「まだ子どもが出来ないんだって?」
「結婚されてだいぶ経つのにねえ」
「“ママ”もカタクリ兄さんもとんでもないもの掴まされたわね」


また、だ。また私の噂をしている。私の義姉や義妹たちだ。扉を隔てた向こう側では、あることないこと好き勝手に飛び交っている。私は開けようとしたその扉に背を向け、自室に戻ることにした。

ギィ、と音を立てて扉が開く。文句のつけ所のない広くて豪華で手入れが行き届いた部屋。足りないものは、ない。
でも、私に足りないものは沢山ある。私は万国コムギ島ハクリキタウンを治めるシャーロット・カタクリの妻。結婚して五年が経つ。勿論彼とは政略結婚で、私が望んだものではなかった。でも、嫁ぐからには彼に尽くそうと思ったし、そこで幸せになろうと決心してここに来たのだ。

それが、この様だ。

私はこの国に役立つ能力や知識もなく、彼の子をなすことも出来ず、ただの穀潰しだ。
それに、手を取り合うはずの彼は私を愛してはいない。彼自身がそうだったように、私は所詮ママの“駒”なのだ。婚姻、という本来尊く清らかなものを私欲のために無理矢理繋ぎ合わせる。自らの子どもを使って。そこに、愛が芽生えることはあるのだろうか。私たちの場合は、ない。

「ソフィア」

物思いに耽っていると後から彼の声が聞こえた。私は慌てて振り返り頭を下げる。

「カタクリ様、おかえりなさいませ。申し訳ございません、少し考え事をしていてドアが開いた音に気づかなくて…」
「構わん」
「申し訳ございませんでした」
「……」

普段の会話もこの程度だ。なんならいつもより話したくらい。これが、私たち夫婦。

「……今日は」
「はい?」
「今夜は支度をしておけ」
「っ、はい」

そう言い残して、彼は食事に行った。言わずもがな私とは一緒に食べない。これは、合図。私たちが夫婦として唯一すること。二時間後には彼に抱かれているだろう。その目的は夫婦の愛情、などではなく、私たちの子どもだ。ママにとって、次の世代の“駒”となる。他にはなんの意味もない。
シャワーを浴びるため、バスルームに向かった。シャワーを浴びながらムダ毛をチェックする。大丈夫だろう。彼は、ママの望みならどんな女性でもそういう行為をするだろう。でも、私は少しでも女として見てほしい、そう思ってしまうのだ。だから、彼の為に髪の艶や、玉のような肌を維持する。それがとても虚しい行為だと分かっていながら。
風呂から上がり、髪を乾かしお気に入りの香水を振りかける。彼との行為の前だけ、これをつける。彼は気づいているのだろうか。そんなこと気にもしていない気がする。余計なことは考えないようにしないと。軽く化粧をして、寝室に向かった。






「待たせた」
「……いえ」

彼が来るまでベッドに腰掛け、本を読み待っていた。寝室に入ってきた彼はまだ髪が乾ききっていない。用意していた水をコップに移し、彼に差し出す。

「どうぞ」
「ああ、すまない」

彼はこの時だけ私の前で顔を見せる。そう、この瞬間だけ。ごくり、と彼の喉仏が動く。飲み終わったらまた口元を隠してしまう。
彼の手が私の肩にまわる。彼の大きなベッドに二人で倒れ込む。キスはしない。したことが無い訳では無いが、もうここ数年していない。服を脱がされ、胸元が空気に触れた。彼の手が私に触れる。その手つきは優しいが、夫婦の情事という本来とても情熱的で愛に満ちたものを私と彼がしていると思うと内心笑ってしまう。それが愛だろうが強制されようが、与えられる快感は変わらない。義務のように進むこの時間が大嫌いで、でもずっとこうしていたいと思う私は矛盾していた。







「ソフィア義姉さん」
「……はい?」
「ママが呼んでるわ。急いでママのところへ」

普段話しかけてこない義妹が声をかけてきた。珍しいと思いながらもママの元へ向かった。扉を開けると彼もそこにいた。しかし、私と視線は合わなかった。

「来たね、ソフィア!」
「遅くなり申し訳ございません」
「本当に役に立たない子だね。あんな国の王女だ。たかが知れてるけどねェ」

私は黙ってそれを聞くしかなかった。

「アンタの国、潰れたよ」
「…………え?」
「国でクーデターだとさ!現国王と王妃は城内で殺害。国は反乱市民に乗っ取られ、内戦は終わったってさ」
「父と、母が……」
「これで本当に役立たずだよ。うちの利益にもならない。子供も生まない。戦闘能力があるわけでもない。もう用はないよ」

私は絶望していた。父と母が殺された。母国が内戦で混乱している。ママに用はないと言われた。

これは、死刑宣告だ。





私は部屋に戻り声も出さず泣いた。ひたすら涙が枯れるまで泣こうと思った。まだ涙が止まる気配はない。私は誰にいつ殺されるのだろうか。それともママの能力に。

「ソフィア」

部屋のドアが開いたのは気づいたが、振り返りもしなかった。もうどうでもよかった。

「……カタクリ様」
「大丈夫か」
「…最後までお見苦しいところをお見せして、申し訳ありません」
「……いや、構わない」

彼は私の頬に手を伸ばし涙を拭った。しかし絶えず出てくる涙を見て手を離した。

「ママから恩赦を受けた」
「恩、赦……?」
「お前を消したり、どうこうしようとはしない。希望する額を渡し、希望する場所に送り届けよう」

殺されるのは免れたようだ。彼の計らいだろうか。しかし、体良く追い払われたことに変わりはない。もう国には戻れない。殺された国王と王妃の娘なのだ。それにクーデターの原因はビックマム海賊団と協定を結んだことだろう。そこへ嫁ぎ、そのきっかけを作ったとされる私は火炙りにでもなってしまうのではないか。望む場所なんてない。私は故郷と万国しか知らないのだから。

「金はこの鞄に詰めてある。足りなければ言え。船はどこに向けて出せばいい」

私たちはこの五年の結婚生活で、この別れの話が一番長い会話かもしれない。そう思った。彼は口数が多くないし、こんなに沢山の言葉を私に話しかけるのなんて初めてだ。
私には帰る国も守ってくれる人もいない。自然と口からこぼれ落ちていた。

「…………して」
「…聞こえない」
「……わたしを、ころして」
「何……?」
「国にも戻れない。もう父にも母にも会えない。そして貴方にも見捨てられた」
「…………」
「私にはもう、生きる意味なんてないの」
「…………」
「ころして、…殺してよっ…!!」

私は初めて彼に縋った。これが、最初で最後だ。
彼の足に縋り付いていた私を離し、彼は膝をついた。それでも目線の差は埋まらなくて相変わらず見下ろされている。その目は何を思っているのだろうか。

「…俺は、お前を殺せない」


マルシュアスを羨む
その言葉はこの世で一番残酷で
この世で一番愛に満ちていた



back top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -