静かな海に、電伝虫の声が響いた。もうすぐ陽が落ちる頃だ。はいはーい、と言いながら電伝虫の受話器を上げた。

「はい、マリンマサラです」
『ナマエか』
「はい、そうですけど…」
『カタクリだ』
「電話なんて珍しいですね、どうかされました?…って注文ですよね」

すみません、と言いながら引き出しを開けメモを取り出しペンを握った。確実にスパイスが欲しい人は電話をかけてくることが多いが、彼の注文は基本的に和三盆なので数ヶ月に一度特に前触れもなくやって来る。

「それで、何をどのくらい用意すれば…」
『砂糖を30kg』
「えっ、和三盆を30kgはお時間いただきますし、ひと月前に5kgお買い上げいただきましたよね?」
「今回は普通の砂糖でいい」
「普通の…?万国にたくさんお砂糖ありますよね?」
「…………」
「…カタクリさん?」
「今、砂糖不足でな」
「そうなんですか?でも30kgじゃ足りないんじゃ…」
「いや、30kgでいい」
「そうですか?えっと、ご用意は可能ですけど…」

何か少し様子がおかしいと思いながらもお客さんの要望には応えるのがモットーだ。

「では頼む」
「いつ頃取りに来られますか?」
「今回は配達を頼む」
「万国に、ですか?」
「ああ、来られるか」
「はい、多分大丈夫だと思いますけど…」
「その時はコムギ島に直接来て欲しい」
「……あの」
「なんだ」
「何かあるんですか?」

なんだか誘導されている気がする、のは気のせいだろうか。

「特に何も無いが」
「でも、いつも取りに来てくださるし、わさんぼんしか頼んだことないし、それにコムギ島に来いだなんて…」
「俺が忙しいだけだ。30kg用意出来たら頼む」
「えっ?あの、カタクリさ…………切れた」

少し不審に思いながらも、砂糖を用意するため馴染みの島に向かうことにした。








二週間後。私は万国周辺の海に来ていた。

「コムギ島は、っと……」

海図を確認しながら目当ての島を探す。全体的にポップな印象を受ける島々だ。船着場を見つけ、船をとめる。上陸したのはいいものの、詳しい配達場所は聞かされていない。昨日取り敢えず到着時間だけを連絡しておいた。その時は港で待っているように言われたから遣いの人が来てくれるのだろう。そう思いながら船のロープをきつく縛り、甲板の上の砂糖袋を見つめた。

「ナマエ」
「えっ、あ、カタクリさん…?」
「よく来てくれた」
「…いえいえ、はい、まあ、配達ですし」
「……どうした」
「いえ、まさかカタクリさんが迎えてくれるとは思わなくて」
「…頼んでいた砂糖は」

あ、スルーされた。そう思いながらも甲板の砂糖を指さす。

「アレです。10kgの袋三つですね」
「俺が持つ。着いてこい」
「はーい」

甲板の砂糖をかるがると持った彼の後ろを着いていく。相変わらず大きい人だ。コムギ島の街並みを眺めながら歩いていると、高級店が立ち並ぶような一等地のとある建物に入っていった。私が入るのは躊躇われる程ラグジュアリーで上品な空間がガラス越しに見えている。超高級店の佇まいだ。しかし、商品は一切並べられていない。私が店の前でポカンとしていると、カタクリさんがドアを開けて待ってくれていた。慌てて中に入ると、やはり高級ブティックのようなシャンデリアやカウンターが見える。お店の真ん中にあるガラス張りの螺旋階段を上がれば上にも同じような空間が広がっているのだろう。ここは、なんの空間なのだろうか。まさかカタクリさんの家の玄関…?などと頭の中で考える。店内に黙って佇むカタクリさんはキョロキョロと辺りを見渡す私を見ていた。

「あの、カタクリさん…?」
「これが今回の報酬だ」

そう言って差し出されたのは鍵だった。アンティークに見えるが実際は新しいものなのだろう。

「……鍵?」
「ああ」
「…これ、アクセサリーのパーツだったりします?」
「違う。この店の鍵だ」

その言葉に目眩がした。

「お店の鍵?」
「ああ」
「今私たちがいる、この店の鍵ですか?」
「そうだ。ここにお前の店を作って欲しい」
「何度も言ってるじゃないですか、私の店は“船”だ、って」
「……支店はどうだ」
「もう、そういうことじゃないんですって」
「どうしてもだめか」

身長5mの人間が何を言っているのだろうか。何故それを少し可愛いと思ってしまう自分がいるのだろうか。

「あの、ご贔屓にしてもらってますし、気持ちは本当に凄く嬉しいんですけど……」
「では別荘として使え。上には居住スペースもある」

あまり失礼の内容にお断りの言葉を考えていたらさらに斜め上の答えが返ってきた。

「別荘!?こんな一等地の一番いいお店を、ですか」

他の人にテナントとして入ってもらった方がいいに決まっている。

「ああ。もうお前のものだ。好きにするといい」

あっけらかんと言い放った彼に開いた口が塞がらない。これ以上彼を説き伏せることは無理だろう。

「…わかりました。時々遊びに来ます。この島美味しいもの沢山ありそうですし。その時はお菓子でも作りますから食べに来てください」
「いいのか」
「はい」
「それなら、」

一瞬彼の目がギッ、と締まった。人ひとりなら殺せそうな視線だ。私は次の言葉を待ち、ゴクリと空気を飲み込んだ。

「ラクガンがいい」
「……っ、ふふ。わかりました」

相変わらずの彼の言葉に笑いをこらえることが出来なかった。私の返事を聞いた彼は、いつもと表情は変わらないがどことなく嬉しそうだった。


コムギ島へご招待
「あと、シュガーラスクとドーナツも頼む」
「あの、私パティシエじゃないんですけど」


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