シャーッと布を断つ独特な音が狭い部屋に響く。大きな作業机の周りにはさまざまな種類の布がロールで重なっている。部屋の隅には沢山のボタンが入った箱が積み上げられていた。その反対側にはアイロンやスチーマーが置いてある。細身の棚にはさまざまな種類の糸が入っており、所々棚から飛び出ている。
ソフィアは、先日依頼が来たカーテンを作っていた。大型船のキッチンの窓のカーテンだ。窓自体が特注サイズのため、そこにつけるカーテンも既製品は使えない。その窓に合わせて作らなければならないのだ。ソフィアはガレーラカンパニー唯一の裁縫担当だ。カーテンやクロスの発注を受けたり、社員の繕いものもしていた。カーテンの裁断を続けていると、部屋がノックされた。

「どうぞー」

立て付けの悪いドアがギィ、と音を立てて開いた。顔を覗かせたのはパウリーだった。

「い、いい今、いいか」
「ええ、どうぞ」

顔の赤いパウリーを部屋に招き入れた。ソフィアは、ドアのそばで手持ち無沙汰に立ち尽くしているパウリーに話しかける。
パウリーが裁縫部屋に来ることは殆ど無い。そもそもこの二人は顔を合わせることも滅多にない。ソフィアは珍しいな、と思いながら手に持っていたハサミを机の上に置いた。

「今日は、なにか?」
「そっ、その、作業中に…肘のところが擦れちまって……直せるか?」

そう言って、着ていたジャケットの右肘を見せてきた。

「失礼しますね」

ソフィアはそう言ってパウリーの腕に手を添え、破れ具合を見た。パウリーの顔がさらに赤くなる。

「このくらいならすぐ出来ますよ。両肘とも肘当てを付けますね」
「おう、…た、頼む」

ジャケットを脱いでもらい、パウリーから受け取る。

「すぐ終わりますから、そちらで待っていてください」

そう言ってソフィアはジャケットを机に起き、コーヒーを入れ始めた。パウリーの分と自分で飲む分だ。客用のカップにコーヒーを注ぎ、パウリーが座るソファのサイドテーブルに置いた。

「良かったらどうぞ」
「わ、悪いな」
「いえ、すぐに仕上げますね」

ソフィアは、彼のジャケットに合いそうな濃いめの青の合皮の端切れを布の山から取り出し、肘に合うよう楕円形にフリーハンドで切っていく。布用の接着剤を用意し、彼のジャケットの肘部分にスチームをかけ皺を伸ばした。接着剤をつけ慎重に肘部分に当てていく。その上からアイロンをかけ、内側からの手触りを確かめた。取れないことを確認し、紺の糸でふちを縫っていく。両肘とも完成したので、パウリーの方を振り向くとバチ、と目が合った。まだ10分も経っていない。振り返るとは思っていなかったのだろう。また一気に顔が赤くなった。

「なっ……!」
「出来ましたよ。袖を通してもらえますか?」

カクさんから彼は赤くなるのがデフォだと聞いていたので、ジャケットを手に彼の方に足を進める。そして、彼にジャケットを手渡した。パウリーはそれを受け取り、素直に袖を通した。そして、腕を伸ばしたり曲げたりしている。

「動かしにくいとかありませんか?」
「いや、だだ大丈夫だっ。えっと、その…た、助かった」
「いえいえ、これも仕事の内ですし」
「そ、そうか」
「はい、また何かあったら気軽に来てくださいね」

にっこりと微笑んだソフィアにパウリーはまた顔を赤くする。

「お、おう……コーヒーも、うまかった」
「ふふ、じゃあまた飲みに来てください」
「おっ、え、あ、お、おう」

そう言ってパウリーは裁縫部屋を出ていった。

「本当に、また来てくれるかしら」

ソフィアはそう呟いて、机の上にあった布に触れた。


進まない二人
「お、パウリー!どうじゃった?話せたか?」
「………コーヒーがうまかった」
「は?」



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