※REDネタバレあり










『だってこいつ、シャンクスの娘だもん』

映像でんでん虫から映されたスクリーンを見て、私は掲げていたペンライトを下ろした。画面の向こうでは大きな声でザワザワと騒いでいる音がする。


ーーーシャンクスの娘


私はいま世界中で絶大な人気を誇る歌姫、ウタのライブ配信を見ているはずだった。ライブを楽しもうとしていただけだったのに。
そこに急に映ったのはこの船ともゆかりのあるらしいモンキー・D・ルフィで、その彼から発せられた言葉に私は放心した。
シャンクスとは、私の知ってるシャンクスだろうか。
そう思った瞬間、部屋の扉が開いて映像でんでん虫が切られた。

「ソフィア」
「……なあに、シャンクス」
「俺たち少し用事が出来た。一旦近くの島で待っていてくれるか」

こちらに選択肢を委ねているようで、答えはひとつだった。

「うん」
「それから、悪いがそのライブは見ないでおいてくれ」
「…………わかった」

私のその返事を聞いてシャンクスは部屋を出ていった。彼は多くを語らない。
いつも思ってた。私は彼の恋人のはずなのに、彼を何も知らない。船に乗った時から、どんな事があっても彼のそばにいると覚悟を決めた。
けれど。
彼の過去を知りたいと思わなかったわけじゃない。なんなら全部知りたい。彼の全部を。
彼は私なんかよりよっぽど大人で。私が過去を聞けばきっと困った顔をして答えてはくれるだろう。でもそんなの、虚しすぎる。

私は本当に、彼を知らない。

その後すぐにお金を持たされ、近くの島に上陸した。クルーの案内で比較的治安がいい地域のホテルに案内された。
私はすぐにホテルに入り、部屋を用意してもらった。自分で買い物に行く気にはなれなくて、フロントにご飯を頼んだ。遅めのお昼になるが仕方ない。
大きなベッドに横たわり天井を見つめる。



ーーーシャンクスの娘



あのウタが。
僅かばかり聞いたことのある彼の思い出話にモンキー・D・ルフィは出てきても、ウタが出てくることは無かった。

「…………むすめ」

その三文字が重くのしかかる。
彼女が娘ということは、彼は父親なのだ。私の知らないシャンクス。シャンクスの知らない部分を知っていく度に、こんな言葉にし難い思いをしなくてはならないのだろうか。
ウタが本当の娘なのかは分からない。ウタの母親は?どうして今その家族がシャンクスと一緒にいないのかも分からないし、私に娘の話を一度もしなかったのかも分からない。
でも彼は、私に今日のライブを見るなと言った。シャンクスがそう言ったのだから、見ない方がいいのだろう。
私だけ置き去りにしてみんな行ってしまった。
恐らく、ライブ会場に行ったのだ。そこで何が起きているのか、何が起きるのか、私には何も分からない。

どんなに足掻いたって、私には分からない。






ふと気がつくと、窓の外が暗くなっていた。寝てしまったらしい。

「……あ、お昼ご飯」

フロントに頼んでおいたのに寝てしまった。のそのそ起き上がり廊下へ繋がる扉を開けるとワゴンが置いてあり、そこに頼んでいた食事が乗っていた。ワゴンごと部屋に入れ扉に鍵をかける。クローシュを持ち上げれば当たり前に冷めてしまってはいるが美味しそうな料理があった。ぐうう、とお腹が鳴る。こんなに落ち込んでいる時でも腹は減るのだ。
トレイをテーブルに乗せ、フォークを持った。

「……うん、美味しい」

どんなに彼が好きでも、どんなに彼を疑っても、それでもそばにいると決めたのは自分だ。
もし余所に女がいたって、そんなのは絶対に嫌だけれど、それでもわたしは彼から離れる気はない。
だからこそ、現状をただただ受け入れなくてはならない。
どんなに不安だって。どんなに悲しくったって。
それでも私には、彼しかいないのだから。









翌日、クルーが迎えに来た。私は荷物をまとめ、船へと戻った。

「おかえり、ソフィア」
「うん、シャンクスたちもおかえりなさ、…………え?」
「ん?」

私はその光景を、ちょっとやそっとじゃ忘れられないだろう。

「ベック?」
「なんだ?どうした?」
「……貴方、怪我してる」

ベックマンの顔に擦り傷がある。私はこの人が怪我をしたところなんて見たことがない。その彼が怪我をしているのだから、きっととんでもない事が起きたのだ。

「え、み、みんな、擦り傷とか打撲の跡がある……」
「あーいや、これは、」
「シャンクスは!?貴方は大丈夫なの!?」
「あーっはっは!俺はなんともない」

そう言って笑うシャンクスは、いつものシャンクスだ。
少しだけ話を聞けば、操られている民間人からの攻撃でこちらは手を出せずそれらを黙って受け入れていたらしい。いやどういう状況?
けれどそれを幹部が防いでいたからシャンクスは何ともないのだろう。

「ソフィア、話がある」

シャンクスのその言葉に、皆が散っていく。甲板に残されたのは私たちだけだ。

「何?貴方まだ疲れてるだろうし今度に、」
「いや、今話がしたい」
「…………」

私は面倒くさい人間なのだ。彼のことを知りたいとぐだぐだ一晩悩んでいたにも関わらず、今こうして彼を目の前にしてしまえば何も聞きたくないと思ってしまう。

「話って?」
「……今回お前を置いていったことだ」

サア、と甲板を風が吹き抜ける。私は知りたかった彼を知れるのだろうか。

「ウタが俺の娘なのは事実だ」

前言撤回。知りたい知りたくない以前に行き場をなくした感情が私の中で右往左往する。

「……そう」
「ウタが暴走した。それを俺は父親として止めに行った。海軍や政府も絡んでるからな、報道されるかは分からんが」

今回のことは彼が黙っていれば私は永遠に知らなかったことかもしれない。

「暴走は、……止めた。ルフィたちの協力もあってな」
「良かったね」

私のその言葉にシャンクスは眉をひそめた。

「それだけか?」
「うん?」
「ほらなんかもっとこう、あるだろ?」
「……何が?」
「お前は俺の女だよな?」
「……そのつもりだけど」

シャンクスは大きくため息をついた。普段から余り自分の過去を話したがらないシャンクスだ。だからこそ、聞けない。
ウタはどうなったの?
ルフィとは話せた?
ウタは本当に貴方の娘なの?
ウタの母親は、……聞きたいことなんていくらでもある。けれど。

「……それ、聞いてもいいの?」

自分の声が少し震えているのがわかった。シャンクスにも私のこの不安が伝わってしまっているだろう。情けない。

「当たり前だ。何をそんなに悩むことがある」
「だって、面倒くさい女だと思われたくなくて」

私のその言葉に彼は口を開けて笑うと私の腕を引いて胸に閉じ込めた。

「お前が面倒くさいのは今に始まったことじゃないだろう」
「そんな言い方っ、…………もういい」

彼から離れようと胸を手で押す。片腕なのに全然解けない。

「ちょっと、シャンクス」
「離さない」
「え、」
「どんな事があってもおれはお前のそばにいる」

その言葉に私は抵抗をやめた。それは私が貴方に思っていることで。

「ウタとは、血の繋がりはない」
「……え」
「昔、奪ったお宝に赤ん坊が紛れててな」
「……それがウタ?」
「ああ」
「赤髪海賊団で育てたの?」
「そうだ。だが訳あって俺はウタと離れることを決めた」
「そう、だったの」

彼がゆっくりと体を離した。自然と目が合う。いつものシャンクスなのに、どこか悲しげで、これ以上聞いたらダメだと思った。

「話してくれて、ありがとう」
「ん?もういいのか?」
「うん。貴方の過去が気にならないわけじゃないけど、もういいの」
「……ソフィア」
「今、貴方の隣にいるのは私だもんね」

そう言って微笑むと、顔に影が落ちた。唇に触れた感覚に目を閉じる。ちゅ、ちゅ、と啄むようなキスに思わず笑みがこぼれた。

「ん?どうした?」
「ふふ、だっていつも食べられちゃいそうなキスなのに今日は優しいから」
「ほう、ご所望なら期待に応えるしかないな」
「え、……っうわ、」

ふわ、と体の浮いた感覚に彼の首にしがみつく。この人は片腕なのにどうしてこうも抱き上げるのが得意なのだろう。

「ねえどこ行くの?」
「俺の部屋」
「どうして?」
「どうしてってそんなの……決まってるだろ?」

そう言って私の頭にキスをした彼に、私は降参して大人しく運ばれるのだった。


過去に手を伸ばす
けれど掴まなくちゃいけないのは
私たちの未来



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