カタクリは夢を見ていた。

消したくても決して消えてはくれない幼少期の記憶。
夢の中で、また同じことを繰り返す。
自分を馬鹿にする者は容赦なく叩きのめし、嫌という程自分の強さを誇示する。
しかし、同じことを繰り返すということは、繰り返したくない過去も繰り返すことになる。

“妹が傷つく”

そう思った瞬間、カタクリは、ハッと目を覚ました。枕が汗で湿っているのがわかる。じっとりと汗ばんだ体はシーツが絡みつき不快だ。力が入った体を深呼吸で緩め、安心を求めるかのように左に手を伸ばした。しかし伸ばした手は冷たいシーツを撫でるだけだ。

「ナマエ…?」

いつも隣で寝ている妻がいない。
当たり前のように隣にいる存在がそこにないというのは、不安が増す。特に、今のような時には。
初めての夜に、「カタクリ様は、生まれてこの方背を床につけたことがないと伺いましたが、寝る時はどうするのですか」と聞いてきたことを思い出す。横たわって寝ると伝えた時、安心したように微笑んだ彼女が頭に浮かんだ。その彼女はどこに行ったのだろうか。
彼女を探すため、ベッドから出ようと起き上がった。

「あら?起きていたの?」

その声を辿り扉の方に目を向けると、そこに彼女が立っていた。ナマエはカタクリに微笑み、ベッドに腰かけた。少し冷えているのだろう。手をすり合わせながらナマエはカタクリに視線を向けた。

「少し眠れなくてね、手慰みが欲しくて繕い物をしていたの。ほら、この間スカートの裾を引っ掛けてしまったでしょう?それを、」

彼女の声が止まる。カタクリを見つめるナマエの目が一瞬曇った。

「貴方、また夢を見たの?」
「……ああ、わかるのか」
「こんなに汗ばんで…でももう大丈夫よ」

ナマエはそう言うとベッドの上に立ちあがり、カタクリの頭を胸元へ引き寄せた。

「もう大丈夫だから」

そう言いながら、カタクリの湿った髪を撫でつける。カタクリは、少しでも彼女に触れていたいと、ナマエがひっくり返らない程度に体重をかけた。

「甘えるの、珍しい」

ナマエは、ふふ、と笑いながらカタクリから離れ、そのままベッドに横たわった。

「朝まで時間はあるわ、二人で寝ましょう?」

そう言って少し布団をめくった。

素直にベッドに戻ったカタクリは、ナマエの髪をひと房手に取り口付けた。

「今日はいつもより甘えん坊さんね」

くすくすと笑うナマエは、カタクリのナマエを掴む手に自分の手を重ねた。

「嫌か」
「いいえ、そんな貴方も大好きよ」

音もなく触れた唇に、カタクリは目をつぶった。

「私に貴方の過去は背負えないけれど、そばにいることはできるわ」
「ああ」
「それに、貴方の甘える姿なんて見られるのは私だけなのよ」

こんな幸せなことはないわ、とナマエは微笑んだ。

「ナマエ」
「なあに」
「愛している」
「私もよ」

私たちに誓う
病める時も 健やかなる時も


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