「ドーナツでも洗うかー」

今日は天気もいい。雲ひとつない、とはいかないけど青空だしカラッとしてるし洗濯にはちょうどいい。
ドーナツと言うのは食べるドーナツじゃなくて、テディベアのドーナツ。お兄ちゃんと同じくらい大好きで大切なわたしの宝物だ。
わたしはドーナツの右手を掴んで部屋を出た。











「んー、やっぱりいい天気だー」

メイドさんに洗剤と柔軟剤、それからたらいを借りて中庭に出た。
近くの水道でたらいに水を張り洗剤を入れ、その中にドーナツを浸す。ドーナツを洗いながら少し中の綿をふにふにと移動させる。いつから一緒にいるのかわからないドーナツ。小さい頃から一緒に遊んで泥だらけになったり、一緒に寝てわたしのヨダレまみれにしてしまっていたドーナツはもうだいぶヘタっている。首元に巻かれていたはずの赤いリボンも記憶にないくらい昔にどこかに行ってしまった。それでも、今もわたしのベッドの枕元にいつもいてくれる。少しでもふかふかになるよう柔軟剤を加えあまり力を入れずに洗った。

「よし!」

十分な水ですすいで綿が変に移動しないように軽く絞り、日当たりのいい中庭のベンチに置いた。ここに置いておけば数時間で乾くだろう。
ドーナツはわたしのものだとみんな知っているし取られる心配もない。
わたしは乾くまで昼寝をしようと部屋に戻った。










「ドーナツドーナツー」

三時間後、鼻歌を歌いながらドーナツを取りに中庭に向かった。中庭に入った瞬間にドーナツを置いていたベンチを見ると、そこには何も無かった。

「……え!?!?」

わたしはダッシュでベンチまで行き、ベンチの下や周囲をくまなく探した。けど、どこにもない。

「なんで!?ない!……ない!!」

半泣きになりながら中庭を端から端まで探した。花壇の花を掻き分けて、木の上も見て、垣根の裏側も全部見た。
嫌いな兄弟姉妹にも声をかけ、ドーナツを知らないか聞いた。それでも見つからない。ドーナツ。わたしの親友。わたしの、家族。
わたしは部屋に戻り、字のごとくワンワンと泣いた。こんなに泣いたのは何年ぶりだろう。
万国(ここ)にいると、泣いてもどうにもならないことが多いから最近は泣くということを忘れていた。泣いても何も変わらないんだから、泣くのは無駄なこと。そう刷り込まれていたから。でも今は違う。どんなに泣いてもドーナツは戻ってこないと分かっているのに、涙が出てきて止まらないし、喉が苦しくて勝手に声が出る。嗚咽なんてしたの、初めてだ。ううっ、と兄弟たちには絶対に聞かせられない声が出る。枕が涙でべしょべしょになり、顔に当たると気持ち悪いからベッドから払い落とした。濡れていないシーツに顔をうずめる。じわじわとシーツが濡れていくのがわかる。
その時、コンコンと扉をノックする音がした。今のこんな顔は誰にも見せられない。そう思ってベッドに潜り込んで、声を殺して泣いた。しかしまたしばらくすると扉をノックする音がする。仕方なくベッドからズルズルと降り、扉の方に歩み寄った。涙を拭って扉の向こうに声をかける。

「誰ですか」
「……俺だ」
「おにいちゃん!」

思わずドアノブに手をかけたが、そこで手が止まった。今出たら、泣いていることがバレてしまう。

「……ソフィア?」
「おっ、おにいちゃん、わたし今日は…その、すっごく疲れてるからっ…」

変なところで声がひっくり返ってしまった。

「……泣いているのか」

やばい。流石おにいちゃんだ。声だけでバレてしまった。

「開けろ」
「いや、でもっ」
「…開けろ」

こうなったらおにいちゃんはわたしが扉を開けるまで待ち続けるか、この扉を蹴破るかのどちらかだ。
ガチャ、とゆっくり扉を開けた。そろり、と廊下を覗く。上を見上げればお兄ちゃんがわたしを見下ろしていて、その手にはドーナツが……

「ドーナツ!!!!!!」

わたしはジャンプしておにいちゃんからひったくるようにしてドーナツを受け取った。ぎゅうと抱きしめると、お日様の匂いがしてフカフカしている。綿が少なめだけど。いつものドーナツだ。わたしの、ドーナツ。

「でもどうしてお兄ちゃんが…?」
「中庭で鳥につつかれていた」
「それでドーナツを避難させてくれたの?」
「ああ」

わたしはドーナツが戻った安心感からまた目から涙がぶわっと湧き出てしまった。

「う゛ええ…、ありがどうおにいぢゃん…!」
「これが見つからなくて泣いていたのか」
「う゛ん…」

涙を拭いながらドーナツを見ると、その首元には赤いリボンが結ばれている。

「あれ?リボン…」

赤いリボンは遠の昔になくしてしまったはずだ。
おにいちゃん見るとこちらを見て黙っている。そんなおにいちゃんをじーっと見つめ続けると折れたように口を開いた。

「この間外に出た時に見かけて買ったものだ。お前の好きにするといい」

多分部下に買わせたんだろうけど、首に結んだのはおにいちゃんだろう。ちょっとリボンが曲がっている。

「えへへ、ありがとうおにいちゃん!」


わたしとドーナツとおにいちゃん
おにいちゃんって
ドーナツのリボンのこと知ってたっけ?



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