岩泉一の場合

「はじめ、私たち別れよう」

私から別れを切り出した。高一の夏。インターハイ予選が終わった頃、彼にそう言った。なんでだよ、と不機嫌そうな顔をした彼に私は最低な一言を叩きつけた。


「もっと構ってくれる人がいい」


本当に最低だった。彼は高校に入る前からバレーに熱心なことは分かっていた。中三から付き合いだした私たちは、すごくゆっくり二人のペースで関係を進めた。キスをしたのは付き合いだして半年経った卒業式で。デート出来るのも、彼の部活が休みの日で、でも負担になって欲しくなかったから毎週は遊べなかった。でも、バレーを頑張って欲しくて我慢した。高校生になったら、もっと親密になって、高校生らしい関係になれると期待していた。
しかし彼は、高校に入ってもバレーに全力だった。及川くんやチームのみんなと切磋琢磨して白鳥沢に勝つ、と目標を掲げ頑張っていた。一年生で試合に出れる確率が低くても常に全力だった。それを私は多分一番近くで見ていた。彼の努力は全部知っている。なのに、私は。

「はじめと付き合ってても、楽しくないから」

そう言い残して、私は彼の前から去った。サラリと終わってしまった関係に、こんなもんなんだな、と実感した。
その頃、周りの友達にも彼氏が出来て毎日のように放課後デートをしているのが羨ましかった。彼氏と放課後寄り道をした、浴衣デートをした、花火を見ながらキスをした、彼にアクセサリーを貰った。そんな話が全部全部羨ましかった。栞のとこはどうなの?と友達に聞かれる度、曖昧に答えるしかなかった。彼の最優先事項はバレーだ。私じゃない。そんなことは中学の時から分かっていたのに。バレーをしている彼が大好きだったのに。
私はそれを自ら手放した。







「今年も凄いよね、男バレ」
「及川くん人気も相変わらずだし…」

クラスメイトのそんな会話を聞きながら私は忘れていた生物の課題を淡々とこなしていた。

「今年から岩泉くんがエースなんだって」
「スパイクいつも凄いもんね〜」

そうなんだ。彼はこの二年ですごく成長したようだ。とは言え、あの努力を続けていたのであれば不思議なことは無い。至極当然の流れ、なのだろう。

別れてよかった、そう思った。

あのまま関係を続けていても、私は彼の重荷にしかならなかっただろう。情に厚い彼の事だから、私とバレーを天秤にかけるようなことはせず、私の気持ちも彼なりに考えて接してくれただろう。
でもそれが嫌だったし、今の彼を見ればわかる。
私は、必要じゃなかった。
別れたことにより、彼の負担が減ったのならあの時感じた不満や私の自分勝手な我儘も悪くはなかったと思える。
私たちは別れて以降、一言も言葉を交わしていない。もともとクラスも違うし、私は本来スポーツとは無縁の生活だし、彼と関わるきっかけがなかった。
もっと構ってくれる人がいい、と言いながら結局未練があるのは私で、別れてから彼氏は作らなかった。何度か告白されたけれどそれも申し訳ないなと思いながら断った。
カツカツ、とシャーペンを机に当てる。問題の答えがわからない。

「春原」
「…松川くん」

ふと顔を上げればそこには松川くんが立っていた。

「生物の課題?」
「そう、午後の授業のやつ」
「やってなかったの?」
「…忘れてたの」

普段、松川くんとあまり接触はない。彼と付き合っていた時期は、少し話していたけれど。三年になって初めて同じクラスになった。

「教えてあげよっか」
「それは………助かる」

問題を指さして説明してくれる。わかりやすい。

「ここ、わかった。先週の範囲だ」
「そうそう」

シャーペンで答えを書き込む。その間、私を黙って見ていた松川くんが口を開いた。

「あのさ、」
「んー?」
「俺ら、今週末からインハイの予選なんだよね」
「……そっか、もうそんな時期なんだね」

私はプリントから目を離さずそう言った。彼は何を思って私にバレーの話をするのだろう。

「学校休みの日なんだけど」
「…学業に支障が出なくて何よりだね」

言いたいことは、何となくわかる。でもそれがどうしてかは分からない。

「…見に来ないの」

クラスの女子は結構来るみたいだけど、と言った松川くんと目を合わせた。

「行かないよ」

私は彼の目を見て言った。行かない、んじゃない。行けない、が正しい。あんな事をして、彼のバレーを見る資格なんて、私にはない。

「岩泉は、来て欲しいと思ってるよ」

眉を下げてそう言った松川くんに、私は何も言えなかった。この人だって、私が彼をひどい理由で振ったことは知っているはずだ。なのに。

「…もう、私たちはなんでもないんだよ」
「うん、知ってる」
「じゃあなんで…!」
「岩泉は、春原さんのこと今でも大事に思ってる」

目を丸くした私に、松川くんは少し笑った。

「その顔、岩泉に見せてやりたい」
「……それはやめて」
「とにかく、可能性があるなら考えてやってよ」
「可能性、って…」
「あ、岩泉」

松川くんの視線を辿り、教室の扉を見るとそこには彼が立っていた。私の前に立つ松川くんに少し怪訝そうな顔をした彼は、こちらに歩みを進めた。

「…栞」
「は、い」
「じゃああとはお二人で」

そう言って立ち去った松川くんの背中を睨む。睨んだところでどうにもならないのだけれど。

「…今週末からインハイの予選が始まる」
「うん、さっき松川くんから聞いたよ」
「そう、か」
「うん」
「来いとは言わねえ」

私を真っ直ぐに見据えてそう言った彼に、私は何も言えない。

「でも、応援はしてくれ」
「……応援は、ずっとしてるよ」
「いや、バレー部のとかじゃなくて」
「うん、ちゃんとはじめの応援してるよ」

私のその言葉に、今度は彼が目を丸くした。

「頑張ってね」
「…おう」

じゃあな、と名残惜しそうに教室を出ていく彼に胸が痛くなる。


すれ違った青春
「もっと構ってやれたなら」
「もっと我慢できたなら」

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