つける奴がいるんだけど、今は省略。
6つ年の離れたオレのことを大層可愛がってくれた。おやつのプリンは大抵オレに譲ってくれたし、兄ちゃんがいないと眠れないオレと毎日一緒に寝てくれた。朝は兄ちゃんに起こされて、手を引かれて顔を洗いに行く。食事中、頬についた食べカスをとってくれて、食事がすめば大好きな絵本を読んでくれた。お風呂は一緒に入って、肩までつかって30まで数えられる様になった時は自分のことの様に喜んでくれた。そうして夜はまた一緒のベッドに入る。オレは、産まれてから両親との時間よりもずっと長い時間を、兄ちゃんと過ごしてきたのだ。

「あの頃は可愛かったのに、どうしてこんなにひねくれちゃったんですかね。まぁ今も可愛いですけど」
「うるせぇよ、可愛いとか言うな!」
「涼太、テツヤに対してそんな態度を取って良いとでも思っているのかい?」

 色の違う双眸に見下ろされれば、反射的にごめんなさいという言葉が口を吐く。産まれた時からお隣に住んでいるこの人にはどうも頭が上がらない。素直に謝ったオレを見て、征十郎君は分かれば良いんだと言わんばかりに頷いた。
 確かに昔、オレは兄貴にべったりだった。兄貴が好きで好きで仕方なくて、兄貴が少しでも辛そうにしているのを見ると、オレの方が大泣きしていたらしい。例えば、二人で犬を拾って来た時。拾った場所に戻して来なさい、と怒られて涙目の兄貴を見て、オレは兄貴以上に泣き喚いた。引きつけを起こすんじゃないかって勢いで泣き出したオレに驚いた母さんと兄貴は、どっちが怒られてるのかわかったものじゃない、と言って笑いながらオレをあやしてくれた。あの時は確か、オレが飼いたいって駄々をこねて、それで兄貴が連れて帰ってくれたんだ。その後すぐに他に飼い手が見つかったから、結局家では飼えなかったんだっけ。何となく記憶はあるんだ、ただ、認めたくないだけで。
 あの頃は可愛かったなんて、物心も付いてない様なガキの頃の話をされても困る。今のオレは、着実に大人への階段を昇り続けてるのだ。昨今の小学生は、予想以上に大人なのだよ。もう兄貴なんて全然好きじゃないし、風呂だって一人で入れる。

「去年まで一緒に入ってましたけどね」
「だー! 言うなって言っただろ、バカ兄貴!」
「涼太?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 兄貴と征十郎君が通う高校とオレの小学校は途中までは通学路が一緒だ。毎朝こうして、自宅から5つ目の交差点までを三人並んで歩いている。オレが小学校に上がってからずっとだから、もう5年目になる毎朝の慣例だ。本当はもう一人で通学したいんだけど、兄貴が嫌がって、つまり一人での通学を希望することは征十郎君も拒否するってことで(征十郎君は兄貴の言うことなら絶対に叶えるのだ)、もう良い年なのに弟離れしない兄貴には本当に参ってしまう。

「じゃあ、気をつけて下さいね、涼太」
「わかってるって。じゃーな」
「あと、今日は早く帰って来るんですよ。夜はパーティーですから」
「それもわーってるって」
「いってらっしゃい、涼太」

 5つ目の交差点で二人と別れ、オレは走り出す。すぐに立ち止まってそっと後ろを振り向くと、二人はこちらに背を向けて並んで歩いていた。平均身長の兄貴と、それよりも少しだけ背の高い征十郎君の顔の位置はごく近くて、オレが生まれる前から続いてきたその距離感に、胸のあたりがむかむかした。ここからじゃ二人の表情は窺いしれないけど、きっと二人は、二人でいる時しか見せない顔で笑っているのだろう。大体、あの二人は仲が良すぎるのだ。確かに兄貴はほっとけない感じだし、存在感なさすぎで、顔だってぱっと見は普通で地味だけどよくよく見ると大きくて透き通ったビー玉みたいな目とか白い肌とか低い鼻とか、案外かわいいなーって思ったりもするけれども、素っ気なく見えて意外と人情に厚かったり頑固だったり面倒見が良かったり、結構モテそうな感じだけれども、でも所詮兄貴だし、そんなこと絶っ対有り得ないんだけど、でも、それでも万一、あの征十郎君が兄貴のことをそう言う意味で好きだったとしたら。万一、絶対にあり得ないけれど、もしそんなことがあったとしたら。

(いやいやいや、ねーよ!)

 浮かんだ考えを取り除くために頭を思い切り振って、学校に向かって走り出す。今日は一時間目から大好きな体育の授業だ。先週の続きだと言っていたから、サッカーの筈。青峰っちはバスケが良いって文句を言っていたけれど、教室で机に向かっているより遙かにマシだ。給食の献立はカレーだし、天気も良いし、今日はきっといい一日になるに決まっている。





「んだよ、何でサッカーなんだよバスケやらせろバスケ」
「青峰っちは本当に期待を裏切らないっスよね……」

 予想通りの発言をする青峰っちに笑ってみせると、なんかむかつく、と言う理不尽な理由で殴られた。いつものことながら手加減しないその腕力にちょっとだけ涙が出る。こんなこと言ったら絶対に殴られるから言わないけど、青峰っちは歌の下手くそなガキ大将の生まれ変わりだと割と本気で思っている。どうでもいいけどあの人、なんで映画の時だけ良い人になるんだろう。

「そういや、お前今日誕生日だろ?」
「え、お祝いしてくれるんスか!?」
「いや、プレゼントにゲーム買ってもらうって言ってたから、貰ったら貸せ」
「ああ……、うん……」

 オレと青峰っちは運動神経が良くて、同級生の中でもずば抜けている。体育の授業でチーム制のスポーツをして二人同じチームだと、相手チームと全く試合にならないのだ。必然的に二人別々のチームに分けられる。今日も例にもれずにオレが赤チーム、青峰っちが白チームに分けられた。ゲーム前の柔軟体操中、前屈する青峰っちの背中を押しながら会話を続ける。文句は言っているが、身体を動かすこと自体が好きな青峰っちはそれでもどこか嬉しそうだ。
 先生の合図で前屈の順番を代わる。足を開いて、上半身をゆっくりと倒していると、勢いをつけて背中を押されて思いっきり前のめりになる。いだだ、と喚くオレに、青峰っちは楽しそうな笑い声をあげた。もうやだこの人、青峰じゃなくて剛田に改名すれば良い、剛田大輝。って言うか改名しなくても剛田君って呼んでやる、心の中で!怖いから!

「なぁ、テツ元気か?」
「えー……? あー、元気っスよ」

 なんスかいきなり。と振り向くと、剛田君はオレの背中に乗って全体重をかけてきた。やめてよ剛田君……。痛いよ……。少しだけ見えた剛田君の顔は、ちょっと照れ臭そうで、そう言えばこの友人は兄貴に懐いていたことを思い出す。バスケ少年である剛田君は、強豪高校バスケ部のレギュラーであるうちの兄貴とバスケをするのがお好きらしい。去年の夏休みに初めて近所の公園で遊んでから、しょっちゅう兄貴と一緒にプレイしたがる。
 中学時代からバスケ部キャプテンをしていた征十郎君はともかく、兄貴なんてへっぽこだと思うのだが、何か通じるものがあったらしい。兄貴も面倒見が良いから、自分に懐くのが例え剛田君でも優しく対応するのだ。青峰っちもなんであんな奴がいいんだか、全く理解に苦しむってヤツだ。

「また一緒にバスケやりたいんだけどよ、次の休みとか」
「えー……次の休みは試合って言ってた気がするっスよ」
「なんだよ、お前は本当に使えないな」
「試合があるのはオレのせいじゃないっス! ひどい!」
「赤司も一緒でもいいからよー、テツに言っとけよ。あいつめちゃくちゃ怖いけどバスケはうまいからな」

 征十郎君は、兄貴と青峰っちがバスケをする時は大抵一緒にいる。と言うか、兄貴と征十郎君は大抵一緒にいる。青峰っちが兄貴にじゃれついているのを制する訳でもなく、ただ見守っていて、たまにせがまれて相手をしている。
 征十郎君は、怖い。めちゃくちゃ怖い。何でも出来るし、何でも知っていて、兄貴には優しいけど、睨まれただけで命の危機を感じるレベルの威圧感がある。多分、あの人魔王。魔界がつまんないから人間界に降りてきたとかそんなんだ、絶対。だけど、猫を被っているってわけではないのだが、外面が良いから周りの人たちは征十郎君が魔王だってことに気付いてない人も多いみたいだ。その征十郎君を怖いと評するあたり、青峰っちの野生の勘は鋭い。

「あの人、あれで結構人見知りですから。怖いってことは、涼太のことを好きってことなんですよ」

 いつだったか、兄貴に言われたことを思い出した。それなら、征十郎君は兄貴のことが嫌いなのかと聞くと、そうかもしれませんね、と言って小さく笑った。その頃、オレは兄貴が大好きでずっと兄貴のことを見ていたのだけれど、そのオレが初めて見る表情で、どう反応して良いかわからずにそっか、と間抜けな返事をしたのだった。

「まぁいいや! いつでも良いからって言っとけよ」
「えー、剛田っちが直接言えばいいじゃないっスか」
「剛田って誰だよ」
「あ」

 この日、サッカーの授業でオレは青峰っちにぼっこぼこにされた。誕生日なのに……




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