「今日も君は美しい」

そう言って花束を差し出す彼は、いつもと変わらない。夜景の見えるレストランで、街の灯りをバックに立つ彼は、毎日のように私に愛を囁く。

「ありがとう、テゾーロ。今日は白い薔薇の中に黄色い薔薇が一本?何か意味があるのね」

差し出された花束は、両腕から溢れんばかりの白い薔薇と端に一本だけ黄色い薔薇が添えられている。

「白い薔薇の花言葉は“私は貴女にふさわしい”」
「ふふ、貴方らしいわ」

その言葉を聞くと、黄色い薔薇の花言葉がより気になる。私は一本だけの黄色い薔薇に指を這わせ、とても愛おしいものを触るように優しく撫でた。

「黄色い薔薇の花言葉は“嫉妬”だ」

わたしは彼のその言葉に眉をひそめ、黄色い薔薇から指を離した。そしてその指をそのまま彼の肩に添えた。

「“嫉妬”?貴方にはとても縁遠い言葉だと思うけど…」

それを聞いた彼は、いつもの様に口角を少しだけ上げて笑った。

「今日だって店を貸切って君と逢瀬を重ねている。誰にも君の美しさを見られたくないという嫉妬心からだ」
「ふふふ。あら、随分心が狭いのね」
「ああ、自分でも驚くほどだ。本当ならウエイターにも見せたくはない」

そう耳元で呟いた彼は私の髪を少しかき上げ、耳にキスをした。小さなリップ音がくすぐったい。

「そんなこと言っていたら、いつまでも食事が出来ないわね」
「おお、すまない」

そう言って彼はうやうやしく椅子を引いてくれた。いつもの、素敵な夜。彼も向かいに座って、食前酒を手に持った時だった。

「テゾーロ様」

鈴の鳴るような声が広いフロアに小さく響いた。私とは違う、澄み切っていて、そして色気のある声。

「バカラか、どうした」
「はい、お食事中申し訳ございません。少し、ご相談が」

バカラがここまで顔を出すということは急用なのだろう。

「すぐに終わるか?」
「はい、確認していただきたいことが一点ほど」
「わかった、外で待っていてくれ」
「かしこまりました」

彼は少し腰を上げる素振りをして私を見た。

「すまない、少し待っていてくれるか」
「もちろんよ」

その返事を聞いた彼は私の唇の端に軽くキスをしてテーブルを離れた。
彼の後ろ姿が消えたのを見て、私は夜景に視線をうつした。そしていつも心の隅にある考え事をひっぱりだす。
彼がバカラを見る目。いつもそれは二人の関係を疑ってしまう程のものだった。彼の目は、彼女を見ると少し柔らかくなる。私と彼の関係はそこそこ長いし、彼が私を愛してくれていることは事実だと思う。私に会う度に花を贈り、私を綺麗だと誉める。君が好きだといつも言葉にして伝えてくれる。彼は私にも優しい目を向けてくれる。彼は私を愛している。それはわかってる。
最初は二人の関係を疑ったりもしたけれど、今は分かったことがある。彼は、バカラを見ていない。バカラを通して誰かを見ているんだってこと。つまり“その人”は、この船(グラン・テゾーロ)にはいないのだろう。
彼の性格上、“その人”のことを明かす日は来ない。過去を、自分を、話したがらない人だから。それに私以外の女性を見てあんな目をするなんて、聞くに聞けない。鈍く痛む胸を勘違いだと思い込みながら、私はこれからも彼の隣で微笑むのだろう。
私はこれからも彼と一緒にいたいし、彼もそう思ってくれていると思う。本当のところは彼に直接聞かないとわからないけれど。でももし“その人”が彼の前に現れたら。そんな不安と共存しながら、私は今夜も彼を愛そう。


心の穴は埋まらない
それでも私は
貴方の一番にはなれないのね。


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