「大将ー!」
海軍本部の中庭で、草を踏む音に混じって若い女性の声が響く。その声は怒りを抑えたような声色で、呼ばれた本人もそれを感じ取っていた。自分の足元に気配を感じる。
「あらら、また見つかっちゃった」
アイマスクを少し上げて声の方を見る。
「もう!こんな所で昼寝してるなんて!仕事に戻ってください!」
「こんな所って…中庭で寝るの気に入ってるんだけよね」
「センゴク元帥がカンカンですよ!書類はまだかって」
ソフィアは一向に起き上がる気配のないクザンの腕を掴み、起き上がらせようとする。勿論その体格差から不可能に近い。芝生と背中がくっついているかのようだ。
「えー、センゴクさん怒ってるの?余計行きたくなくなった」
「そんなこと言ってる場合ですか!私の身にもなってくださいよ!私も怒られちゃうんですから!」
ぷんぷん、と音が出そうなほど怒っているソフィアだが、他者から見れば何も怖くはない。それを可愛いとさえ思っているクザンは黙って叱られていた。
「ほら!立ってください!行きますよ!」
「んー、ソフィアちゃんがキスしてくれたら頑張れるかも」
「…………」
「ねえ、真顔はやめてくれる?」
「このご時世セクハラですぐに訴えられますよ」
「世知辛いねえ」
「全然世知辛くないです。ほら、早く立ってくださいー!」
「はいはい」
クザンはのっそりと立ち上がり、ぷりぷりと怒るソフィアの後ろを大人しくついていく。それを傍から見ていた海兵隊から「凸凹コンビ」と呼ばれていることを二人は知らない。
「ねえ、俺もう帰ってもいいかな」
執務室に戻り大人しく仕事をしているかと思えばいつも通りの言葉が吐かれた。
「ダメですよ、ご自身の右側を見てください」
「……」
「この堆く積まれた書類がなくなるまでは帰れませんよ」
「はあ……」
「ちなみに山はあと二つありますが、今日のところはその一つで許します」
「……はあ」
「ほらほら、手を動かしてください!」
書類にサインをすれば、わんこそばのように次から次へと目の前に新しい書類が差し出される。似たような書類にサインを書き続ける。窓の外を見れば青い空と青い海が広がっている。絶好の昼寝日和だ。
しばらくその作業を繰り返したところで、書類を差し出したソフィアの手を突然クザンが握った。
「えっ」
突然のことに驚いたソフィアは自身が差し出していた書類をくしゃりと握ってしまった。元帥に承認を貰わなくてはいけない書類だった。すぐに手を離すとそのシワになった書類が床に落ちた。しかし彼が掴んでいる手はそのままだ。
「あらら?」
「はっ、離してください…!」
「あらあら、顔真っ赤だけど大丈夫?」
クザンはそう言いながら、ソフィアの手を包み込むように両手で握り直した。
「…ソフィアちゃんて、彼氏とこういうことしたことないの?」
「せっ、セクハラですよ!」
それに彼氏はいません!と言いながらクザンの手から逃れようとするソフィアだが、その手にあまり力が入っていないことにクザンは気を良くした。
「俺が言うのもアレだけど、これって脈ありだよね?」
「なっ…!」
「もっと押した方がいい?」
そう言ってその手を引き寄せ、クザンは顔を近づけた。
「も、もう仕事してください…っ!」
顔を真っ赤にしたまま背けてそういうソフィアにクザンはニヤリと笑った。
「あらら、もう少し時間がかかりそうね」
エンデュランス・ラヴ
「ほらほら、仕事させるんじゃなかったの?」
「だっ、誰のせいだと…!」
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