ここはホールケーキアイランドのママの城の中。
大きな大きなお城に住む王女、の内のひとり。それがわたし。わたしはシャーロット家の……ええっと何女だったかな。覚えきれないほどの兄弟姉妹たちに囲まれて暮らしてる。

でも、わたしが好きなのは“おにいちゃん”だけ。

あとは別に、って感じ。ああ、フランペは大っ嫌い。わたしには“おにいちゃん”がいればそれでいい。
それだけで、幸せなの。






「おにいちゃーーーん!」

おにいちゃん専用の船着場から大きく手を振る。まだまだ船は遠くにあるけどそれでもわたしは構わず手を振り続けた。

「……ソフィア」

船から降りたおにいちゃんは真っ先にわたしのところに来てくれた。そしてあの大きな手のひらをわたしの頭に乗せた。嬉しい。

「おかえりなさい!」
「また待っていたのか」
「うん!今日来るって聞いてたから」
「今からママのところに、」
「知ってるよ。ちょっとでいいから会いたかったの」

そう言ってわたしは城に向かって歩き出した。おにいちゃんもわたしのペースに合わせて隣を歩いてくれている。それだけでニヤニヤしちゃうし、おにいちゃんを見上げてまたニヤニヤしちゃった。あまりにもわたしが見つめるから、おにいちゃんも居心地が悪いのだろう。こちらを見て声を掛けてきた。

「どうした」
「ううん、何でもない。フランペに先越されなくてよかったーって思って」
「…相変わらずだな、お前は」
「えへへー」
「変わりはないか」
「ないよー。たったの三日ぶりだよ?まあ三日も会えないのつらいけど」

本当は一分だっておにいちゃんと離れたくないんだよー、とお兄ちゃんの指を掴んだ。わたしは“普通の”人間のサイズだからそれが精一杯。

「…お前は、」
「他の兄弟たちと仲良くないから心配だ、でしょ」
「……」
「いいのいいの、仲良くないからって何かされてるわけじゃないし」
「お前がそれでいいならいいが…」
「心配してくれてありがと。でもわたしはおにいちゃんがいればそれでいいの」

えっへん、と腰に手を当てるわたしの仕草におにいちゃんは溜め息を吐いた。そんなおにいちゃんもかっこいい、と思っているとわたしたち以外の声が聞こえてきた。

「ソフィア、また付きまとっているのか」
「……ペロス兄さん」

声の方に目を向ければ長男のペロス兄さんが立っていた。大方おにいちゃんを呼びに来たのだろう。もう城の中にまで来てしまっていた。おにいちゃんと一緒にいると本当に時間があっという間だ。残り少ないおにいちゃんとの時間を邪魔された。露骨に嫌そうな顔をしたのを見られたのか、ペロス兄さんはわたしに吐き捨てるように言った。

「お前はそろそろ兄離れをしろ」
「私はとっくに兄離れしてるわ」
「何?」
「“おにいちゃん”以外の兄さんたちからはね」
「ソフィア」

少し怒った声が混じっているペロス兄さんにそっぽを向いた。これだから“兄さん達”は好きになれないんだ。

「わたしの“おにいちゃん”は、“おにいちゃん”だけだもの」

わたしのそんな不遜な態度にペロス兄さんは明らかにイラッとしていた。さてどうしようかと思っていると、おにいちゃんが口を開いた。

「ペロス兄、こいつの言うことだ。あまり気にしないでくれ」

ムッ、としながらおにいちゃんを睨んだが、おにいちゃんの大きな手がわたしの頭にポンポンと触れた。わたしはその温かさにまた嬉しそうな顔をしてしまう。しまった、余計に怒らせたかな。そう思っていると、ペロス兄は大きく溜め息を吐いた。

「…ママのところに遅れるな」

おにいちゃんにそう言って背を向け去っていくペロス兄の背中を見つめた。わたしはなんだか落ち着かなくて、その背中に向かって、べーっと舌を出した。

「…… ソフィア」
「ん?なあに?おにいちゃん」
「お前はペロス兄の何が嫌なんだ」

おにいちゃんからしたら、純粋に疑問なのだろう。わたしがほかの兄弟姉妹達と仲良くしない理由が。

「別に嫌いじゃないよ。でも、わたしとおにいちゃんを引き離そうとする人は等しく嫌い」
「全くお前は…」

そうこう話しているとママのいる部屋の前まで来てしまった。おにいちゃんと一緒にいると時間はあっという間だ。ペロス兄さんに邪魔もされたし。

「じゃあね、おにいちゃん」

やっぱりおにいちゃんと離れるのは少し悲しい。ママに呼び出されたってことは終わりの時間もわからないし、まさかその間ずっとここで待っているわけにもいかない。おにいちゃんの邪魔にはなりたくないしね。おにいちゃんに背を向け、自室に戻ろうと歩き出した。

「ソフィア」

わたしは急に呼ばれたことに驚きながらも振り返った。おにいちゃんがわたしを呼び止めることはあまりない。

「なあに?おにいちゃん」
「一時間で終わる」
「…うん?」
「ドーナツも用意してある」

おにいちゃんのその言葉にわたしはぱああ、と顔を明るくさせた。

「わかった!お茶用意して待ってるね!」
「ああ」

おにいちゃんとお茶。久しぶりだ。あまりの嬉しさに鼻歌交じりでスキップをしながら自分の部屋に向かった。足取りは軽い。多分、今この瞬間世界で一番幸せなのは、わたし。


おにいちゃんは優しい
そんなわたしの姿を見て
おにいちゃんの口角が上がっていたことは
誰も知らない



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