「あら、珍しい」
「あ?…ああ、お前か」

食堂で遅めの昼食をとっていると、少しだけ懐かしい顔を見た。周りの海兵たちも彼の威圧感に気圧されている。そんな彼に、私は当たり前のように話しかけた。

「今はG-5支部だっけ?」
「まあな」

彼はわたしの正面にどかりと座った。手に持っているトレイにはAランチのカレーライス。海軍学校時代を思い出した。私たちは毎日向かい合ってお昼を食べていたっけ。当時は時間が無い中、味もわからないまま口に突っ込んでいたことを思い出した。
フォークを手に取った彼を見ながら私は口を開いた。

「私、貴方はエリート街道まっしぐらかと思ってたのに」
「うるせェ」

その返事を聞いて安心した。飛ばされても彼は腐っていないようだ。

「でも今や中将だもんね、すごいすごい」

相変わらず渋い顔をしている彼に微笑みかけた。彼は必要最低限のことしか喋らない人だから返事は期待していない、のに、珍しく返事が返ってきた。

「…お前はどうなんだ」
「え?」
「本部でどっかの部署まとめてんだろ」
「……はあ、なにそれ嫌味?」
「あ?」

海で大活躍する彼と、机に齧り付いて動けない私。比較するなんて、とてもじゃないけど出来なかった。

「私だって海に出て海賊たくさん捕まえたいのに、私が捕まえてるのは書類に中々判を押してくれない将校たち」
「……」
「階級だって大佐止まり。まあやってることは事務職の子たちと変わらないんだから仕方ないわよね」
「…大将付きの仕事もしてるって聞いたが」
「ああ、時々ね。秘書みたいなものよ。ま、人には役割ってものがあるわけだし、与えられた仕事はちゃんと全うするけどね」

そう言いながらアスパラを口に放り込んだ。普段、周りに同期なんていないからすぐに口をついて愚痴が出てきてしまう。彼は黙々とカレーを食べている。

「愚痴なんて貴方に言っても仕方ないわよね。ごめんなさい」
「いや、構わねェ」
「ふふ、優しくなったわね」
「馬鹿言え」
「たしぎちゃんのおかげかしら」

黙ってカレーをかき込む彼を見つめる。

「最近ヒナとは会ってる?」
「いや」
「そうなの?ヒナも少将だし忙しいだろうから私も会ってないんだけどね」
「そうか」
「うん」

どうして私はヒナの話なんて持ち出したのだろう。今の彼との共通の話なんてないのだ。海軍学校時代なら、事欠かなかったのに。

「ナマエ」
「ん?」
「お前、見合いしたんだってな」
「ゴホッ」

彼の口から“見合い”という言葉が飛び出したことや、どうしてそれを知っているのかと言った疑問が頭を駆け巡る前に驚いて咳き込んでしまった。

「本当だったんだな」
「ど、どうしてそれを……」
「あ?噂になってたからな」
「貴方にまで届く噂ってどういうことよ…」

鈍感な彼は、そういった他人の噂など基本的に耳に入れない人だ。確かに私は、とある海軍将校の勧めでお見合いをした。相手は、海軍の通信室の室長だった。

「どうだったんだ」
「へ?なにが?」
「見合いだ、見合い」
「ああ、…断ったけど」
「そうか」
「うん、……ってそれだけ?」
「あ?」
「はあ、…まあそうよね、スモーカーだしね」
「…お前、大家族作るの夢じゃなかったか」
「…よく覚えてるわね」

海軍学校時代にそんな話をした気がする。私はひとりっ子で両親との三人暮らしだったため、大家族や兄弟姉妹に憧れていた。自分が母になるなら、たくさんの子どもに囲まれたいと思っていた。

「でももうこの歳だし、子ども産むなら早くしないと、とは思ってるけどね。けど、やっぱり仕事が一番かな」
「あんなに文句言ってたじゃねェか」
「そ、それとこれとは話が別なの」
「そうかよ」
「スモーカーこそ、どうなのよ」
「あ?」
「結婚、とか」
「あー…」
「えっ、相手いるの?」

まさかそこで濁した返事をされるとは思っていなかった。

「てんめェ、失礼だろうが」

彼もいい歳だし、そういう人がいても何もおかしくない。一気に私が知っている彼が遠くなってしまった気がして、胃がきゅ、っと締まった。

「そ、っか、いるんだね良い人。ごめんなさい」
「いやいねェ」
「何それ!?私謝り損じゃない!」

もう冗談なんて珍しいこと言わないでよ、と私はお茶を啜った。

「結婚を考えた女はいるけどな」

そう言って真っ直ぐ私を見る彼の目に、何も言えなくなってしまった。こんな時だけ目を合わせるなんて狡い。
ふと気付けば、私のお皿も彼のお皿も空になった。

「すぐ戻るの?」
「これでも忙しいからな」
「そう、気をつけてね」
「ああ、いってくる」

ガタガタと椅子を引き、トレイを持って立ち去る彼の背中を見えなくなるまで見つめた。


厄介な(ひと)
わたしのこと、好きなくせに


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