黒尾鉄朗の場合





「春原、あの件なんだけど、」
「それならもう監督に許可もらっておいた」

「なあ、アレってどうなってんの」
「今他のグループ校と調整中。週明けには確定すると思うからもう少し待ってて」

「それ取って」
「はい。あとこれもでしょ」
「ああ悪ィ」







「黒尾さんと栞さんってジュクネンフーフみたいっすよね!」

ビブスを畳んでいると、リエーフの大きな声が聞こえてきた。先程の私たちのやり取りを見ていたのだろう。後輩たちの話に聞き耳を立てるのは良くないのだけれど、リエーフの声はよく通る。
気持ちは、まあわからなくもないんだけど、その話題は結構デリケートだから黒尾の耳に入らないところでやって欲しい。

「あの二人、昔は付き合ってたらしい」
「えっそうなんすか!」

山本、余計なことを言うんじゃない。

「研磨さん何か知ってます?」

リエーフも、研磨に話を振るんじゃないよ。多分研磨は話してくれな、

「……クロたちが一年の時のことらしいし、あんまり知らない」

あんまり話したがらないし、と研磨は興味なさげに続けた。研磨、なんでこういう時だけ喋るかな。
そういう話は、本人が視界に入らないところでやってくれないかな。ほら、山本がこっちチラチラ見てるし。少し離れて夜久と何か話してる黒尾の耳に届いていないことを祈りながら無心でビブスを畳んだ。


そう、黒尾とは、交際していた過去がある。一年の時、今と同じバレー部の部員とマネージャーで。
私は自然と彼を好きになっていた。安直だけど、バレーをしている姿が好きだったし、周りがよく見えている人で、優しかったし。
だから告白された時はすごく嬉しくて、毎日が楽しかった。けれどそれはあまり長く続かなくて。
私は初めての彼氏、ということもあってドギマギしちゃってたのもあるし、黒尾はバレーに集中したい時期だったんだと思う。そんな中、私たちのことを幼稚にはやしたてるクラスメイトや同級生も少なくなかった。彼の人気のある性格もあいまってそうなったのだろう。
どこがぎこちない関係になってしまった私たちは、いや、“彼は”、別れを選択した。それを受け入れたのは私だし、お互い色々限界だったのだと思う。
でも今は、いい部長とマネージャーになれている。それは自信を持って言える。











梟谷グループの合同合宿は毎年とても楽しい。その分、とても疲れるけれど。

「お!黒尾ー!」

体育館に着くなり木兎くんの大きな声が響いた。

「よっ」
「お前また告られたんだって!?」

木兎くんの言葉に内心ビクッとしたが、多分平静を保てていたと思う。

「お前それどこ情報だよ」
「えーっとこういう時なんて言うんだっけ、あー、信頼のあるとある筋から!」
「だからどこだって」

ぶひゃひゃ、と笑う彼は満更でも無さそうで少しイラッとする。別に、私はもう彼女でもなんでもないのに。
正直に言ってしまえば、私は今でも黒尾が好きだ。ただ好きでいるだけ。それが一番苦しいけど、今は一番楽なのだ。高校を卒業したら自動的に会わなくなるわけだし、今だけ乗り越えれば、私は彼を忘れられて平穏に生きていけるはずなのだ。
それに、多分今彼に一番近い女は私、のはずで。
それだけで満足してしまっている自分がいる。
だから彼女の噂を聞いても、彼が幾度となく告白されているところを見ても、気にしないようにしている。そう、“楽”だから。
集合がかかったため、荷物を置いて体育館の中央に集まる。気を引き締めないと。今年が最後の年。私はマネージャーなんだから、部員のために全力で頑張るの。








各校のマネと連携を取り、役割分担を頭に叩き込む。基本的には自分の学校の担当だけれど時間帯によっては他校の手伝いもしなくてはならない。今は、体育館の隣の施設でせっせとドリンクを作っていた。飲料水用の水道を占拠してボトルとジャグを用意する。ここの水はいつも冷たいから夏は最高だ。保冷のジャグにスポドリの粉を入れて水道から直接水を入れて、満タンになるのを待つ。その間みんなが使ったドリンクボトルをスポンジで洗う。各個人のドリンクボトルにもドリンクを用意しなくてはならない。こういう時、ボトルに好みの濃さを油性ペンで書いてある人はマジでありがたい。特に指定のない人は標準の濃度で作る。何十本と繰り返す作業も3年目にもなれば慣れたものだ。

「えっと、春原さん……?」

水音に混じったあまり聞きなれない声に振り返ると、烏野のキャプテンが立っていた。

「澤村くん。お疲れ様」
「ああ、お疲れ。あのさ、そのボトル」

彼が指を指したのは、私が手に持つボトルで。

「俺たちの分も洗ってくれてるのか」
「うん」
「申し訳ないな、誰か手伝い呼ぼうか?」
「ううん、大丈夫だよ。昨日は谷地さんが音駒のボトルも洗ってくれたの。だからお互い様。マネ同士で協力体制組んでるから」
「そうなのか、こういう合同合宿って俺たち初めてで」
「慣れるまで大変だよね。頑張って」

そう言ったあと、どうして澤村くんがここに、と今更ながらに思った。

「あ、もしかしてドリンクなくなった?ごめん遅くて」
「いや、たまたま見かけたから」
「そっか。でも多分もうすぐドリンク無くなる頃だしすぐに持っていくね」

澤村くんに向けていた視線を手元のボトルに戻す。

「……それ、一人で運ぶのか?」
「え?ああ、うん」
「そんなに沢山持てる?」

ボトルが入ったカゴとジャグを見てそう言った澤村くんに苦笑する。

「何回かに分けて運ぶから大丈夫」
「一年呼んで運ばせ、」
「ううん。ありがとう。でもこれはマネの仕事だから。せっかくの時間なんだから選手のみんなには余計なこと考えずにバレーに専念して欲しいの。勿論、音駒に限らずね」

そう言ってドリンクの用意を続ける。

「それ、もう終わる?」
「ドリンクの準備?うん、これ最後の一本」
「じゃあ俺そのジャグを持つよ」

そう言って澤村くんが指さしたのは1番大きいジャグ二つだった。

「いやいや!そんなことさせる訳には、」
「どうせ二人とも体育館戻るんだし、ついでだから」
「……ありがとう」
「うん!素直でよろしい!」
「ふふ、澤村くんって“主将”って感じだね」
「そうか?」

少し照れたように笑う彼と一緒にドリンクを運んだ。ボトルが入ったカゴがギシギシと軋むけれど仕方ない。体育館に入るとすぐにリエーフが声をかけてきた。

「あっ栞さーん!」
「リエーフ、ドリンク?」
「はい!たった今終わっちゃって」
「はいこれ、あと空のボトル貸して」

新しいドリンクを差し出してそのままからのボトルを受け取る。

「あざっす!じゃ、戻ります!すぐ戻んないと夜久さんに怒られるんで!」

そう言って消えていったリエーフに苦笑する。いつも一言多いんだってば。隣に立つ澤村くんに待たせてごめんと言えば笑顔で大丈夫と言われた。

「澤村くん、ジャグはあそこに置いて貰える?」
「ああ、もちろ、」
「俺にもドリンク」

澤村くんにジャグを置いてもらおうとテーブルを指さしたのだけれど、急に左肩が重くなってびっくりした。私の肩は肘置きじゃないんだけど。

「黒尾、えっと……黒尾のはこれ」

はい、と渡せば、ん、と素っ気ない返事が返ってきた。そしてそのまま練習に戻っていく。
直ぐに澤村くんに向き直って改めてお礼を言って、練習に戻ってもらった。









とてもお腹が空いた。さっきからギュルギュルと音を立てているお腹を押さえて食堂に向かう。片付けや洗濯が忙しくて他のマネのみんなと同じ時間にご飯、とはいかなかった。
カウンターでご飯が乗ったお盆を受け取ってお茶を入れて、さてどこに座ろうと見渡せば音駒のテーブルは全部の席が埋まってしまっていた。仕方ない、空いているテーブルに向かって一歩足を進めると背中からあ、と声がした。

「春原さん、お疲れ」
「澤村くん、お疲れ様」

お盆を持って一人でいる私が不思議なのか周りを見回して口を開いた。

「ひとり?」
「うん、タイミング合わなくて」
「……良かったらこっち来る?」
「え?」
「ひとりで食べるの寂しいだろ?うちのメンバーうるさいけど良かったら」

そう言って烏野のメンバーがいるテーブルを指さした。

「え、いいの?」
「うん」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」

こっちこっち、と呼ばれて着いていった先は澤村くんの隣だった。

「旭、詰めて」
「え?ああ、うん、って音駒のマネさん……?」

席を詰めてくれた東峰くんと澤村くんに挟まれる形になる。両隣が大きいとやっぱりそわそわした。ちょっとだけ研磨と夜久が恋しい。

「すみません。お邪魔させて貰います」
「えっ音駒のマネ!?!?潔子さんと一緒に笑ってた人だ!」
「コラ西谷静かにな」
「さーせん!」
「えっと、音駒のマネの春原栞です。あ、三年です。宜しくお願いします」
「よろしくー!俺菅原!三年!」

菅原くんを皮切りに自己紹介をしようとはいはい!と手を上げるメンバーに苦笑した。

「ふふ、大丈夫です。皆さんのお名前は知っているので」
「お、俺の事分かりますか!」
「うん、西谷くん」
「おお……!」
「あっあの!俺は!!」
「田中くん」

息を漏らし感動している二人にまた笑ってしまった。隣で一緒に笑っている東峰くんに声をかけた。

「ねえ、東峰くんて本当に同い年?」
「えっ……」

なんだか急に落ち込んだ東峰くんにフォローを入れる。

「あの、なんかごめんね?東峰くんすごく大人っぽいから……」
「こいつ、気にしてるんだよ。いつも年上とか留年してるとか言われてるから」

落ち込む東峰くんとは対象に明るくそう話す澤村くんにまた笑ってしまった。

「大地酷いよ……」
「東峰くん大人っぽく見えるのいいと思うよ!背高くて髪長くてスタイル良くてスポーツできるなんて、男子高校生としては最高のステータスじゃない?」
「は、初めてそんなふうに言われた……」
「「栞さんすげえ……」」

何故か西谷くんと田中くんがまた感動しているけど、東峰くんも落ち込む気配はなくなったから大丈夫のようだ。

「春原さんはいい人だな」

澤村くんにそう言われて思い切り頭を振った。

「いやいや!烏野の皆さんホントいい人ばかりで!」

本当にそう思う。まあ、音駒も負けてないけど、と心の中で思う。

「そうだ!連絡先交換するべ!」

菅原くんがスマートフォンを取り出してそう言った。

「確かにこれからも合同合宿にお邪魔させて貰うしちょうどいいかもな」
「春原さんが、嫌じゃなければ……」

澤村くんと東峰くんも交換してくれるらしい。

「全然!嬉しい!」

連絡先を交換し、みんなでご飯を食べて別れた。
さっさと食器を片付け、お風呂に入った。女湯は広いし人は少ないしで入る時間も自由だし気が楽だ。髪を乾かしてから喉が渇いたのでフラフラと散歩を兼ねて自販機まで歩く。お風呂上がりにTシャツノーブラで出歩くのは気が引けたのでジャージを羽織る。暑いけど。
自販機にコインを押し込み、ボタンを押した。ガコンっと鈍い音を聞いて、ミルクティーを取りだした。普通に校内なのでベンチはない。仕方なく一番近くの階段の踊り場に座り込んだ。
ミルクティーを飲みながらスマホで時間を確認する。薄暗い階段では画面が眩しくて、すぐにポケットにしまい込んだ。すぐに部屋に戻って女子トークに花を咲かせるのもいいのだけれど、特にネタがない私は聞き役に徹するしかないわけで。もう少し一人の時間が欲しくて、ミルクティーを喉に流し込んだ。

「何してんの」
「んっ、ゲホッ」
「あ、わりぃ」

突然薄暗いところから聞こえてきた声に噎せてしまった。声をするほうを見れば、階段下に立っていたのは黒尾だった。

「んんっ、……なんだ、キャプテンか」
「こんな暗いところで何してんの」
「…別に。一人で慰労会」
「えっ何、他のマネに虐められてんの?」
「失礼な、そんな訳ないでしょ。一人の時間が欲しかっただけ」

もう戻るよ、と立ち上がった。正直、黒尾と部活以外で二人きりで話すことはそんなに無いから緊張するし、心臓が痛い。階段を一歩降りると黒尾が目の前に立ちはだかった。

「え、何」
「あのさ、」
「うん?」
「お前、音駒のマネの自覚あんの?」
「……はァ?」

質問の意図が全くわからなくて、しかも質問が質問だけに眉間にシワを寄せてしまった。

「いや、怒らせたいわけじゃなくて、」
「何?なんなの?なんか変だよ」

目線を逸らして何が言いたげな黒尾にそう言うと、彼は少し黙ってから口を開いた。

「……お前、ああいうのがタイプだっけ」
「なんの話してるの?」
「澤村」
「は……?澤村くん?」
「ドリンク運ぶの、手伝ってもらってただろ」
「え、うん。それが?」
「それに一緒に夕飯食ってた」
「座る場所悩んでたら誘ってくれたから」

それが何?という顔で黒尾を見る。別に澤村くんはなにか下心があって、という感じではなかった。本当に親切にしてくれていただけ。本当に、だからなんなのだろう。

「妬いた」
「……や?」

やいた?焼いた?妬い、た?

「なんかしれっと連絡先も交換してたし」
「……」
「取られるかもって思った」

取られる、って、そんな言い方されたらさ、期待しちゃうじゃん。

「……あのさ、それって、」

黒尾が今も私の事好きみたいに聞こえるんだけど。

「そう、俺まだお前のこと好き」
「え……」
「まだ、って言うかあの時からずっと。最初に告白した時から変わってない。別れてからも、お前のこと好きだった」

黙ってしまった私に黒尾は続けた。

「あの時は、俺ら周りの目とか気になって、気まずくなって別れることにしたじゃん。あの時は、それが一番いいんだって思ってた。それもずっと後悔してた」
「…………」
「お前のこと見る度に色々考えてたし、お前がいなくてもずっとお前の事考えてた。どうしたら、関係戻せるかって」
「…………」
「……なんか言えって」

そう言って苦笑する黒尾になにか伝えなくてはと思ったけど、上手く言葉が出ない。
だから、階段の二段下に立つ彼の左袖を、右手で掴んだ。二段も差があるのに、手の位置は私とあまり変わらない。

「春原?」
「私だって、ずっと、好きだったよ」

絞り出したその言葉に黒尾が目を丸くする。

「でも、よく告白されるの見てたし、彼女の噂とかも聞いてたし、もう考えないようにしようって思ってて、」
「春原」

同じ目線で、目が合う。黒尾が左腕を後ろに引いたから私も袖を掴んだ手が引かれて、ゆっくりと顔が近づいた。久しぶりに重なる唇に身体中が熱くなる。頭なんて沸騰しそうだし、目の奥がジンジンする。
こんな近くに彼を感じるのは、初めてかもしれない。
いつまでもこうしていたいと思うけれど、ここは学校で、今は合宿中だ。ふと我に返り、彼の胸を押した。

「……嫌だったか」
「そ、うじゃなくて、…今合宿中だし、ここ学校だから……」
「うん、でも俺もうダメだわ」
「へっ、」

何が、と聞く前に黒尾が一段階段を上がって抱きしめてきた。抱きしめられているのに、顔が近くて変な感じだ。階段一段分の高さが私たちをより近くする。

「両思いって分かったわけだし、こうしててもいいよな」
「よ、良くない!誰かに見られたら、」
「そん時はそん時だ」

ぎゅうと抱きしめる力を緩めようとしない黒尾にされるがままで、口を開いた。

「……そんなわがままだっけ」
「うん」
「そんなに甘えただっけ」
「うん」
「そんなに私のこと、好きでいてくれたんだ」
「……ん」

照れくさそうな声にむず痒くなる。首元に息がかかって擽ったい。

「言い忘れてたんだけど、」
「うん?」
「また俺と、付き合ってくれませんか」
「……うん。また鉄朗って呼ばせて」
「お前、ずりぃよ」

彼はそう言って笑うと、また私の唇を塞いだ。


じれったくて、青春
「明日から澤村と話すの禁止な」
「……鉄朗って意外と余裕ないよね」

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