昼休み。霊術院の穴場。屋根の上。日当たりはよく、風も通り、何より誰もいないから安心してゆっくりできる。寝そべると暖かい瓦がまるで布団のよう。遠くで演習をしている声がする。少し眩しい太陽を感じながら、一人のこの時間を楽しんでいると顔に影がかかった。太陽はどこに。

「なァ」

少し視線を上げるとそこには平子が立っていた。

「縛道の六十二」
「百歩欄干」
「破道の四」
「白雷」
「じゃあそやなァ…破道の十二」
「…伏火」
「おーすごいやん、全部正解や」
「正解しなきゃ困るでしょ、明日試験なのに」
「まっ、それもそやな」

いつもの様にニヤッと笑う彼を頭上に感じながら起き上がった。

「私、筆記は問題ないんだけどなー」
「お前いっつもトップやもんな」
「筆記は、ね」

実技のトップはいつも平子だ。

「筆記の名字、実技の平子」
「……何それ」
「みんながそう言うててん」

私は実技が少し苦手だ。そう、少し。本当に、少し。

「教えて欲しい応用問題があってな、ここなんやけど…」

試験前、平子は必ず私を試験勉強に誘う。場所は決まって蔵書室。空き教室の方が人も少ないし、飲食も自由なのに絶対に蔵書室の大机に隣合って座るのだ。
私は立ち上がり、蔵書室へ向かった。平子も黙って後ろを着いてくる。いつもの席にいつものように座り、教本を開いた。

「で?教えて欲しいところって?」
「これや、このページの応用問題」

平子が指さした応用問題は、試験範囲でかなり難易度が高いもので一割正解者が出ればいい方だ。試験順位で上位になりたいなら絶対欠かせない問題。ただ、配点はそんなに高くないだろう。だから捨てる人が多い。平子の教本を覗けば、回答が書きかけてある。私はそれを見て眉をひそめた。

「名前?」
「……平子に教えるの、やめようかな」
「はァ!?なんでやねん!」
「ちょ、っと静かにしてよ!ここ蔵書室!」

急に大きな声を上げた平子に注意する。

「……お前もや」

遠巻きにこちらを睨んでいる司書や院生にぺこと頭を下げながら平子を睨む。

「なんで教えてくれへんねん」

そう声を潜めて抗議する平子に私は口を開いた。

「このまま私が平子に教え続けたら“筆記の平子、実技も平子”になっちゃうでしょ」
「阿呆か」
「だって私……実技少し苦手だし」
「それは俺が教えてやっとるやろ」

私が筆記試験のサポートをする代わりに、実技試験の前には平子が私の練習に付き合ってくれる。付き合ってくれる、と言うよりは無理やり演習場に拉致されるというのが正しい。

「……平子先生」
「なんですか、名字サン」
「名字さんの実技の有望性はいかがですか?」
「それは…、その……せやなァ……」

言い淀む平子に私は目を伏せた。

「ほらね。いいの、自分でわかってるから」
「まだわからんやろ。鬼道が苦手でも、斬魄刀で補える部分もある」
「斬魄刀なんて、夢のまた夢だなあ」
「浅打じゃみんな一緒やしな、これがそうなる言われても実感湧かへんからな」
「…うん」
「とりあえず、目の前のやらなあかんことやってくしかないなァ」
「…そうだね」

私は平子にずっと思っていた疑問をぶつけることにした。

「ねえ」
「なんや」
「実は平子って筆記試験一番にならないようにしてる?」

そう言って平子を見れば目を丸くしてこちらを見ていた。黙って見つめていると、深い溜息をついてから口を開いた。

「俺そんなに器用ちゃうわ」

その返事を聞いて私はにんまりと口角を上げた。

「そこで『そやで〜』とか言われたらぶん殴ろうと思ってた」
「お前なァ…、俺の事買い被りすぎちゃう?」
「そう?」
「せやせや」

教本に目を移した平子を見ながら、深く息を吐いた。

「明日は筆記試験、来週は実技試験かあ」
「明日筆記試験が終わったら教えたるわ」
「えー」

実技の練習を思い浮かべると想像もしたくない光景が頭に浮かび、そのまま机に頭を預けた。

「ダラダラすんなや、この“実技の平子”様が教えたる言うてるやろ」
「はいはい、じゃあお願いしますー」

机から頭を上げずに答える。

「あァ!?なんやその“じゃあ”て!」

眉間にシワを寄せた平子に私は真剣な目で見つめ返す。そして、顎の下で手を組み少し上目遣いで瞬きをぱちぱちとした。

「わたし、平子じゃないとダメなの……」
「……」
「…とかやって欲しいわけ?」

一瞬で元の表情に戻った私を見て平子は呆れたように口を開いた。

「おま、……まあでもそっちの方が可愛げがあるしな」
「私は普段から可愛げで溢れてますー…痛っ」

小突かれた額が痛い。ケラケラと笑う平子は、相変わらずだ。


青すぎる春
どうかずっと、このままで


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