船はセカン島に向かっていた。天気は良好。悪いことが起きるような雰囲気は一切ない。

「んー、いい天気」

これからの任務のことは頭の隅に押し込みながら、海風を堪能していた。エンドポイントの一つであるピリオ島でNEO海軍の良くない動きが活発化する可能性がある、という抽象的な情報しか与えられていなかったが、その影響を受け、近隣の島であるセカン島の警備にあたれ、と言うのが私たちに与えられた任務だった。

「NEO海軍ねえ……」

海兵をしている限り、知らない者はいない。そのトップも。

「…ゼファー先生、か」

彼がよく話してくれた昔話を思い出した。今の上位将校達は皆そのゼファー先生の教え子らしい。海軍はとんでもない人を敵に回しているのだな、と思った記憶がある。でもその人のことを話す彼は、凄く楽しそうで優しい顔をしていて、でもとても苦しそうだった。

「上陸後の割り振りを伝える!甲板に集合!」
「「「はっ!」」」

甲板から上司の声が聞こえてきた。散っていた海兵たちが甲板に集まる。私も急ぎ足で甲板に向かった。





少し高めの湿度と空気に混ざる硫黄の匂いを感じながら街を歩く。温泉街だけあって人も多く、観光地化されている為どちらかと言えば治安もいいほうだ。自分が担当になったエリアをパトロールしなくてはならない。とは言っても歩くだけ、だけど。街側のパトロールは終わったので、海沿いを歩く。不審な船もいないし、このまま何事もなく撤収になるのではないか。そう思っていると、少し先を歩く人が見えた。その背中は、私が何年も追いかけたもので、見間違えるはずがなかった。

「……っ、クザン…!!」

私は叫んだ。ずっと、ずっと会いたかった人。私は走り出した。私がその背中に抱きつこうとした瞬間、彼はこちらを振り向き、そのまま私を受け止めた。

「クザン…!」
「……ソフィア」

彼の声だ。彼の匂いだ。私は彼の胸元に顔を擦り寄せ、何度も何度も頭の中で確認する。私は今、彼に触れている。

「ずっと探してた…!無事で、本当に良かった……!」

彼の背中に回していた手に力を入れる。もう離さないように、ぎゅ、としっかり握りしめた。しかし、抱き留めてくれた彼の手が私の背中に回ることは無かった。

「ああ、心配かけたな」

頭の上から聞こえてきた彼の声に泣きそうになる。彼が、赤犬さんと対立したと聞いた時はなんとなく仕方の無いことかと思ってはいたが、まさか直接対決になるとは思ってもいなくて。私がそれを知った時には、既に彼はパンクハザードで敗れた後だった。私には、何も言ってくれなかった。

「別れも言わずにいなくなるなんて、もうやめて…!こうして会えて良かった。また一緒に、」

これでまた彼と一緒にいられる。彼の隣で笑っていられる。そう思って顔を上げると、彼の顔は逆光で見えなかった。それに、受け入れ難い詞が耳に入ってきた。

「それは、できない」

どうして。理解が出来なかった。

「お前は海兵だ。俺は謀反者で、今は良くない繋がりもある」
「私海軍辞める…!すぐ辞める!だから…っ!」
「…悪い」

彼は、私の腕を引き剥がし、振り返りもせずそのまま立ち去った。

その後、ピリオ島で様々なことが起こり、私は彼と会って起きた事を深く考えることも出来ず、任務に当たっていた。しかし、島を横断する氷の壁を見た瞬間、彼の追っていた「正義」を見た気がして私はその場で泣き崩れてしまった。まだ彼は、私が知っている彼だ。私が愛した、大好きな彼だ。







「ここにいたら、会えると思って」

ゼファーのお墓に向かう道の途中に私はいた。ゼファーは海軍に尽くし、裏切られ、裏切った人だけれど、やはりこの組織の中では彼の存在がとても大きかったらしく、このお墓にも多くはないが何人か将校が訪れていた。彼も絶対に来ると思った。彼と目が合う。やっと、顔をちゃんと見れた。

「…ソフィア、俺は」
「私の全ては、貴方だった」
「…………」
「貴方と出会ってから、ずっとそうだったの」

彼の言葉を遮った。どうしても伝えたいことだった。そう、私の全ては貴方なの。

「…お前は自分の力で少将まで登り詰めた。それはお前の力だ。お前の全ては俺じゃない」
「ううん、私が頑張ってこれたのは貴方の支えがあったから」
「優秀な部下のおかげだろう」
「貴方がいなくなって、私は何をすべきか分からなくなったの」

貴方がいなくなった後、私への監視が強くなったしね、と微笑んだ。謀反を起こした大将の恋人だったのだ。何もおかしくはない。

「それは…、迷惑をかけたな」
「ううん、いいの。おつるさんたちが助けてくれたから」
「そうか……」
「その間も、色々考えたの」
「ああ」
「それで貴方と再会して分かったことがあるの」

私は、彼がいなくなって全てを失ったと思った。そんな私を支えてくれる人は沢山いたのに、真ん中がぽっかり空いてしまって、そこを何もかもが通り過ぎてしまって何も心に残らなかった。
彼とまたこうして会って思ったことはひとつだった。

「私はやっぱり、何があっても貴方が好きよ、クザン」

彼の表情は特に変わらない。

「“正義”を追いかけてる貴方が好きなの」
「……ソフィア」
「だからね、もう海軍辞めてきた」
「………お前ねえ」
「辞めてきたっていうか、辞めざるを得なくしたって言うか」
「…何したの」

私はセカン島で捕まっていた海賊を逃がしていた。小物だったし、またすぐに捕まるということを見越して、だけど。

「これでもう私も海軍に仇なす存在よ」
「…………」
「だから、私と一緒に逃げてくれますか」

そう言った私に、彼は大きく溜め息を吐いた。

「はあ、…そこまでされて断ったら、男が廃るでしょ」
「…!じゃあ!」
「ああ、…何処までも一緒に逃げましょう、お姫サマ」
「……クザンっ!」

飛びついた私を軽々と支え、強く、強く抱き締めてくれた。


貴方を諦めきれなくて
「さ、勝手に姿を消した分、どう償って貰おうかしら」
「なんでも差し出すさ」
「ふふ、じゃあ飽きる程キスして」
「喜んで」


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