「春原さんのことが好きなんだけど、付き合ってくれない?」
「…………………は?」


私は今、何を言われたのだろうか。進路相談が終わって教室に戻るとクラスメイトの松川くんが席に佇んでいた。私たちは今日日直で、三十分前に日誌を書き終え、別れたはずだ。教室で一人頬杖をついている松川くんに驚きつつも私は彼の後ろを通り過ぎ、自分の席に置いてあるバッグに大学の資料と筆記用具をしまった。バッグを肩にかけようとした時、目の前に彼が立っているのに気づいた。

「わっ、ま、松川くん?」
「春原さん」

私を見下ろす松川くんに腰が引けた。怖いわけじゃないけれど、大きいし何を考えているのか分からないくらい表情が動かない。

「わ、わたし何かした?」
「ううん。俺さ、」

その後に続いた言葉が冒頭の会話だ。

春原さんのこと好きなんだけど、付き合ってくれない?

春原さんのこと、好きなんだけど?松川くんが、春原さんのことを好き?春原さんって私??何の話???
松川くんは憧れの存在だ。背が高くてスタイルが良くてスポーツ万能で落ち着いていて大人っぽくてかっこいいクラスメイト。素敵な人だなあ、とは思っていたけれど自分が関わることはないだろうと思っていた。たまたま今日、日直で一緒だったことを除けば。

「春原さんさえ良ければ、どうかな」

そう言って少しだけ首を傾げる松川くんに私はおそるおそる口を開いた。大人っぽい人が首を傾げるの、ちょっといい、とか思ったのは置いておく。

「あ、あの…」
「うん?」
「松川くん、だよね?」
「え、うん。松川だけど。松川一静」
「本物か……」
「本物?」

やっぱり本物だった。精巧に作られた偽物説は絶たれた。

「あの、疑いたくはないんだけど…なにかの罰ゲームとかドッキリとか今この瞬間に頭を強打したとか、」
「誰かに強制されてるわけじゃないし、驚かせようともしてないし、頭も打ってないよ。これは、俺の意思」
「おお…かっこいい……」
「じゃあ付き合ってくれる?」
「え、あ、えっと、あの、」

私は深く深く息を吸った。私の周りの酸素濃度が薄くなるほどに。

「ごめんなさい」
「え」
「ま、松川くんとはそういう関係にはなれません」

私は綺麗な九十度のお辞儀をした。多分、九十度。

「春原さん」
「はい」
「理由を聞いてもいい?」

その言葉に私は頭を上げて松川くんを見た。

「俺負けるとわかってる勝負はしないから驚いてる」

一瞬、嫌な方に思考が行ってしまった。私はそんなにチョロそうな女だと思われたのだろうか。眉をひそめた私に松川くんは少し慌てたように口を開いた。

「あ、待って、なんか誤解させた?」
「…いや、」
「今日一緒に日直して春原さん俺に優しかったし、笑いかけてくれたから、可能性あるかなって」
「え!優しかったのは松川くんだよ」

日直は休み時間など接触する機会が多いため、顔を合わせる機会は多かったと思う。ただ、松川くんは効率重視のようで、一緒に黒板を消すというような青春イベントはなく、「黒板は俺が消しておくから春原さんはみんなのノート集めておいて」と作業分担をきちんとする人だった。それに私はノートを集めただけで、先生のところに届けてくれたのは松川くんだ。

「春原さん、俺が黒板消した後、チョークとか揃えてくれたでしょ」
「え?ま、まあ」

黒板は綺麗なのに、チョークは先生が触ったままであちこちにあったからまとめておいただけだ。

「さっきも、日誌ほとんど一人で書いてくれて笑顔で先生のところに持って行ってくれたし」
「松川くん早く部活行きたいかなって思って、…あと持っていったのはたまたま進路相談でどうせ先生に会うからだし…」
「そういうの、全部好き」

「……っ!」

平然と言いのけた松川くんに思わず小さく悲鳴をあげそうになった。なにこの人。玄人だよ、プロだよ。

「えっと、大丈夫?」
「ご、ごめんなさ…」

さすがに失礼な態度をとってしまったと思い謝ろうとすると食い気味に松川くんが聞いてきた。

「俺の何がだめ?」
「へ?」
「結構本気なんだけど」

少し不機嫌そうな松川くんの顔を見て私の顔が青くなる。

「…ま、松川くんは今のままで十分素敵だと思います」
「じゃあどうして?」
「…松川くんって、人気あるし……」
「それ本気で言ってる?人気あるってのは及川とかのことを言うんじゃない?」

そういうことではないのだけれど、と思いながらも、この際全部言ってしまおうと思った。正直に話さないと、松川くんにも失礼だし。

「松川くんってファン多いし、……一年の時も二年の時も、三年の初めの頃も彼女いたよね?」
「え、まあ」
「一時期結構とっかえひっかえだったよね?」
「あー、…はい」

二年の前半だろうか、松川くんの彼女がコロコロ変わる時期があったと記憶している。学内で有名な人はそういう噂が、あまりそういったことに興味のない私にまで回ってきて大変だなあと思った記憶がある。

「だからです」
「……ん?」
「それがお断りをした理由」
「それは俺が女の子にだらしないって思ってるってこと?」

そうは思っていない、けれど。経験値が違いすぎると思う。

「…私は彼氏いない歴=年齢の女、なのね」
「へえ、それは嬉しいな」
「……そういう所もなんだけど、私たちは恋愛偏差値の格差がすごいと思っていて」
「恋愛偏差値の格差」
「私はまだ、旅に出たばかりの…いや家から出てもいない装備なしレベル0の貧弱勇者で、松川くんはラスボスだと思っていただければ」
「俺ラスボスなの?」

敵じゃん、と笑う彼は年相応に見えるしとても楽しそうだ。本当に慣れているんだなあ、と思う。

「今もさ、松川くんすごく余裕だよね。私なんて心臓破裂しそうなのに…」
「俺も今すごく緊張してる。…ほら、」

そう言って少し右手を上げた彼に、私は右の手のひらをずいっと突き出した。

「待って今ここで私を引き寄せて心臓の音を聞かせようなんてしたら二度と口聞かないから」
「っと、危ない」

セーフ、と言いながら上げた手を自分の顔の横に上げた。降参のポーズをする松川くんもかっこいいけれど。

「私に松川くんは勿体ないよ」
「そんなことない」
「動画サイト見るだけの小学生にフルスペックのパソコンを与えるようなものだよ」
「何その微妙に分かりにくい例え」

そう言って笑う松川くんに、心を持っていかれそうになりながらも私は最後まで足掻いた。

「松川くんは、私の幼稚なところとか、察しの悪さとか、不慣れなところとか、知ったら嫌いになると思うし」
「そういう風に自分を冷静に客観視出来るところが好き」

そう平然と言ってのけた松川くんを無視し私は言葉を続けた。

「私は恋人とかいたことないけど、嫉妬深い方だと思うし」
「俺は放任主義の人よりそっちの方がいいかな」
「遊び感覚で付き合ってすぐに別れるとかになったら末代まで祟るし」
「……末代までかー」
「恋愛体質って言うの?そういう恋多き人と交際しても、私はすぐに浮気されそうだし」
「俺浮気はしないよ」
「ああ、ちゃんと別れてから次に行くタイプ?潔くていいね」
「…ソレハドウモ」

少し戸惑った松川くんにふふん、と思いながらも最終的な結論を彼に叩きつけた。

「とにかく!私と松川くんじゃ釣り合わないってこと」

これで松川くんも私の事好きなんて何かの間違いだと気づいてくれるだろう。そう思ったのに。

「春原さん」
「ん?」
「この間の練習試合、見に来てたよね」

急に松川くんが話を変えた。この間の練習試合。先週末、確かに見に行った。

「え、うん。及川君推しの友達に誘われて」
「俺のこと見てたよね」

ドキ、っとした。確かに私は松川くんを目で追っていた、から。

「……クラスメイト、だし」
「どうだった?」
「へ?」
「俺のバレー」
「それはすっごくかっこよかったよ!!」

身を乗り出す勢いでそう言ってしまってから、しまった、と思った。

「ご、ごめん……」
「なんで謝るの」
「なんか急にテンション上がっちゃって…」
「いや、俺はそういう春原さんをずっと見ていたいんだよね。一番近くで」

開いた口が塞がらないとはこのことだ。松川くんすごい。押して押して、まださらに押してくる。でも私は惑わされないぞ。

「それに、春原さんにも俺を見ていて欲しい。一番近くで」

そう言って微笑む松川くんに私は落ちた。駄目だった。いとも簡単に、落ちた。

「ま、つかわくん…」
「どう?キュンと来た?」
「…キュン、っていうかギュンって鷲掴まれた……」
「はは、それは良かった」

そういってちょっと姿勢を正した彼に、私もシャキッと姿勢を直した。

「じゃあ、もう一回ね。俺と、付き合ってくれますか」
「………は、い」


貧弱勇者とラスボス
「今の気持ちを何かに例えてみてよ」
「えっ、とりあえず勇者のレベルは1上がりました」
「…早くボスマスまで来てね」


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