雑記 | ナノ



黄黒
2013/08/06 00:38

「今から迎えに行くっス!」
 唐突なお誘いが来たのは日付が変わってすぐのこと、今から三十分ほど前の話だ。またこの人は唐突に何を言い出したのかと放っておけば、今度は着信を告げる電子音が鳴り響く。
「もしもし」
 明日は休みだが、今週一週間の疲れが溜まっているのかもう眠くて仕方がない。早めに休んでしまおうと思っていた所だったから、答えた声は自然と不機嫌なものになってしまった。
「あ、黒子っち? 着いたっスよ、降りてきてー」
 だと言うのに、電話の相手は何ら堪える様子もなく、悪びれた様子もなく軽い口調でとんでもないことを言いのける。
「こんな夜中に何しに来たんですか」
「デートのお誘いっス!」
「……おやすみなさい」
 有無を言わさず通話を切れば、その十秒後にはまた携帯電話が鳴動し出す。はぁっと腹の底からため息を吐いて、三十秒も鳴り続けるそれに黒子は覚悟を決めた。

 真新しい黒のセダンの助手席に乗せられ、行く先も告げられないまま滑り出した真夜中のドライブに、黄瀬は終始ご機嫌だった。車窓から射しこむ暗い街灯が陰影を作り、黄瀬の端正な横顔を映画の一場面のように見せる。どんなに勝手で腹立たしく思う時だって、この男は変わらずイケメンなのがまた腹立たしい。
 運転中だから危ないとは思いつつも、黒子は黄瀬の脇腹に無言で軽くこぶしを入れた。
「ちょ、黒子っち、危ないっスよ」
「むかついたので」
「いきなり呼び出してごめんね。でもどうしても黒子っちが良かったから」
 黄瀬が運転している所を見るのは初めてだが、彼の運転はとてもスムーズだった。よく見れば車内もいやにきれいで、埃どころか手垢一つついていない。
 車持ってましたっけ、と聞けば、彼は横目でこちらを一瞥した後真っ直ぐに進行方向を見詰めながら今日買った、と事もなげに言ってのける。
「試運転の道連れにボクを選んだんですか」
 からかい半分でそう彼に言えば、違うよ、とすんなり返される。
「車買ったら、一番に黒子っちに乗って貰いたかったんス」
 恥ずかしげもなく薄い唇から漏れた言葉は、間違いなく彼の本心だった。早いうちから芸能界に身を置いていて愛想笑いも社交辞令も得意なくせに、好きな人にも興味のない人にもすぐにそれと分かるあからさまな態度をとる彼だ。なんのてらいもなく、ただ純粋にそう思って、だからこそこんな時間にも関わらず黒子を当てのない深夜のドライブに誘いだしたのだろう。
 いつだってそうだ。黄瀬は黒子のことを一番に考えて、それを実行してくれる。黒子にとってそれはくすぐったくて居心地が悪くて、そして堪らない優越感と昂揚感を与えてくれた。
 ふわり夢心地でばれないようにそっと黄瀬の横顔を見遣れば、彼の頬はほのかに赤く染まっている、ように見えた。
「今度はちゃんと昼間に誘ってください」
 文句のような言葉しか紡がないこの口が憎らしい。本当はもっと自分の感情を露わにして伝えたいのに、中学時代からの関係性から未だに抜け出せずにいる。
「うん。今度一緒にどこか遠くに行こう」
 かわいげのない態度も強がりも全部を受け止めて彼は笑う。いつの間に黄瀬君はこんなに大人になっていたのだろう。
 黒子は体温が上がるのを感じながら、それを悟られないように流れる街並みを眺めることに徹した。



紅也さんお誕生日おめでとうございます!



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