「ここ、さっきも、とおった」

当時三歳だったわたしは、ホールケーキ城の中で完全に迷っていた。自分の家、なのに。

「わたしの、おへや…」

昼食をとった後、部屋に戻ろうと歩き出しいつも通りの道を歩いていたが、途中床と壁に映る自分の影が面白くて、くるくると回ったり柱に映る変形した影を見て遊んでいたら知らない場所にいた。目に映る扉を開けたくても、三歳のわたしには大きすぎる。横を通り過ぎていくホーミーズ達もわたしのことは見て見ぬふり。あまりに広すぎる城内を歩きながら途方に暮れていた。小さいながらに、わたしのことを誰も助けてくれないとわかっていた。特に秀でた種族の血も受け継がず、特殊な能力もない。それはそうだ、“普通の”三歳児なのだから。でもここではそれじゃ認めてもらえない。わたしの友達は、誰にもらったかも覚えていないテディベアだけ。魂も入れられていない“普通の”テディベアだ。三歳のわたしより少し大きかったから一メートル弱はあっただろう。そのテディベアのことをわたしは何故か「ドーナツ」と呼んでいた。
そのドーナツの手を握り、ズルズルと引き摺りながら歩き続けていた。わたしとドーナツはお風呂以外ずっと一緒だった。時々は一緒に入ったけど。でも、ドーナツとお風呂に入った夜は一緒に寝ることが出来ないからあまり一緒には入らなかった。
普通なら、ママに、お母さんに一番甘える年頃だったと思う。でもわたしのママは“普通”じゃないから。甘えるなんて以ての外だった。
わたしの心の支えは、ドーナツだけ。自然とドーナツの手を握る力が強くなった。
キョロキョロしながら歩いていたから前をよく見ていなかったのだろう。トンッ、と何かにぶつかった。スピードを出していたわけではないので、お尻からぽて、と倒れてしまった。しかし引き摺っていたドーナツのおかげで痛くはなかった。顔を上げると、と言っても座ったままだけど、相手の顔も見えず膝あたりまでしか見えなかった。そしてわたしは気づいた。わたしの目の前にあるのは、“あの”カタクリ兄さまのブーツだと。子供ながらに理解していた。カタクリ兄さまは兄弟の中でも別格だって。それに、顔を合わせたことはあっても直接話したことは無かった。
わたしはあまりの恐怖に立ち上がることが出来なかった。この人もきっと、わたしのことを馬鹿にするのだろう。ほかの兄弟みたいに。

「……ソフィアか」
「はっ、はい!」

わたしの名前など、誰も覚えていないと思っていた。

「こんな所でなにをしている」

相変わらず顔は見えない。わたしが黙っていると、兄さまはしゃがんでくれた。それでも大きかったけれど、顔を見ることは出来た。

「カタクリにいさま……」
「…………」
「あの、わたし、まよってしまって。じぶんのおへやが、わからなくて…」

わたしは今にも泣きだしそうだった。

「…ホーミーズたちに聞けばいいだろう」

簡単に言ってくれる。わたしはホーミーズにすら舐められていると言うのに。兄さまの目も見ずに床を見て口を開いた。

「えっと、そうでした…すっかり、わたしわすれていて…」

お尻に敷いたままのドーナツが視界に入る。早く、退いてあげないと。そう思っていると、突然の浮遊感に首がかくん、となった。

「わっ、…にいさま!」

気づけば床はとても遠い場所にあって、わたしとドーナツは兄さまの腕の中にいた。

「お前は部屋に戻りたいのだろう」
「は、はい……」
「通り道だ。送ろう」

そう言って兄さまは歩き出した。わたしはドーナツを抱きしめながら、大人しく兄さまの腕に収まっていた。兄さまの腕の温かさを感じながら、久しぶりに人に触れた、と思った。兄さまは何も言わず、スタスタと歩みを進めた。上下に少し揺れるのが心地よかった。
わたしは兄さまの腕の中からキョロキョロと辺りを見渡すと、見慣れた場所だった。見慣れた場所、と言うよりも見慣れたプレート。「ソフィアのへや」と拙い字で書いてある。そう、わたしが自分で文字を調べて書いたものだ。
その部屋の前で、兄さまはわたしとドーナツを降ろした。そのまま立ち去ろうとする兄さまを、わたしは呼び止めた。

「にいさま!ありがとうございました!」
「……ああ」

わたしはそこで見た背中をずっとずっと追おうと決めた。


おにいちゃんは(わたし)思い
次の日からカタクリの後ろについて歩く
ソフィアがいたとかいないとか



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