「若利くん」

少し向こうから歩いてくる彼の名を呼んだ。一瞬キョロキョロした後、私を見つけたのだろう。白い息を吐きながら真っ直ぐにこちらへ歩いてきた。

「すまない、待たせたか」
「ううん、来たばっかりだから大丈夫」

寒くはないか、という彼にポケットからカイロを取り出し見せた。

「あ、若利くん。あけましておめでとう」
「ああ、あけましておめでとう」
「今年もよろしくね」
「ああ」

どちらともなく人の波に乗り、初詣へと向かう。私たちの距離は恋人にしては少し遠い。

「若利くん、初日の出は見た?」
「テレビで流れていたのを見た」
「そうなんだ。うちはね、家族で近くの山登って見てきたよ」

車で行ったから着くまで寝ちゃった、と言えば彼は少しだけ口角を上げた。人が増えてきたからか時々当たる若利くんの腕にドキドキする。周りを見渡せば部活の仲間と来てる高校生や家族連れ、カップルだらけだ。そのカップルたちはみんな手を繋いでいたり、腰に手を回していたり、私には刺激が強すぎる。なんとなく気まずくなって若利くんに声をかけた。

「ねえ、帰りに屋台で甘酒買って飲もうね」
「ああ」

若利くんは最低限の会話が基本らしく、あまり話さない。私はそれでも若利くんといる時間が好きだし、一緒にこうして並んで歩けるだけで幸せだ。それを天童くんに伝えたら「中一のカップルみたい」と言われ、頬を膨らませた記憶がある。
確かに私たちはプラトニックだし、キスをしたのだって片手で収まってしまうくらいしかしたことがない。単純に若利くんの忙しさやタイミングが合わないことが重なり私達は進展というものを放棄してしまったのかもしれない。それでもわたしは構わない。少し、寂しい気もするけれど。

「もうすぐだね」

お賽銭を入れるまで途方もない時間がかかるのが初詣というものだ。しかし若利くんとたわいもない話をしていたらあっという間に列が進んだ。お賽銭を放り込み、手を合わせる。横で若利くんも同じように手を合わせたのがわかった。


今年も若利くんにとって最良の年になりますように。


自分のお願いなんて二の次だ。本当は、来年もこうして若利くんと初詣には来れたらいいな、と思っていた。でもそれが、その願いが彼にとって邪魔になる日が来るかもしれない。
顔を上げると、ちょうど彼も終わったのか手を差し伸べられた。

「はぐれないように」
「…うん」

確かに初詣の最前線から抜け出すのは至難の業だ。その手を掴み、人の波をかいくぐって屋台が並ぶ参道へと抜けた。

「甘酒だったな」
「うん、私買ってくるよ」
「いや、お前はここで待っていてくれ」
「いいの?ありがとう」

参道の端に寄り、屋台の方へ消えていく彼を待つ。離れてしまった手の温もりが恋しい。遠くなっていくその大きな背中を見て、少し胸がざわついた。高校三年の一月。私と彼の進路は違う。それはお互いわかっている。でも、新しい生活が始まったらこの関係をどうするか、ということは話していない。彼が遠距離恋愛を望まなければ、私たちの関係は終わるのだろう。そう考えるとなんて脆いんだろう、私たちを繋ぐものは。

「熱いから気をつけろ」

目の前に差し出された小さめの紙コップに一瞬反応が遅れた。

「あ、ありがと」
「…どうかしたか」

若利くんは私が受け取ったのを確認してから少し伺うようにそう言った。

「ううん!何も無いよ、ちょっと寒かったけど甘酒温かいし大丈夫」

若利くんも冷める前に、と促せば彼も甘酒に口をつけた。私たちは甘酒を飲みながら駅までの道を歩く。お正月だからといって若利くんのルーティーンを狂わせたくはない。それに寮生活を離れ実家に帰っているのだから、家族での予定もあるだろう。そう思って、早めの解散をお願いしていた。

「そう言えば、若利くんは何をお願いしたの?」
「………天童が」
「…天童くん?」
「願い事は人に言うと叶わなくなると言っていた」
「あー、確かにそう言うよねえ」

そっか、じゃあお互い秘密になっちゃうね、と言うと彼が足を止めた。

「若利くん?」
「来年も」
「?」
「来年もお前とこうして初詣に来れるように、と手を合わせた」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。かああっと顔に熱が集まるのがわかる。

「そ、れ、私に言っていいの…?」
「お前に直接言った方が叶う気がした」
「それも、そうだね…」

平然と言葉を紡ぐ彼に、私はついていけない。来年も?ってことは今年もこの関係を続けていくつもりってこと、でいいの?距離が離れても、毎日会えなくなっても、あなたを好きでいていいの?あなたも私を好きでいてくれるの?

「お前はどんな願い事をしたんだ」
「私は…今年も若利くんにとって最良の年になりますように、って」

少し目を丸くした若利くんの顔は珍しくてじいっと見てしまった。

「若利くん?」

それ以降反応がない彼に繋がれていた手を少し引っ張った。

「お前はいつも俺に、最良の結果をもたらしてくれる」
「へ?」
「離れても、それは変わらない」
「若利くん…」

涙声になってしまった私の顔に彼の手が触れた。

「卒業しても私でいいの?」
「ああ」
「年に数回しか会えなくても、それでもいいの?」
「ああ」
「私たち、体の関係もないけど、それでもいいの?」
「……それは近々なんとかしよう」

若利くんのその言葉に思わず笑ってしまった。


今年も貴方とこうして
笑って過ごせたらそれでいい

fin.


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