甲板に寝そべり空を見る。
靴を脱ぎ捨て、足の指の間を風が通り抜けるのを感じる。
視界に雲はなく、鳥も飛んでいない。

「ソフィアさん!デッキの掃除するんでそこあけてもらえますかー!」
「んー……あと10分だけ」
「えっ、ああ、わかりました!」

上のデッキから若いクルーの声が聞こえる。今日掃除当番の子だろう。邪魔をしてはいけないと思いながら、足から吹き抜ける風の心地良さには負けてしまう。それにこの船のクルーが私に逆らえないのは分かってる。私は彼の女だから。

「おい、退いてやれ」

顔に影ができる。逆光で彼の顔は見えないが聞きなれた声に自然と口角が上がる。

「ベック」
「邪魔になるだろ」
「だってここ気持ちいいの」

そう言いながら彼の膝あたりに手を伸ばす。彼は少し屈んでそのまま私の手を掴み、軽々と私を立たせた。

「お前が言えばアイツらが逆らえないの分かってるだろ」
「分かってるから言ってるの」

彼はそんな私に苦笑し、靴を履かせた。
そして慣れた手つきで私の乱れた髪を整える。
私はその指の感覚をもっと感じたくて彼の手を掴み、その手に頬を寄せた。

「おい、離さないと髪を整えられない」
「整えなくていいの」

そんなやり取りをしていると上のデッキから視線を感じた。先程のクルーだろう。流石に掃除をしようとしているクルーの時間を無駄にするのも申し訳ないと思い、彼の手を引いた。

「おい、どこに行く」

彼の淡白な物言いに繋いだ手に力を少し強めながら答える。

「貴方の部屋」

ニヤリとする彼を背後で感じながら階段を上がる。





彼の部屋に入った途端、背中を強くドアに打ち付けられ私越しに鍵をかけられる。鍵をかけたその手が私の頬に伸び一撫でした後、首裏に回り強く引かれた。彼の唇を感じながら私は彼の背中に手を回す。そして少しだけその背中に爪を立てる。

「誘ってくれるのは有難いが、まだ昼間だぞ」
「貴方だって乗り気じゃない」

息がかかる距離で会話を続ける。彼の煙草の残り香が強く鼻を掠める。嫌いじゃない。

「真昼間から女を抱いてるのがバレたら副船長としての威厳が廃れる?」
「いや、羨ましがられてそれで終わりだ」

そう言ってまた口付けをする。深く深く。ドアについていた手が背中を伝い臀部を通り抜け太ももに触れた。

「ちょっと待って」
「何だ」
「ここドアの傍よ」
「聞かせてやるか?」

ニヤリと笑う彼の胸を強く押し、彼から離れた。そしてそのまま彼の大きなベッドにダイブする。そんな私を見て彼はため息を吐く。

「相変わらずのお転婆娘だな」
「あら、娘って言われるほど若くないんだけど」

くすくす笑う私に彼が覆い被さった。心地良い重みと温かさを感じる。彼が私の体を触る。触られたところから熱くなり溶けそうになる。この瞬間はいつも彼の手は魔法の手なんじゃないかと思う。

「んっ、」

私が擽ったさから身を竦めると彼が私の目を見た。その瞬間、彼の中の何かがぷつり、と途切れたように荒々しくなった。私も応えるように舌を強く絡める。彼の体も熱くなっているのを感じる。キスをしながら服を脱いだ。彼の手が直に肌に触れる。ゴツゴツして少しカサついた手。海賊という“悪”に身を起きながら感じられる普通の幸せ。でもそのせいで手放した幸せもある。私は彼との子供を産まない。産もうとすれば船から降ろされるのだから。クルーの妻となる人とは、基本的に島で出会い結婚し子を成す。夫は出産に立ち会えない。その頃にはとっくの昔に船は出航している。その後も直接会うことは滅多にない。この船のクルーにも島に奥さんと子どもを置いてきている人も多いが、私にはそれを受け入れることは出来なかった。実家として戻るべき島もある。まだ子供も産める体。でも、彼とは離れたくない。彼もそれは察しているのか必ず避妊はしているし、その事についても触れない。もし彼が子供を望んだ時、私はそれに応えられるのだろうか。

「ソフィア、何考えてる」

上から彼の声が降ってくる。私が考えてても勝手に事は進んで行く。彼は私の胸元に跡を残して顔を上げていた。

「貴方のこと」

間違ってはいない。情事をするのには少し避けたい話題だけど。

「そうか、それは男冥利に尽きるな」

そう言って首筋に喰らいついた彼の頭を抱きしめる。何もかも忘れて純粋に今を楽しめるように。


幸せの先は
幸せとは限らない


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