お宅訪問!


私は今、宮地くんのご自宅の前に立っている。
それは何故かと言えば。

「鑑賞会しねえ?」

宮地くんのその一言が発端だった。






「鑑賞会?」
「来週、去年のライブツアーのDVDが出るだろ?」
「うん!バッチリ予約してる!みゆみゆが特典の店舗で!」
「流石だな、まあ俺もだけど」
「おお!」
「で、それ一緒に観ないか?」
「えっいいの!?一緒に観たい!!あ、でもどこで見る?カラオケとかネカフェで鑑賞会するオタク多いよね!あー、でも今お小遣いがやばくて……」

次のライブに向けて絶賛節制中だ。まあチケットが当たるとは限らないんだけど、そのためにバイトを頑張っている。

「じゃあうち来るか?」

宮地くんのその言葉に思考が止まった。

「…………へ?」
「うちならある程度大きな音出しても大丈夫だし、家なら飲み食い自由だし、時間気にしなくていいし、金もかからない」

待って。待って、宮地くん。

「うち、って……宮地くんのご自宅?」
「ああ、ってなんだよその言い方。ご自宅って」
「えっと、その……」
「来週末なら親いねえしちょうどいいかなって」
「お、あ、う、うん……」
「何悩んでんだよ」
「あっ、ごめん。私、その、男の子の家とか行ったことないし…えっと、……」

私の言わんとしたことが伝わったのか宮地くんは少し目をつりあげて口を開いた。

「おい待て別に鑑賞会するだけだ!変なことはしねえ」
「そ、それはわかってるよ……!」
「お前が嫌なら、」
「嫌じゃないよ!宮地くんと一緒に観たい!」

普通に鑑賞会はしたい。同担と一緒に見れるなんて、そんな楽しいチャンスは逃がさない!という気持ちが相当な圧で伝わってしまったようだ。

「お、おう」
「じゃあ来週末は宮地くんのおうちで鑑賞会ね!お邪魔します!」

そんなこんなで、今私は宮地くんのおうちの玄関に立っている。

「あの時の私をぶん殴りたい……」

やっぱりいくら仲のいいクラスメイトとはいえ、男性の家にひとりでご自宅訪問は緊張以外の何物でもないわけで。
今日の服装おかしくないよね、とスカートの裾を見て軽く引っ張る。手にはみゆみゆの応援グッズが入ったバッグと宮地くんへの手土産がある。深呼吸をして、チャイムを押した。うちとは違うチャイムの音に緊張感がぞわりと増す。
ガチャリ、と扉が開けばそこにはいつもよりゆるりとした格好の宮地くんがいてドキッとした。別に忘れていたわけではないが、この人は顔がいいのだ。

「よう」
「こ、こんにちは、宮地くん」
「ん、上がって」
「お、お邪魔します……」

宮地くんが出してくれた来客用のスリッパに足を通し、後ろをついていく。

「俺の部屋だとモニター小さいからリビングな」
「うん」

リビングに入るとその辺に座って、とソファーを指さした宮地くんにお土産を差し出した。

「宮地くん、これ」
「ん?」
「これ、ケーキなんだけど後で一緒に食べよう?で、こっちは焼菓子なんだけど御家族で食べて」
「おー、なんか悪ぃな」
「いえいえ」

そう言って紙袋を宮地くんに渡し、ソファーの端にちょこんと座った。テーブルの上にはライブのブルーレイが置かれていて、その横にはみゆみゆのペンライトが六本並んでいる。流石だよ宮地くん。私も準備をしようとトートバッグからペンライト六本とハチマキを膝に置き、それからライブタオルを取り出して首にかけた。

「おっ、準備万端だな」

宮地くんがそう言ってお茶のボトルとグラスを持ってきてくれた。

「わ、ありがとう」
「ん。よっしゃじゃあ観るか」
「うん!」

スチャ、とペンライト六本を慣れた手つきで握った。

「とりあえず一回目頭から流して、二周目以降はみゆみゆのシーン厳選して観ようぜ。で、その後バクステだな」
「最高」

私がそう返事をすると、宮地くんはディスクをセットしにテレビの前にしゃがんだ。それをじっと目で追う。こうして見ると、宮地くんてすごく足が長いんだな。いや知ってたけど。背高いし。髪の毛サラサラだ。髪質改善トリートメントをしても無駄だった私の髪とは違う。すごく綺麗だ。二人きりで密室、というのもあってちょっとだけ、意識してしまう。
………………意識?
いやいやいや、別にそういうんじゃないよ。男の子と二人きりで密室なんて初めてで緊張してるだけだって。

宮地くんと二人きりで密室。

うん、字面が良くない。鑑賞会。鑑賞会をするだけ。そう、それだけ。

「どうかしたか?」
「……はっ、あっいやなんでもないよ!すごく楽しみ!」

宮地くんから視線を外し、ペンライトの設定をする。平常心、平常心。無心でペンライトのボタンを押していると、体が少しだけ右に傾いた。ボスッ、と宮地くんがソファーに座ったせいで体がそちらに沈んだのだ。思わず真顔になる。端っこに座ったとはいえ近くない?よくよく考えたらこんな近い距離で二人でいるのは初めてでは…?キーホルダーを買いに行った時に手を掴まれたこととかはあったけど、あれは緊急事態だったわけで。あれ、どんな顔したらいいのかわかんなくなってきた。

「お、始まるぞ」

宮地くんもペンライトの電源を入れ、準備は万端だ。どうしよう、と思ったのも束の間で画面にみゆみゆが映った瞬間宮地くんと一緒にペンライトを掲げ叫んでいた。

「「みゆみゆーーー!!!」」


宮地くん宅のリビングにこだました。







「えっこの曲のみゆみゆやばくない?いつもに増してダンスキレキレ……」
「衣装が引き立つよな、フリル多いし」


「ここのカメラ目線完璧じゃねえ?」
「ライビュもあったしファンサ最高……」


「ここ!ここ凄かったよね!」
「マイク落としたアクシデントな」
「側転しながら拾うなんて思わなかった!」


そんな風に宮地くんと推しの活躍を語りながらライブシーンを三周した。その後見たバクステ映像も神だった。


「この円陣組むとこ好き」
「わかる。みゆみゆ絶対この子の横に入るんだよな」
「可愛がってる後輩って言ってたもんね……いい先輩だ……」


「これ同期の子が足くじいた時のだ。地方公演だったよね」
「ああ。この子のダンスソロ、みゆみゆが続けてやることになったんだよな」
「一人分でも大変なのにね」


「待って!宮地くん!!5秒前!!今画面の端っこでピースして見切れてた!」
「マジかよ可愛すぎだろ」
「これだからバクステ周回もやめられない……」


こんなに同担と一緒に観るのが楽しいなんて…!そりゃあみんな鑑賞会やるはずだよ。

「ねえ宮地くん……もう一回ソロ曲のとこ見よ…ペンラ振り足りない…」
「そうだな」

宮地くんはリモコンを手に取り、みゆみゆのソロ曲のチャプターを選択した。前奏から宮地くんと息ぴったりにペンライトを全力で振った。最高潮を迎え、二人で推しの名前を叫んだ。
その瞬間、リビングの扉が開いた。え、扉が開い……

「玄関に女物の靴あったけど兄キが女連れてくるなんて珍し……」

――目が合った。
私の顔を見るなり眉間にシワを寄せた彼の顔には「オタクかよ」とデカデカと書いてあるのが見えた。うん、見えた。

「…………」
「……なんだ、兄キの同類か」

パタン、と閉まった扉に私は顔を両手で覆った。顔にペンライトがガシャガシャと当たる。

「羞恥で死ねる」
「悪ぃ、いまの弟」
「うん……、弟くんもイケメンなんだね」

覆い隠しても意味が無いほど顔が真っ赤になっているだろう。そんな私に宮地くんが苦笑しながら口を開いた。

「弟も帰って来たし、俺の部屋に移動しねえ?」
「うん」
「えっ」
「えっ?」

何かおかしな事を言っただろうか。キョトンとした顔で宮地くんを見つめる。

「いや、何でもねえ。俺の部屋でケーキ食おうぜ」
「うん!」


お宅訪問!
(宮地くんていい人だよなあ)
(……こいつ、何も考えてねえな)

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