「……名前か?」

瀞霊廷内の商店が建ち並ぶ道。昼時とあって人も多く、その声が彼女に届くか不安だった。その声に振り返った彼女の目は、彼を捉えて、どんどん大きく見開かれた。

「け、んせい……?」

呼び止めた自分自身も振り返った彼女の顔を見て驚いた。あまりに似通った背格好と髪型に思わず声をかけてしまったが、振り返った彼女の顔は、百年前よりさらに美しく、大人びたように見えた。

「本当に、拳西なの…?」

そう聞く彼女の目はじわじわと潤み、その唇は震えていた。

「ああ、戻ってきた」

そう言って少し体をひねり、羽織を見せる。

「その羽織……」
「ああ、また九番隊だ」

そう笑う彼に、名前は涙を浮かべて微笑んだ。

「無事で良かった…」

そう言って名前はこちらに手を伸ばした。とても自然な行為で違和感などなかったが、彼女はその伸ばした手を触れる直前で止め、そのまま降ろした。

「…心配したんだからね」

不自然に降ろされた手を見つめる。その手が動く気配はない。

「…悪かった」
「元気そうなら、それだけで十分」

そう言って笑った彼女は、急ぐから、とその場を立ち去った。








「名前に会った」

隊首室でゴロゴロしていた白にそう伝えると、一瞬動きが止まり飛び起きてこちらに顔を向けた。

「名前っち!?拳西ばっかりずるい!あたしも会いたいー!元気そうだった?」
「ああ」

白は怪我をするたびに四番隊の名前を指名して治してもらっていた。苦い薬も名前が飲めと言ったら飲んでいた。そのくらい慕っていた。だからこそ彼女と会ったことを伝えた。

「ちゅーした?ちゅー!」

そう大きな声で聞く白に頭を抱えた。

「は?するわけねえだろ、馬鹿か」
「えー、だって恋人との再会じゃん?」
「……恋、人」

確かに、彼女とはあの出来事が起こる日まで交際していた。その気持ちはこの百年変わらない。

「え?だって拳西と名前っちは付き合ってるわけだしさー」
「…それは、百年会っていなくても有効なのか?」

再会した時もすぐに抱きしめたかった。彼女が降ろした手をそのまま掴んで引き寄せたかった。ただ、百年という時間が壁を作り、“今”の彼女に触れていいのか、と自分自身を牽制した。

「んー?名前っちが、拳西のことまだ好きなら成り立つんじゃない?」
「まだ好きなら、か」

騒いでいる白を横目で見ながら、彼女と自分の思いが同じであって欲しいと思っていた。







翌日、また同じ昼時に商店が建ち並ぶ辺りを歩いていると前を名前が歩いているのが見えた。声をかけようとしたが、隣には温厚そうな男が歩いている。手に救急道具のようなものを持っているので、流魂街で他隊の治療にでも当たっていたのだろう。しばらく様子を見ていると、仲良さげに話し、何がおかしいのか顔が真っ赤になるまで笑っている。その赤らんだ笑みを懐かしく思いながらも、それが向けられている先は隣を歩く男。
ジャッ、と細かい砂利の上を歩く音がする。自分の意思がどうこうする前に、勝手に足が動いていた。その勢いのある足音に気付いたのか、前を歩く二人が振り向こうとした。その瞬間、名前の腕を掴んだ。

「っ、拳西?」
「む、六車隊長っ?!」

二人は驚いた様子でこちらを見ている。

「悪い、コイツ借りてくぞ」

そう言って名前の腕を掴んだまま歩き出した。ずるずると引っ張り、人気のない河原まで歩いた。

「痛い、痛いよ拳西……っ」
「っ、悪い」

パッ、と手を離し立ち止まった。

「どうしたの、突然」

びっくりしたよ、という名前に目を合わせた。

「アイツ、」
「え?」
「さっきの奴と、その、付き合ってるのか」
「……え?」

彼女の幸せを願っていても、やはり自分以外の男と、というのは耐えられなかった。普段だったら絶対に言わなかったような台詞を並べる。

「長い間離れちまってたけど、俺は今でもお前が好きだ」
「……えっと、あの、」
「愛想つかされちまっててもおかしくないだろ、この百年苦しめたと思う。でもお前の顔見たら全部吹っ飛んだ。この百年で前より綺麗になってるし、他の男と歩いてるしで、…その、………妬いた」
「拳西……」
「俺は、お前が好きだ。ずっと、ずっと好きだ」

百年前、交際を始めた時以来の告白だ。普段から言葉で気持ちを伝えなかったのが悔やまれる程に、この百年、彼女のことを思っていた。その言葉に、名前は唇を噛み、何かを堪えているようだった。震える唇が言葉を紡ぐ。

「…拳西、私もずっとずっと、……多分拳西が私の事好きって気持ちより、もっともっと好き」
「……名前」
「それに、あの人は後輩。任務で一緒だっただけだよ」
「そ、うか」
「…今の拳西には、今の拳西の生活があるでしょう?だから、私はもういらないのかな、って……」

言葉を震わせ、涙を零す名前を引き寄せ腕に閉じ込める。百年前より小さく感じる体を感じ、強く抱き締めた。

「そんなことあるわけねえだろ」
「また一緒にいてもいいの…?」

そう聞く名前に、微笑んだ。

「ああ、当たり前だ」


日月の想い
「おかえり、拳西」
「ああ、ただいま」


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