「プリンちゃん!私の旦那さま見なかった?」
「…ナマエ義姉さん」
「どこにいるか知らない?」
厄介な人に絡まれた、とプリンは思った。ただ廊下を歩いていただけなのに。
カタクリ兄さんの妻で、政略結婚のはずなのに二人はとても仲がいい。恐ろしい程に。
この人の話に付き合うと長くなる、そう思い事実だけを淡々と述べた。
「カタクリ兄さんなら、朝スムージー姉さんと歩いているところを見たわ」
「スムージーちゃんと?じゃあ大臣たちの会議かしら?」
「ええ、この時間ならそうじゃないかしら」
「それじゃあ会いには行けないわね」
「……義姉さんは本当に兄さんのことが好きなのね」
プリンは猫を被り笑顔を向ける。すると、義姉はキョトンとした顔をして直ぐに口を開いた。
「それは違うわ、プリンちゃん」
義姉は腰に左手を置き、右手は人差し指を立てて左右に振っている。
「もうね、“好き”とかそんな次元の話じゃないの。もう私たちは“愛してる”もとっくに通り越してずーっと一緒にいないと死んじゃいそうになるくらいなの」
そう自慢げに話す義姉に、だったら死ね、とプリンは思ったが、なんとか心の中に留めた。もちろん顔には出さない。その後も頼んでもいないのに兄の話を延々と聞かされることになる。頬を染めて話す義姉をプリンは制した。
「義姉さん、そんなに会いたいなら会議をしている広間の前で待っていたらどう?」
とびきりの笑顔を貼り付けて微笑む。すると、義姉の顔がぱああ、と綻んだ。
「そうね!会議が終わったら直ぐに会えるものね!」
ナマエは、ありがとうプリンちゃん、とプリンの手を取り両手でギュッと握る。プリンはそんな彼女に少し顔を引き攣らせながらも微笑み返した。
プリンは、スキップをしながら広間に向かう義姉を見えなくなるまで見続けた。
ナマエは広間から少し離れたバルコニーで待つことにした。ここなら会議が終わればいの一番に会える。
バルコニーで街を見下ろしていると、花のホーミーズたちが歌っている。すこし小さめの植木鉢に身を寄せあって揺れている。微笑ましくそれを見ていると、ホーミーズたちが話しかけてきた。
「ナマエさま、カタクリさまをお待ちですか?」
「ええ、そうなの。朝起きたらもう部屋にはいないんだもの。もう寂しくて寂しくて」
少しでも花達に視線が合うようしゃがみこんだ。
「そうでしたか。大臣たちなら二時間前に広間に入られましたよ」
「あら、そうなの?私その時間は完全に寝てたわね」
起こしてくれれば良かったのに、と頬をふくらませるナマエにホーミーズたちは笑った。
ホーミーズたちと一緒に歌を歌ったりおしゃべりしたりしていると、広間の扉がギイィとゆっくり開く音がした。
「あなた!」
その音と同時にナマエは広間に向かって走り出した。
最初に広間から出てきたダイフクとオーブンはナマエを見ると、またか、という顔をして彼女に道を開けた。次に続くコンポートたち姉妹も苦笑しながら彼女を見ている。名前を呼ばれたカタクリ本人は、彼女を見つけると少し屈んで駆けてくる彼女の脇に手を差し入れ、高い高いをした。キャッキャと喜ぶナマエと兄を見ながら、兄弟達はため息をついた。
「アイツらどうにかならねえのか」
そう吐き捨てるように言ったダイフクにペロスペローが笑った。
「あの二人は死んでも離れないだろうな、ペロリン♪」
「……ブリュレ姉さんは羨ましいと言っていた」
「それは本当か、スムージー」
「ああ、でもそれはどちらかと言えばカタクリ兄さんだからじゃないか」
「「ああ…」」
ブリュレのブラコンっぷりを思い出したダイフクとペロスペローは、スムージーの目線を追い二人に視線を戻した。
「あなた!もうどうして起こしてくれなかったの!」
やっと高い高いが終わったようだ。ナマエはカタクリの腕に収まり、ファーの下の方を掴んで頬をふくらませ怒っている。
「お前気持ちよさそうに寝ていただろう」
「だって!……あなた、昨日あんなに頑張るから…」
ポッ、と頬を染めたナマエに兄弟達は苦い顔をした。
「おい誰かアイツらを黙らせろ」
そうオーブンが強く言ったが、誰も動かない。
「わたしもあんなおにー様の姿は見たくないけどもう慣れたわ」
悟ったような顔をするフランペに皆同情していた。結婚してから見せるようになったカタクリの一面に、未だに慣れない者も少なくない。
「皆、早く自分の島や部屋に戻りましょう」
そう冷静に言ったガレットの言葉に、皆足早にその場を去ろうとする。
「私、今日はあなたと二人で朝食を食べたかったの」
「もう昼を過ぎたぞ」
「それは分かっているけど……」
あからさまに落ち込むナマエに、カタクリは胸がギュッとなり、いつものように彼女の願いを叶えようとするのである。
「では今から朝食にしよう」
「えっ?本当に?」
「ああ、本当だ」
「ふふ!嬉しい!せっかくだからシュトロイゼン料理長に美味しいフレンチトーストと、あとプチフールも用意してもらいましょう!もちろん、ドーナツもね!」
「ああ、好きなようにしろ」
「もう、あなたもちゃんと考えて!」
「俺は、お前が幸せならそれでいい」
ちゅ、というリップ音と甘ったるい寒気を背中で感じながら、兄弟達は自分の島に戻るのだった。
They are lovey-dovey