彼が私に優しかったのは、私が私の思ったように人生を歩めないと知っていたからだと思う。

私は、ここを出ていった姉たちほど強くないから。





私は、カタクリ兄様のことを“兄”だと思ったことは無かった。年が離れているし、遊んでもらった記憶もあまり無い。物心ついた時には既に雲の上の人といった感じで、ずっと憧れの存在で、初恋の人だ。そして、今も。
しかし、カタクリ兄様は私にだけ別段優しいわけでもなく、特に気に入られた“妹”というわけでもない。妹の中のひとり。それも役に立たないランキングがあれば多分一位。私には才能も能力も努力して掴めたものも何も無い。本当にママの子かと思うほど平凡な人間だ。同じ父親を持つ兄弟もいない。私はたくさんの兄弟に囲まれていたのに孤独だった。
姉や妹たちもカタクリ兄様が大好きで、私の入る隙なんてなかった。二人きりになれることなんて滅多にない。それでも、そばにいられれば良かった。
カタクリ兄様は、私を妹以上には見ていないだろう。ママと同じように、万国の駒としてしか存在を認めていないのだと思う。私は女だ。外とここを繋ぐ“手段”でしかない。“婚姻”という形で。
私はローラ姉様のように、ここを出ていく覚悟もなければ、プリンのように強かに生きることも出来ない。
私がここにいられるのは、ママから生まれたから。それ以上の理由なんてない。姉や妹は私のことを馬鹿にした。何も出来ないと。でもカタクリ兄様だけは違った。今考えてみれば、ほかの姉妹たちと比べる興味すらなかったのだと思う。それでも、私にとっては唯一の救いだった。幼い頃、舞い上がっていた私が馬鹿みたいだ。物心つく前は思考のすべてが自分中心で、我儘に生きられた。でも成長していくにつれ、周りとの差にどうすることも出来ず、置いていかれてばかりだった。才能溢れる姉妹と比べられていた時、心の支えはカタクリ兄様だった。カタクリ兄様は、私を蔑んだりしない。それで私は救われていた。





ママから結婚の話を聞かされ、相手の名前も忘れてしまったが、拒否はできない。私はそれを受け入れたが、頭に浮かんだのはカタクリ兄様だった。ママから話を聞いたその足で、カタクリ兄様の元に向かった。

「カタクリ兄様」
「……ソフィアか。どうした」
「私、…結婚が決まりました」
「そうか、相手は」
「えっと、ママ曰く今度協定を結ぶ国の方だとか」
「そうか」

兄様は既に知っていたのかもしれない。それでも、自分の口で伝えたかった。お相手の国は遠いところにあるらしい。私は、もうここには戻れない。最後に、カタクリ兄様に気持ちを伝えよう、そう思ってここに来ていた。実らない恋、私と結ばれることのない人。それでも私のこの気持ちだけでも伝えたい。

「あの、兄様…わたし、」
「これでお前もようやくシャーロット家の一員として役に立てる」

遮られた。確実に今、兄様は私が言おうとしたのを止めた。言わせてもくれないのか。

「嫁いだ先で粗相がないように」
「…はい、心得ております」

兄様は、下手に期待を抱かせたりしない。私の気持ちに気づいているのだろう。その優しさが、とてもつらい。

私はここで、この人と決別しなくてはいけない。


「兄様」
「なんだ、まだ何かあるのか」
「いえ、一言だけお礼を言いたくて」
「礼?」

口元が見えないため感情は読み取れない。けれど、もうこれが最後のチャンスなのだ。

「私を…、私のことを妹として愛して下さり、本当にありがとうございました。ここを離れても、そのことは忘れません」
「…ああ」
「私は、……幸せになります」
「俺もそれを願っている」

カタクリ兄様は、最後まで優しく、冷たかった。







旅立った船から故郷を眺める。あれから会った結婚相手は、優しそうな人だった。盛大な式も、お祝いの言葉も私の身に余るほど豪華なもので、それは傍から見れば“幸せ”そのものだったと思う。
心の中では、違う人のことを考えていた。
ずっと、兄様のそばにいられたら。

船が着くまでは、好きでもない人の“妻”ではなく、“貴方の妹”でいてもいいですか。


無い未来を想う
貴方を思って泣くことを
今だけは許してください



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