朝、目を覚ませばまた“今日”が始まる。ずっとずっと変わらない日々。私はきっと、死ぬまでこのままなのだろう。
「今日は何を考えている」
私は起きてすぐ体を起こし、窓を見ていた。彼が起きるまではベッドから出てはならない。それが、ルール。そして起きた彼はそんな私を見てそう聞く。これも毎日同じ。
「……特に、何も」
「そうか」
彼の声が少し明るい。私が三日ぶりに口を聞いたからだろうか。ギシ、と彼が動いた音がした。背中から抱き寄せられ、首筋にキスをされる。私は受け入れるでも拒むでもなく、時が過ぎるのを待っていた。
「お前が欲しい」
数年前、そう一方的に告げられ私は連れ去られた。私が育った家で最後に見たのは、無惨にも息絶えた両親だった。私を連れ去るだけで良かったのに。ふたりの命を奪うなんて。
その日から彼との生活が始まった。
全て彼のしたい時にしたいように身を任せた。そこに私の意思は、ない。ただ彼を拒むこともない。私は両親からもらったこの命を何があっても守ると決めた。それだけが、私の支え。
私の両親だけではなく、彼に殺された人は沢山いる。尊い命、なんて彼の辞書にはないのだろう。いずれは、私も、と思う。
「ナマエ」
「……」
「今夜は一緒に過ごそう」
「……」
いつも一緒に過ごしてるではないか、と思いながらも私は特に返事をしない。そんな私に何故、彼は声をかけてくるのだろう。絶対に言うことを聞くと分かっているはずなのに。彼に手を引かれ、寝室に向かう。そういうことか、と思いながらも特に抵抗はしない。寝室に入るとそのままベッドに座らされた。
「ナマエ…」
彼は私の名を呼びながら、私の頬をするりと撫でた。その手つきは、あんなにも容易く人を殺めることが出来る人とは思えないほど優しい。
一瞬、勘違いしそうになる。
この人は、本当は普通の人なのではないかと。
しかし私を攫っている時点で普通ではない。この人は、今私の頬に触れている手で、私の両親を、スカイピアの人々を殺してきたのだ。
そう思っていると少し肌寒くなった。考え事をしている内にシャツを脱がされていた。肩に吸いつく彼の唇が厚い。時々這う舌がざらざらと生々しい。それすらも他人事のように思えてしまう。
私が連れ去られた後もほかの女性が攫われてくるものだと思っていた。しかし、この生活が始まって以降、私の知る限り私以外の女性はいない。もう何年も経つというのに。彼は、毎日飽きることもなく私に愛を囁く。
「ナマエ、愛している」
私はそれに答えない。表情も変えない。それでも彼は満足気な顔をし、私を抱くのだ。
朝起きると、髪に何かが触れている。ぼんやりとした意識の中でその何かに縋ってしまいそうになる。優しい手つき。心地よい人肌。でもここには、私と彼しかいない。
「ナマエ、起きたのか」
髪に触れていたのは彼の手だった。指で私の髪を梳き、ひと房手に取りそこに唇を落とす。
「……はい」
「ナマエ」
「……」
「ナマエ、私は強い。私より強い男はいない」
「……」
「お前には、私しかいないのだ」
彼の傲岸で不遜な態度にじわじわと怒りが湧いてきた。今までだって怒りがなかったわけではない。でももう、限界だった。
「貴方は、」
私が喋ったことに驚いたのか、目を見開いてこちらを見ている。私は初めて彼の目を見つめた。
「貴方は強くないわ。何も、強くない」
私のその言葉に彼はまた満足気にニヤリと笑って私を抱き締めた。私のことを胸に抱きながら、彼はいつものように言った。
「ナマエ、愛している」
狂った二人
私はそれに、答えない