茂庭要の場合


「今度のデート、ここがいいな」
「わかった、じゃあそこにしよう」



「ねえ、やっぱりそっちの味がよかったー」
「さっきストロベリーがいいって言ってなかった?」
「言った、でも要の見てたらチョコが食べたくなった」
「じゃあ交換する?」



「え、その日は一日部活だからさ、」
「やだ!絶対この日がいい!この日に映画観たい!」
「うーん、じゃあ夜からでもいいか?それなら間に合うと思う」



「別れたい」
「……栞がそうしたいなら、そうしよう」



最後の最後の最後まで私のわがままに付き合ってくれる、世界で一番優しい人。
私はそんな人を自分で手放した。















「いやー、自分で振っておいて落ち込んでるなんて栞は馬鹿だよねー」

よく通る友人の声が私の耳をつんざく。わかってるよ、自分勝手ってことは。

「うるさいなー」
「茂庭くんも、よくここまで栞のわがままに付き合ってくれたもんだよ。しかも部長やりながらさ」
「それは私もそう思う」

そう言いながら友人の机の上にあるお菓子に手を伸ばすとその手をピシャリとはたかれた。

「いたっ」
「当の本人が何を言ってんだか」

私ははたかれた手を擦りながらもスっとお菓子を奪った。

「だってさ、わがまま聞いてもらえると愛されてる!って感じしない?」
「まあそれはわからなくもないけど、アンタはやりすぎ」

友人もお菓子をつまみながら私のおでこをピンと弾いた。

「うう……でもさ、逆に優しくされすぎるとなんか言うこと聞いてりゃいいとか思われてそうで嫌になっちゃってさ。あんまり要の方から何かしたいとかどこか行きたいとか言ってくれなかったし」
「それは部活忙しいからでしょ?」
「忙しいからこそ、デートの日くらい楽しんで欲しいじゃん…?って思って要も楽しんでくれそうなこと計画したりしてたけど、結局楽しんでたのは私だけだったのかもなって」
「ま、完全にアンタが茂庭くんのこと尻に敷いてるって感じだったもんねー」

友人のその言葉に私はとあることを思い出し胸を抑えた。

「……要さ、バレー部の後輩に私と別れた方がいいって言われてたみたいで」
「え」
「要が私のこと話したんだって。彼女どんな人ですかって聞かれた時に。で、私のこと色々話したらそんなわがままな女別れた方がいいーって」

そりゃそうだ。その後輩が言ってることは間違ってないと思う。私だってこんなわがまま女嫌だし。それでも、他人からそう見えていたとしても、私と一緒にいてくれた彼が大好きだった。

「アンタなんで知ってんの?」
「鎌先が言ってた」
「アイツ、デリカシーってもんがないのか」
「鎌先だよ?ないに決まってんじゃん」
「それもそうか」

そう言って笑う友人に私も微笑んだ。

「でもま、これで解放してあげられたかなって思うし、”茂庭くん”のことは忘れるよ」



















「春原」

廊下を歩いていると知った声に振り返った。

「ん?笹谷じゃん。何ー?」
「次、A組溶接だろ?」
「うん」
「このプリント渡せって言われた」

笹谷が差し出したものを見れば、クラスメイト分のプリントがあった。

「えー、鎌先に渡しなよ」

持ちたくない、と正直に言えば無理矢理押し付けられた。

「俺は茂庭じゃねーからお前のわがままは聞かねーよ」
「なっ」

じゃ、と立ち去る笹谷の背中を見つめた。バレー部からしたら、部長を散々振りまわした上で捨てた女なのだ。若干の恨みを買っていてもおかしくはない。結局、教室に戻って鎌先にプリントを押し付けた。








別れてから、よく告白されるようになった。まあ工業高校あるあるだ。女子の数が少ないから普通のルックスでも、私みたいな性格でも、そこそこモテる。昨日は同級生。今日は一年の子だ。みんな彼氏がいない女なら誰でもいいのか、と思ってしまう。

「お前今日も呼び出しかよ」
「鎌先、その言い方はよくない」
「呼び出しだろ?」
「そうだけどさ、今日は一年の子」
「お前がいいなんて物好きだよなー」
「本当にねー」
「……」

すぐになにか言い返すかと思いきや、黙り込んだ鎌先に視線を向けた。

「…何?」
「茂庭はもういいのかよ」
「ん?」
「別れてから時間経ったな」
「うん。いい彼氏だったよ」
「俺、お前はすぐに新しい男作るのかと思ってた」
「どんだけ節操なしなのよ、私」

そう言って笑えば、鎌先は意外そうにこちらを見ていた。

「茂庭くんよりいい男探すの、大変なんだから」
「は?」
「ん?」
「何だその呼び方」
「呼び方?」
「“茂庭くん”ってやつ」

これは私のけじめだ。

「……別れたから名前で呼ぶのはやめようと思って」
「へえ」

なにか探るような視線を向けてくる鎌先に私は顔を近づけ微笑んだ。

「何?アンタも“靖志”って私の可愛い声で呼ばれたいの?」
「やめろ気持ち悪りぃ」
「ふふ……あいたっ」

笑っているとおでこをバチンと叩かれた。そのおでこを摩っていると後ろから声がした。

「……鎌先」
「げ、」

後ろから聞こえる声に、少しだけ心臓がうるさくなった。

「……鎌先、私教室戻るね」
「おう」

何事もないように彼の隣を通り過ぎて教室へ向かう。久しぶりに近くで彼を見た。やっぱり好きだなあ。隣で穏やかに笑っていてほしいし、抱きしめてもらいたい。でも、その関係を捨てたのは私だ。











「栞と付き合い始めたのか?」

茂庭のその言葉に鎌先はみるみると顔を歪ませた。

「はあ!?んなわけねえだろ!お前の元カノだぞ!?!?」
「そんなに怒らなくても…、いや、名前で呼ばれてたから」
「名前……?ああ、ちげーよ、あれはお前らが、」
「鎌先?」

少し不安げな茂庭に鎌先は内心舌打ちをした。

「いや、何でもねえ」
「気になるだろ」

食い下がる茂庭に鎌先は溜め息をついた。

「だったらなんで別れたんだよ」
「……別れてほしい、なんて言われたら仕方ないだろ」
「仕方なくねえよ、好きなら嫌われても捕まえとけよ」
「俺はそういうタイプじゃないし……ってそうじゃなくて名前のこと」
「アイツがお前のこと苗字で呼んだから何でだよって聞いたら別れたから名前で呼ぶのやめるって言ってて、そしたら何故かアイツが俺のこと名前で呼んでからかってただけだ。何もねえって」

茂庭は納得したのか、一度口を噤んでからゆっくりと口を開いた。

「……栞、告白されてるって聞いた」
「あー、お前と別れてからひっきりなしって感じだな」
「……あの時、いやだって言ってたら違ったのかもな…」
「それはわかんねえけど、アイツお前のことまだ好きだと思うぞ」
「え、」
「インハイ予選、誘ってみろよ」
「……わかった」












昼休み、購買からの帰り道に声をかけられた。

「栞」

ああ、彼の声だ。

「……茂庭くん。なあに?」
「今いい?」
「うん、いーよ」

平静を装いたくて袋をガサガサしていちごミルクを取り出しストローを刺した。

「最近どう?」
「何その質問ー」

私は笑いながらいちごミルクを飲んだ。

「いや、ええっと、元気かな、って」
「うん、元気元気」
「今何してるの?」
「今って?」
「えっと、休みの日、とか」
「うーん、買い物したり?」
「……誰かと?」

それを聞いて、彼はどうしたいんだろう。

「何でそんなこと聞くの?」
「いや、あの、その、えーっと……」

言い淀む彼に懐かしさを感じながらも、平常心平常心と自分に言い聞かせた。

「で、なんの用事だったの?」
「え?」
「こうやって呼び止めたから、何かあるんじゃないの?」

ちら、とこちらを見る要と目が合った。

「……あのさ、」
「うん」
「インハイの予選、見にきてほしくて」

インハイの、予選。

「え、」

私が行ったら、鎌先以外の部員が怒りそうだ。

「なんかダメだった……?」
「いや、そうじゃないけど…」

でも、彼からの初めてのお願い(ワガママだ。

「私、見に行っていいの?」
「うん?」
「だって、その、元カノ、じゃん」
「そ、うだけど……見にきてほしいから」
「……後輩に呆れられるかもよ」
「え?」

要は後輩に呆れられたこと、私が知ってるって知らないんだ。

「ううん、何でもない。日程教えて。バイト調整する」
「いいの?本当に?」
「うん、行く」

















試合の後、私は泣いていた。
彼は、今日、部活を辞めるから私を呼んだんだ。勿論、勝ち進むに越したことはない。でも、彼は今日が最後になるという可能性も覚悟して今日を迎えたのだろう。
負けても、最後の最後までかっこいい人だ。本当に、私には勿体無い。
私は今、とても後悔している。
私は彼の時間をどれほど無駄にしたのだろう。大変な練習の後でも、呼べば必ず会いにきてくれた。どんなワガママだって聞いてくれた。部活の後なら、少しでも体を休めたかっただろうに。
本当に私は自分本位で馬鹿だった。
応援席で涙が止まらない。応援席に向かって頭を下げる彼は、今まで見てきたどんな姿よりかっこよく見える。
でも、今の私は一人よがりで勝手に泣いて、勝手に後悔している。こんな自分勝手な涙を誰にも見られたくなくて、応援席を抜け出しロビーに向かった。
ロビーは混雑していてとてもじゃないがそんなところで一人泣き続けるわけにも行かず、とりあえず外に出た。会場横の人気が少ない花壇の縁に腰を下ろした。周りに人がいないことで安心したのか勝手に深いため息が出る。でも涙は止まらないからハンカチで目元を押さえた。私には泣く権利なんてないのに。見に来てと言われたから見に来た。それだけ、なのに。
今、彼に会ったとしてもなんて声をかけたらいいのかわからない。このまま何も言わずに帰るのが正解なのかもしれない。
彼に会っても「何でお前が泣くんだ」って言われるかもしれない。いや、それはないか。だって彼は優しい人だから。きっと負けたことをこんな私にも謝ってくるだろう。彼は、そういう人だ。
この世で一番、心が優しい人だから。
ひとしきり泣いて落ち着いたからそろそろ帰ろうと、ハンカチを膝に下ろした。すると、隣に人の気配がした。視界の端に見慣れた色のジャージが見える。

「………かなめ、」
「うん?」
「いつからそこにいたの」
「五分くらい前かな」
「……何で声かけてくれなかったの」
「栞が泣いてるの、初めて見たから」
「……それ、答えになってない」
「うん、ごめん」

要はふう、と深く息をついた。

「……負けた」
「うん」
「ごめん」
「……何で私なんかに謝るの」
「私なんかって……、そんな言い方栞らしくないね」
「……うるさい」
「ごめん。でも、最後かもしれなかったら来てほしかったんだ」
「……私に?」
「うん。今回呼んだのは、」

要の方を見ると目が合った。

「栞に、“お疲れ様“って言ってほしくて」

そんなの、そんなのいくらでも言ってあげるのに。

「……ぅう…っ」
「泣くなって」
「無理……」
「別に、負ける気はなかったんだ。本当に」
「うん」
「それに、俺がかっこいいとこ、栞に見せたくても、バレーしかないし……今日が最後の可能性がゼロじゃないから、別れてても、今日来て欲しかった」

ジャージの袖で私の目元を拭う要に胸がぎゅっと締め付けられる。

「……そういうとこ、要らしいね」
「そうか?」
「うん。私はそういうとこ好きだよ」
「……ありがとう」

要が私の頬に手を添えた。くすぐったい。

「俺さ、栞に好きでいてもらえるなら何でもしようって思ってた」
「え?」
「ほら、栞モテるし」
「伊達工だからだよ」
「そんなことない。高校卒業したら、俺なんて見てくれなくなるのかもって思ってた」

要がそんなことを思っていただなんて考えもしなかった。だって私は要が好きだし、思いは伝えていたし、要が不安になる要素なんてないと思っていた。

「俺のことずっと好きでいてもらえる自信がなくて、だから栞が望むように俺が動けばそれでいいんだって言い聞かせてた」

「でも振られて、ああ間違ってたんだなって思った」

「だから、今度こそ間違えたくない」

要は私の頬から手を離し、私の手を握った。私はその要の手を引いてそのまま要の肩に顔を埋めた。

「栞…?」
「……間違えてもいいよ」
「え、」
「私が間違ってたの」

私のその言葉に、要の手が緩んだ。

「要は優しいから、その優しさにつけ込んでワガママばっかりで、要は部活に勉強にって大変なのにその上私の面倒にも付き合わせて、」
「栞」
「私、要の貴重な時間無駄にしてた。どんなに謝ったって取り返せないけど、謝ることしかできなくて、」
「いいんだって」

食い気味にそう言った要に私は顔を上げた。

「でも、」
「俺は、どんな栞でも好きだから」

私だって、どんな要だって大好きだよ。

「……もう私、間違えない」
「うん?」
「だから、もう一回、私にチャンスをください」

いつもと違う口調の私に要が動揺したのが分かった。

「……それって、」
「私と、付き合ってください」

要の目を見てそう言えば、要がごくりと喉を鳴らしたのがわかった。

「……いいの?」
「何が?」
「その、……相手が俺、で」
「うん。要がいい。要が好き」

顔を赤くする要に私は微笑んだ。

「俺も、栞が好き」


雨降って、
「でも俺、栞のワガママ好きだよ」
「……Mなの?」

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