「これからの時を、私の隣で過ごして欲しい」
グラン・テゾーロが一望出来る七つ星レストランで、彼に思いを告げられた。黄金に輝く船上の街は、普段海の上を這いずり回っている私とはかけ離れた世界のはずだった。
その頂点にいる彼に、愛を囁いてもらう日が来るとは夢にも思っていなかった、と言えば嘘になる。何度もこうして二人で食事を重ねた。彼に誘われ、ショーを見たり、少しだけカジノをしたこともあった。彼の好意に気づいていなかったと言えば、それは嘘になる。けれど。とても嬉しいことだったが、私の立場を考えるとすぐには頷けなかった。
「テゾーロさん、その、…私では貴方には釣り合いません」
お気持ちはとてもうれしいのですが、と付け加えた。彼とは立場が違いすぎる。
「君はとても素晴らしい女性だ。私が釣り合わないくらいにな」
そう言って、彼は笑った。
「……私は、海兵です」
「勿論、理解している。将校だということも」
「…いつ命を落としても可笑しくはありません」
俯いてそういう私に、彼は微笑んだ。
「だったらその命、少しだけ私に分けてはくれないか?」
彼のその提案に、私は首を傾げた。
「命を、分ける?」
「そうだ。君の命の一部は私のモノだ。つまり、勝手に落とすことは許されない。必ず私の元に返しに来て欲しい」
そう言って、私の手に自身の手を重ねた。
「テゾーロさん……」
その笑顔を信じてみようと思った。
「本当に、私でいいんですか…?」
「ああ、君がいい」
そう言って、涙が溢れそうになった私の目元をその指で拭う。私も泣きながら微笑んだ。
「…お慕いしております。私で良ければ、そばにいさせてください」
私は、休日や近くの海域で任務があった時など、グラン・テゾーロに足繁く通った。彼のことは好きだし、普段と違う華やかな世界にいるのは仕事の鬱憤も晴れた。彼の隣にいるだけで幸せで、何もかもが上手くいく気がした。純粋に彼との時間を楽しみたいと思っていた。
しかし、海軍に身を置く私は、グラン・テゾーロやテゾーロ本人の良くない噂を耳にすることも少なくはなかった。私が彼と交際していることは公にはしていない。だから普通に噂も舞い込んでくる。
真っ白な商売だとは思っていなかったけれど、極めて黒に近い噂が多い。そもそも、海賊相手に商売をしている彼と海軍将校の私が今みたいな関係でいることは、問題ないのだろうか。あとは純粋に彼の身が常に危険に晒されているということだ。能力者とはいえ、客として相手にしているのは海賊、海兵、それから天竜人。他にも、たくさん。どんな人でも一度は受け入れる。それがグラン・テゾーロの恐ろしいところでもある。
私は、このままでいいのだろうか。
「テゾーロ」
「……君か」
私が到着した時には、その“賭け事”は既に終わっていたらしく、ここに来る道中でも勝った負けたの言い合いで街は溢れていた。
部屋に向かうと真っ暗な部屋で電気もつけず、ベッドに座るテゾーロがいた。
「どうした」
広い部屋に少し小さな彼の声が響く。彼は私に背を向けたままだ。
「…また海賊相手に“ゲーム”をしたの?」
「ああ、…あれは最高のエンターテインメントだ」
その自信に満ちた声に、何か違うものも混じっている気がした。それが何なのか、私にはわからない。
「商売とは言え、海賊と関わりを持つのは……」
私がそう言いかけると、彼は立ち上がりこちらに向かって歩いてきた。その目は優しい目をしていて、でもどこか一枚膜を挟んでいるような距離を感じた。
「ソフィア、私は中立なだけだ」
中立、と私の口から零れる。
「海賊も海兵も一般人も全員受け入れる。エンターテインメントとはかくあるべきだ」
「テゾーロ…」
「その為には様々な“要素”が必要になる」
その“要素”とは、彼にとって何なのだろう。ただのお遊びなのか、仕事、なのか。その“要素”にされる人の将来はどうなってもいい、と考えてるのだろうか。彼が、怖い。
でも、愛してしまった以上、彼には危険を冒して欲しくはない。そう私に思わせてしまうのも彼の怖さだった。
「…貴方に、あまり危ないことはして欲しくないの」
そう彼に言うと、そのまま抱き締められた。彼の表情は見えない。
「心配かけてすまない」
「…心配するのが恋人の役目でしょう?」
「はは、それもそうか」
そう言って彼が笑う。
「でも本当に、笑い事じゃないのよ?テゾーロ、私は貴方に……、んっ」
唇を塞がれ、腰に手が回る。深く深くキスが続き、息ができない。
「っ、て、テゾーロ…」
彼の厚い胸板を押し返し、無理矢理離れた。
「ソフィア、愛している」
「……、それは私もよ」
また私を抱きしめるその胸板に体を預ける。またはぐらかされた。いつもこの言葉とキスではぐらかされる。
それを知りながら、私はいつもその甘美な言葉に沈んでしまうのだ。
結ばれたロミオとジュリエット
貴方が貴方じゃなかったら
私は貴方を愛せただろうか
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