リフレッシュのつもりだった。一週間分の有給を使い、バカンスを楽しむ。リゾートホテルをおさえ、エステの予約を入れた。海兵としての自分はここに置いていく。最低限の荷物を持ち、海軍本部から出ている定期船に乗る。彼に会えるかもしれない、という淡い期待を抱いて。



行き先は観光業が盛んな島で、海のならず者たちも少なからず歓迎されているところだ。それに今は、近くに赤髪海賊団が停泊しているという情報もあった。すれ違いになる可能性もあるけれど、そんなの構わない。それならそれで一人のバカンスを楽しむだけだ。定期船を乗り継ぎ、島に着くと港に向かった。公的な船が少ない島の反対側の港だ。やはりそこには見知った髑髏のマークがはためいていた。思わず口角が上がる。ひとまずホテルにチェックインすることにした。荷物を預け、クラッチバッグだけを持ってビーチに向かう。リゾート地なだけあって、人が多い。水着もどこかで買おうと思っていたが、一日目から海に入る気になれなかった。
早く、彼に会いたい。でも、彼の船に行くことは出来ない。私たちの関係は海軍にも海賊にも知られてはならないから。私は夕方までショッピングを楽しみ、夜は場末のバーにいた。彼があんなにリゾート丸出しの若者向けの歓楽街にいるとは思えなかった。この店は人が少なくて、落ち着いていて、彼が好みそうだと思った。客層を絞るためか、価格設定も少しだけ高め。一人でカウンターにいると、素敵なおじ様たちが声をかけてくれるけど、丁寧に断わっていた。まあ二時間も女が一人で飲んでいれば仕方の無いことかもしれない。そんな私の手元には可愛げのないウイスキーのロック。浮いた氷を指でくるくると回す。これを飲んだらホテルに戻ろう、そう思った時また声をかけられた。

「お嬢さん、ひとりかい?」
「ふふ、お嬢さんなんて呼ばれる歳じゃないわ」
「おや、そうかい?とても素敵な少女のような瞳をしているのに」

そう言って微笑む身なりのいい人は、大人の遊びが上手な人なのだろう。この人にもう一杯くらい付き合ってもらおうか、そう思って口を開いた時だった。

「悪いがこいつは俺のなんだ」

後ろから聞こえた声に顔がふにゃりと緩む。振り返れば、彼が立っていた。

「はは、君のその顔を見たら僕は引くしかないな」

そう言って紳士は去っていった。ベックは何事も無かったかのように私の隣に座った。

「まさかとは思ったが、本当にお前だったとはな」
「そんなに驚いている風には見えないけど」

私がそう言うと、彼の顔が近づいてくる。彼が近づくと、ふわっと海の香りがする。私が微笑んだのに気づいて、彼が止まった。

「何かあったか」
「いいえ、貴方の匂いがするなあと思って」

私がそう言うと、彼の唇が私に触れた。何度も何度も繰り返されるその啄むようなキスに私が根を上げた。

「…ん、ベック」

私のその声に彼のキスが止まった。

「今日、泊まっていく?」
「ああ」

私たちはホテルに戻り、会えなかった時間を埋めるように愛し合った。

二日目は、ホテルで朝食を済ませた後、二人で私の水着を選びに出かけた。
三日目は、昨日買った水着を着た。彼が手配してくれた小さなプライベートビーチで夕日が沈むのを見た。
四日目は、ホテルのバルコニーで二人でお酒を飲みながら本を読んだり昼寝をして過ごした。
五日目は、島の観光地を一頻り楽しんだ。有名な滝や、ショッピングモール、島の記念館。“普通”のカップルがするような“普通”なデートをした。
六日目は、朝から互いに口数が少なく、二人でホテルに引き篭もっていた。

「どこか行くか?」
「ううん、このままでいい」

ソファに座る彼にもたれたまま答えた。彼の肩口に額を擦り寄せる。

「また、会えなくなるね」
「ああ」
「次会えるのはいつかしら」
「……ああ」
「もう、それじゃ答えになってな、」

私が言い終わる前に彼の唇が私の口を覆った。

「……ベック」
「抱いてもいいか」
「え?まだ明るい時間だけど…」
「嫌か」
「そんなの、嫌なわけないじゃない」

そう言って彼の上に跨った。私がソファーから落ちないように腰を支えてくれたが、少し手つきがいやらしい。彼の大きな手が腰から背中にゆっくり上がってくる。この時間が永遠に続けばいいのに、そう思った。

七日目は、朝早く起きて荷物をまとめていた。この島から海軍本部までは早くても半日かかる。今日はもう、帰らなくてはならない日。つまりそれは、彼と別れなくてはならない日なのだ。

「ナマエ、早いな」

ゆっくりと起きてきた彼に軽くキスをする。

「今日はもう、帰らないといけない日だから」

バッグに荷物を詰めながら答えた。ふわ、と背中が温かくなる。私のからだは彼の大きな体にすっぽりと収まってしまう。

「…珍しいね、そんな風に甘えるの」

彼に抱きしめられても荷物をつめ続ける私に、抱きしめる力がほんの少しだけ強くなった。

「……このまま、お前を攫ったら怒るか?」
「…そんな度胸、ないくせに」
「……そうだな」

私は彼の腕のなかでくるりと向きを変え、彼の胸に抱きついた。

「…ナマエ」
「次会うまでの充電」
「……ああ」

しばらく抱き合ってから、私達はホテルを出た。そして、定期船乗り場から少し離れたところで足を止めた。

「乗り場が近くなると海兵が増えるから、この辺りでいいよ」
「そうか」
「じゃあ、…またね」
「ああ、気をつけて帰れよ」
「貴方も気をつけて、海軍に捕まらないようにね」
「フッ、そうだな。気をつける」

こんな茶番みたいな会話でもいい。もっと続けていたい。そう思いながらも、私は触れるだけのキスをして、彼に背を向けた。一歩二歩と歩く度に寂しさが募る。それでも私は振り返らずに、足を止めなかった。振り返らない、絶対に。
船着き場まで歩くと、大きく息を吸った。

ああ、彼の匂いだ。


反目すべき恋


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