月島蛍の場合





「僕らって付き合ってる意味ある?」

彼が放った言葉の意味を私はしばらく理解できなかった。彼の部活が終わるのを待って一緒に帰っている道中、今日は余り喋らないなと思った彼の口からやっとでてきた言葉がそれだった。付き合ってる、意味。

「え、なんで?どうしたの」
「別に、そう思っただけ」

私の方に視線を向けず、ひたすら前を向いてそう言った彼の意図が全くわからなかった。いつもと変わらない表情で淡々と言葉を紡ぐ彼が今は少しだけ怖い。

「お、お互い好きなんだし、こうして一緒にいたいから付き合ってるんじゃないの?」
「僕はそうだけどキミは?」
「え……?」
「最近、違うでしょ」

最近、違う?

「蛍、一体なんの話をして、」
「バスケ部の広瀬、だっけ?」

その名前を聞いた時、少しだけ納得してしまった自分がいた。
蛍はこちらを挑発するかのように口角を上げた。

「……広瀬くんが何」
「よく一緒にいるよね」
「同じクラスなだけじゃん」

バスケ部の広瀬くんとは好きなバンドが同じで最近よく話すようになった。けど、それだけ。

「この間、二人で帰ってた」

温度なんて無いみたいな声に恐怖すら覚える。いつもぶっきらぼうだけど、こんな声じゃない。

「そ、れは、バンドの話で盛り上がって……校門出てすぐの交差点までだよ」
「ふーん」

いつもなら私に合わせてくれる歩調も、時々気まぐれに繋いでくれる手も、今日は一向に気配を見せない。私は蛍の歩幅に追いつくのに必死だ。

「ねえ、蛍ってば、」
「普通に嫌だった」

少し、いや、とんでもなく驚いた。付き合ってはいるから、お互い好きなのは分かってたけれど、それでも無関心のように見えていた彼は心の内はそうではなかったようだ。

「私別に広瀬くんのことが好きとかじゃ、」
「でも、よく一緒にいるのは事実でしょ」

それは事実だった。移動教室の時に一緒に誘われたり、CDやDVDの貸し借りをしたり。ちょくちょく声をかけてくれていた広瀬くんと過ごす時間が長かったことは否定できなかった。蛍には部活もあるし、勉強の時間もきちんと確保する人だし、蛍との時間より広瀬くんとの時間の方が多かったかもしれない。

「蛍、あの……」

ごめん、という前に彼が口を開いた。

「くだらないことでさ、不快な思いしたくないんだよね」
「え……」

くだらないことって何。不快な思いって何。
そんなことが頭をぐるぐるする。蛍はそんな私にお構い無しに言葉を続ける。

「終わりにしよう」

思わず立ち止まる私に見向きもせずに、彼は歩みを進めてしまった。言い訳も聞いてはくれなかった。
私は余りの驚きと現実味の無さにその場で立ち尽くすしかなくて、でも今更自分の行いを悔いても蛍は戻ってこないわけで。
でもね、蛍。
私だって、蛍が谷地さんと部活以外でよく話してるの、嫌だったよ。








翌朝、私は朝練から教室に行くであろう蛍を廊下で待っていた。いつものようにヘッドホンを首にかけて山口くんと話しながら歩いてきた。私は廊下にいるから、絶対蛍の視界に入っている。なのに。

「蛍、」
「…………」

無視して私の横を通り過ぎた蛍に山口くんが驚く。

「え?ツッキー??春原さん呼んでるよ」
「…………」

何も言わずに教室に入っていく蛍と私を交互に見ながら山口くんは私に謝った。

「ご、ごめんね春原さん」

ねえツッキー!と山口くんも教室に入っていく。ああ、ほんとうに嫌われてしまったんだな、そう思った。
その日以降も露骨に避けられる日々が続き、私ももう話しかけなくなっていた。だから月島と春原が別れたと校内では噂になっていたし、その日以降蛍は女の子からの告白が増えているようだった。
それは二年になっても、三年になっても変わらなくて。蛍は背が高いし、クールだし、何だかんだ優しいし。嫌味っぽいところもあるけど、そんな所も含めて大好きだった。
でも蛍とは結局三年間同じクラスになることはなく、関係は完全に断たれていた。



今この瞬間、真隣に座られるまでは。



今ここは、学校の図書室で。放課後、受験勉強のために訪れる人は多い。大詰め、という人が多いのか最近は少しでも遅れると全ての席が埋まっていることもある。今日は窓際の席に座った。珍しく、空いていたから。ここが空いてるなんてラッキー、と座ったのが運の尽きだった。四人がけのテーブルが真ん中をパーテーションで区切られている上に、向かい側の席は蔵書整理のためか堆く本が積まれている。ちょっとした閉鎖空間が出来ていて、人からの視線を気にせずに集中できる。あとから誰かに相席を頼まれるだろうとは思っていたが、まさかそんな、よりにもよって、蛍だなんて思いもしなかった。さも当たり前かのように隣に座り、カバンからノートを取り出す蛍をじっと見てしまう。こんなに近くで蛍を見るなんて、いつぶりだろう。

「…………何」

久しぶりに声を聞いた。相変わらずローテンションの低い声だった。

「……別に」

すごく無愛想で、不機嫌な声が出てしまった。

「ここしか空いてなかったんだから仕方ないでしょ」
「別にダメなんて言ってない」
「……はあ、頑固」
「っ、誰が……!」

ここで言い争っても意味はない。私は下唇を噛みながら黙ってテキストに目を向けた。しばらくすると隣からもシャーペンを走らせる音が聞こえてきた。なんだか懐かしい。前も、こんな風に二人で、……と思ったところで我に返った。
今は勉強に集中しないと。そう思ってシャーペンを握り直すと、隣から声が聞こえた。

「……どこ受けるの」

思わず蛍を見た。彼はノートから目を離すこともなく聞いてきた。蛍が私の進路なんて知ってどうするの、と言おうとしたけれどまた口喧嘩になるだけだ。

「……県内の私立、か、隣の県の国立」
「ふーん、私立を先に言うってことは自信ないんだ」
「……国立は両親の希望」
「県内の国立でいいじゃん」
「県内の方が偏差値高いから」
「ふーん、私立は?」
「私が勉強したい分野が強いとこ」
「史学?」
「……うん」

私が歴史が好きだって、それを仕事にしたいって言ったこと、覚えててくれてたのか、と胸が熱くなる。

「家から通うの」
「……県内のとこも家から遠いから、近くに部屋を借りる予定」
「一人暮らしするんだ」
「受かれば、ね」
「……じゃあさ、」

蛍がこちらを向いた。すごく久しぶりに目が、合う。

「栞が国立落ちて、」

相変わらずなんて失礼なやつなんだと口を開こうとしたら、その前に蛍が続けた。

「県内の私立に受かったら、」
「……うん?」
「同じところに住もう」
「…………は?」

県内の私立に受かったら同じところに住もう。
私が今聞いた言葉は日本語だろうか。意味は、分かる。直訳的な意味で。でも理解はできない。

「同じところって同じ部屋ってことじゃないよ。流石に18じゃ、親も同棲なんて許してくれないだろうし」

蛍を見れば、もう私なんて見てなくて目の前のテキストに書き込みながら話している。

「待って待って、なんの話をしてるの、」
「僕、栞のこと好きだよ」

正面から蛍の顔は見えないけど、真っ赤に染った耳はよく見える。

「……おお」
「何」
「蛍が素直だ……」

私がそう言えば蛍はこちらを見た。

「今素直にならなくていつなるの」 
「……そうだね」
「栞は?」
「私、は……」

私だって、好き、だ。でも、このまま流されていいのか、と思う自分もいる。また、蛍に嫌な思いをさせるかもしれない。次、別れるなんてなったら多分私は生きていけない。

「意地張るところも可愛いなって思うけど、今はダメ」
「かわっ……!?」

別に意地を張っていた訳では無いが、蛍にはそう捉えられたのだろうか。というか、可愛いって。え、初めて言われたんだけど。

「本当に蛍?中身別人だったりするんじゃ、」

蛍がこちらに手を伸ばし、私の頬に触れた。と思ったら、激痛が走る。

「いだだだだ!!!」

結構強い力で頬を抓っている。痛い。

「そういうところだよ」
「ご、ごめんなひゃい……」

素直に謝れば、その手は離れた。頬をさすっていると、蛍の視線を感じる。

「それで?」

彼が求めているのはさっきの答えだろう。

「私も、……好き」
「うん」

蛍の手が首筋に触れた。そのまま首の後ろに手がまわり、ゆっくりと引き寄せられる。これって。

「待っ、ここ図書室!」
「僕大きいから誰からも見えないよ」

ふんわりと笑う蛍のその言葉に、私は目を閉じた。


ずっと好きだった
「ねえ、でも同じところに住むって……」
「キミの志望校と僕の志望校、最寄り駅同じ」
「わお」

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