客が少なくなった店内を見渡す。カウンターには誰もいないし、テーブル席も二人組がいるだけ。最近は寒くなってきたからか、客足が少ない。小さな島ではみんな家に帰ってしまう。そろそろ店を閉めようか、そう考えながらグラスを磨く。チリリン、と店の扉が開く音がした。

「…まだ大丈夫か?」

店内を見渡し、男はそう言った。夜も遅いし残りの客も二人だ。そろそろ店を閉めようとしてるのが分かったのだろう。

「ええ、大丈夫ですよ。おひとりですか?」
「ああ」
「ではこちらへどうぞ」

私はそう言ってカウンターに彼を案内した。テーブル席の客は驚いてお金を置いてすぐにお店を出ていった。

「悪いな」
「え?」
「客を逃がしちまって」
「いえいえ、だいぶ飲まれていきましたから」
「そうか」

この島に数日前から停泊している海賊船は島中の噂になっていた。小さな島だから、知らない顔がいたらそれは海賊、ということになる。だから客二人も逃げるようにして帰っていったのだ。

「何になさいます?」
「ワインを頼む、白で」
「あら、そんなに度数の低いお酒を?」
「ラムならいつでも飲める」
「ふふ、なるほど。度数が低いお酒は陸の上でしか飲めない、ってことかしら」
「ああ、ラムほど保存が効かないからな」

私は口が大きめのワイングラスに白ワインを注ぐ。そして彼の前にコトリ、と置いた。

「どうぞ」
「ああ、……香りがいいな」

彼はワイングラスを手に持つとそう言った。

「ええ、隣の島のもので、私も気に入ってるの」
「飲むか?」
「あら、私もいただいていいの?ありがとう」

別のワイングラスを用意し、そこに白ワインを注ぐ。そして私はそれに口をつける前に、店の扉にかけてあったOPENの札をひっくり返した。声は聞こえなかったけれど、彼が後ろで笑ったのがわかった。

「いただきます」

彼にそう言ってからグラスに口をつける。美味しい。口の中に広がる香りはワインとは思えないほど濃厚だ。それにしても、彼がワイングラスを持つ姿はとても海賊には見えない。グラスを握る手はゴツゴツとしていて海の男を連想させるが、ワインを飲むその所作は紳士のそれだった。
彼を観察し過ぎたのがバレたのか、彼と目が合う。そこから視線を外さない彼に、私は口を開いた。

「私の顔に何かついてます?」
「それは俺の台詞だったんだがな」

そう苦笑する彼の目は、私を捉えて離さなかった。私はお酒に酔っているのか、彼のその目に酔っているのか分からなかったけれど、すごくふわふわとした浮かれた気分だった。
彼は口数は少なかったけれど、その話はとても面白くてすっかり聞き入ってしまった。しばらくその時間が続くと、彼がカウンター越しに私の髪に触れた。

「もう少し、触っていたいものだな」

彼がそう言った。それが合図だった。お互いに身を乗り出し、カウンター越しに唇を重ねた。どちらともなく始まったそのキスは深く、深くなっていく。酸素が足りなくなって唇を離した。またすぐに唇が重なる。しばらくそれを繰り返し、私は彼の胸元を強く押した。そして、カウンターから出て彼の横に立った。言葉もなく、彼の手を引いて二階にある私の寝室に向かった。

部屋に入ると彼に強く引かれ腕の中に閉じ込められる。そのままベッドに倒され、首元に顔を埋められる。彼が海賊だとかそういう事はどうでもよかった。そこで私たちは恋人のように互いの体を求め、重ねた。






朝、日差しが眩しくて起きるとベッドには私一人だった。ベッドのサイドテーブルにはお金が置いてある。昨日の飲み代だろう。昨日の荒々しくも優しい手つきを思い出す。また、触れてほしい。
たった一晩の相手。
もう二度とここには来ない人。
それでも、その彼はこんなにも私の心をかき乱した。彼にとっても、私にとっても、昨日のことはお遊びだ。

部屋の中は煙草の匂いがした。

晩の恋


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