ベックマンは階段を降りていた。急に襲撃をしてきた身の程知らずの海賊船の貯蔵庫へと繋がる階段だ。あっという間に制圧されたその船は沈ませてしまうのは可哀想だということで、酒だけ貰って離してやろうという事になった。上のフロアにもかなりの量の酒があったがベックマンは煙草もどこかに蓄えていないか確かめるため物資の貯蔵庫になっているだろうそこを目指している。階段を降り、一番下まで行くと分厚い扉が見えた。恐らく食物庫だろう。酒があるかもしれないとその扉を開けた。室内は真っ暗で物音もしない。湿度や温度を保つためか金属の壁のせいで少しひんやりしている。見渡せば、玉ねぎやじゃがいもなど日持ちしそうな野菜と小麦などの穀物が積まれている。すると、積まれている木箱の向こうに鉄格子のようなものが見えた。捕虜でもいるのだろうかとその檻に近づいたベックマンは中を見て息を飲んだ。

「……、おい」

檻の中には小さな子供がいて薄汚れたワンピース一枚で横になっていた。問いかけにピクリと動いたのを見て、檻の鍵を銃のグリップで殴り無理やり外した。

「歩けるか」
「……」

問いかけに答えるどころか動く気すらないらしい。と言うよりも動けないのだろう。ベックマンは手を伸ばしその子供を檻から引っ張り出した。そのあまりの軽さに力の加減をしながらもその子供を抱き上げ、反対の手で持てるだけの酒瓶を持って甲板へと戻っていった。







甲板に出てきたベックマンにシャンクスが声をかけた。

「ベックマン!酒はあった……か、って…ガキか?」
「ああ、監禁されていたらしい」
「んー?女の子か」
「そうらしいな」

日に晒されたその子どもは髪の長さと顔立ちから女の子のようだ。

「この船に残しておいても死ぬだけだな。よし、連れて行こう」
「そういうと思って檻から出してきたんだ」
「治安の良さそうな島で下ろしてやろう」

ベックマンの腕に抱かれたまま動かない少女は、そのまま赤髪海賊団の船に連れられ面倒を見られることになった。








次の日の朝、甲板で騒ぎが起きていた。

「なんだー?どうしたお前ら」
「お頭!あの女の子がいません!」
「ああ?医務室に寝かせてたんだろ?」
「朝見たらもぬけの殻で」
「そのへんフラフラしてんじゃないか?」
「でもあんなに痩せ細ってたのに…」
「お頭」
「おう、ベックマ………猫?」

そう話していると甲板にベックマンがやって来た。その足元には白い猫がまとわりついていた。ベックマンの足首に体を擦り寄せている。

「朝起きたら部屋の前にいてな。ドアを開けてからずっとこの調子だ」
「昨日猫も一緒に乗せちまったのか?」
「いや、コイツは多分…」

すると、ボフンと音を立てて白猫が煙に包まれた。

「おっと、能力者か?」

シャンクスがそう言って目を凝らすと、昨日の少女がそこに立っていた。シャンクスが屈んで少女に声をかけた。

「嬢ちゃん、名前は?」
「なまえ…?ナマエ」
「何の能力者だ?」
「のーりょく…あくまのみ?」
「おう、そうだ」
「えっと、ねこねこ。ねこねこのみ、しゅねーばいす」
「シュネーバイス、…モデル白猫か」

ベックマンがそう言うとシャンクスは少女を見つめた。

「ナマエ、どうしてあの船にいたんだ?」
「ふね……かいぞく?」
「ああ」
「つかまった」

ところどころ言葉が難しいのか少したどたどしいがきちんと質問に答えている。海賊には捕まったと聞いてベックマンは納得がいった。

「脅威の小さい能力だからな、見せ物として売られそうになっていたんだろう」
「かもな。安心しろ、お前のことは安全な島まで送り届けてやるからな!」

そう言ってシャンクスは、ナマエの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「……?」
「やはり、歳のわりにあまり言葉がわからねえようだな」
「まああんな船にいたんじゃなあ」

そうシャンクスが言った瞬間、足元からぐうう、と地を這うような音が聞こえてきた。

「あっはっは!とにかくメシだな!」
「めし!」



食堂に移動し、ベックマンが座ると横を歩いていたナマエも隣に座った。座ったというか、椅子をよじ登っていたのを見かねたベックマンが引き上げ座らせた。するとヤソップとルゥが笑いをこらえていた。

「本当にベックマンのそばを離れねえなあ」
「あんなに強面なのにな」
「だっはっは!ベックマン!お前ナマエの世話係な!」
「お頭……」

シャンクスにそう言われ、ベックマンは右手で額を抑えた。
食堂にはクルーたちの朝食も用意されていた。船医に頼まれコックがナマエの為にと消化にいい粥を作ってくれていた。

「ほら、まだ胃が追いつかねえから粥を…」

そうベックマンがナマエの前に皿を置くと、ナマエはベックマンの前に用意されていた朝食を指さした。

「さかな!」
「いや、お前はこっちを…って」

ナマエはベックマンの皿の上の魚を手で掴み、そのまま食いついた。口の周りは魚とバターでどろどろだ。

「…………」
「うまい!」
「だあっはっは!レディとして育ててやれよ」
「……はァ」

賑やかな食堂にベックマンの溜め息が掻き消された。








「だいぶ毛並みが良くなったな」
「にゃーお」

ベックマンの膝の上にいる白猫は背中を撫でられているのを満足そうに受け入れている。

「結局降りなかったな、ナマエ」

ヤソップが二人の、いや一人と一匹の姿を見てそう言った。治安のいい島にナマエを降ろそうと、その島の教会に頼み引き取ってもらおうとしたが、ナマエはベックマンにしがみつき離れなかった。無理矢理剥がそうとしたが、猫に姿を変え船の中を飛び回り、結局シャンクスが折れ、連れていくことになった。
それからナマエは、船の中で雑用を手伝うようになり、少しずつベックマンから離れて行動するようになった。






「せんたく!おわった!」

そう言いながら顔を泡だらけにしてベックマンの元に走り寄った。トタトタと小さな足音が耳に残る。

「ああ、えらかったな」

ベックマンはその顔の泡を手で拭ってやり、反対の手で頭を撫でてやった。すると、猫耳と尻尾がポンッと生えた。しっぽがゆらゆら揺れている。ナマエはリラックスしたり嬉しい時に猫耳と尻尾が出る。それを見て、ベックマンも満更ではない表情だ。すると、甲板の先から大きな声が聞こえてきた。

「魚が釣れたぞー!デカいやつだ!手伝ってくれー!」
「さかなっ!?」

ベックマンに撫でられていたナマエはボンッと白猫に姿を変え、釣竿を持ったクルーの元に走り出してしまった。

「にゃー!」


いごのしろねこ
「やれやれ」
「あっはっは!ベックマン、魚に負けたな!」



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