「あ、一護だ」
「よう、お前も帰りか?」
そうだよー、と返事をしつつ心の中でガッツポーズをする。一護がここを通るであろう時間ぴったりに合わせることが出来た。私は女子高に通っているから、一護に会えるのはここしかない。
お隣さん同士だから自然と隣を歩いてくれる一護に笑みが零れる。
「ん?なんかいいことでもあったのか?」
「えへへー、わかるー?」
「そりゃ、そんな顔してればな」
「ふっふっふ、秘密だけどね」
なんだよ、と言葉はぶっきらぼうだけど聞いてくれる一護は本当に優しい。そんな一護が好きなんだ。
それでも私たちは多感な時期を生きる高校生なわけで。微妙に空いた二人の間がもどかしい。どうにかしてこの距離を縮めたい。
「一護」
「ああ…って、何してんだよ!」
私は隣を歩く一護の前に回り、彼の胸元に顔を寄せ、そしてくんくんと匂いを嗅いだ。それに驚いた一護は立ち止まり、こちらを見ている。
「一護さ、キンモクセイの匂いがするね」
「ああ?そうか?」
腕を鼻に近づけ、学生服の匂いを嗅ぐ一護を見つめる。ごめん一護、本当はそんな匂いしないんだよ。この時期どこでもキンモクセイの匂いしてるもん。そんな嘘をつかなきゃ私は貴方に近づけないの。
「キンモクセイっていい匂いだよね、私この季節大好きだな〜」
「あー、そう言えばさっき井上もそんなこと言ってたな」
ピシリ、と空間にヒビが入ったようだった。ああ、また井上さん。一度だけ、会ったことがある。帰り道、二人が並んでいたのを見た瞬間、息が止まりそうだった。一護と同じ高校で、一護と同じ髪色で、可愛くて、おっぱいも大きくて、優しそうな、井上さん。
「井上さんと、帰ってたんだ」
「ああ、交差点までだけどな」
一護は井上さんのことどう思っているんだろう。近くにあんな可愛い子がいたら、それは楽しい学生生活なのだろう。それに引きかえ、私は。
「井上もさ、キンモクセイの匂いが好きで、今ちょうど満開の時期だか」
「一護」
一護の言葉を遮った。それ以上は、聞きたくない。
「どうした?」
一護の顔を見ると、少し驚いたような顔をしている。普段、一護の言葉を遮ることなんてないから、かな。
「ご、ごめん!わたし今日さ、宿題たくさん出てたの忘れてた!ダッシュで家に帰ってやらないと!じゃあね!」
「お、おい!」
一護の返事は聞かずに、くるりと向きを変え私は走り出した。宿題なんて嘘。貴方の話す“井上さん”から逃げたかったの。
金木犀の憂鬱
金木犀の花言葉は、“初恋”
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