お手をどうぞ、ミスター


「あっこんにちはエドガーさん」

奇跡的に、滅多にない英国の空がからりと晴れた日とこれまた滅多にない練習が休みの日が重なって、久しぶりの外出を楽しもうと街に出掛けた矢先の事。
滅多に聞くことはない、だが聞き慣れ始めている声が頭上から降ってきた。
訝しがりながら振り仰げば、少し高くなったテラスからこちらを見下ろす、イタリアクラブチームのキャプテンの満面の笑みがあった。と同時に、自分の機嫌が急降下していくのが解った。
完全に目は合ったのだが、その場から離れようと足を踏み出すと、ちょっと待ってよ、と声がかかる。
私は嘆息して、もう一度そちらを見遣る。睨むように見上げても、あちらは全く意に介していないようににまりと笑っている。
「こんな所まで何の用だ」
「勿論、エドガーさんに会いに来たんだよ」
ぐぐぐと眉間に皺がよる。不機嫌さを顕わにすれば、冗談だよと両手を上げて降参のポーズをとる。いちいち言動がちゃらちゃらしてカンに障る奴だ。
「あいつがこっちでしか売ってないものが欲しいらしいんだ。俺は付き添い」
親指を立てて後ろを指差しているが、低い位置にいるこちらからは、中にいるそのあいつとやらは見ることができない。店はどうやら雑貨屋のようだった。
「そんなことよりさっ」
アルデナはテラスの端に備え付けられている階段を下りて、こちらに駆け寄ってくると、立ちはだかるように真正面に立つ。今度はあちらが少し見上げる形になる。
「せっかく会ったんだから、どっかでご飯しない?」
一瞬何を言われたか解らなかった。こちらが疑問符を浮かべていても、相手はニコニコと笑って返事を待っているだけのようだ。そして私は一つの答えを導き出した。その答えにカッと頭に血が昇る。
「……ナンパか」
「あっ、ナンパって解ったんだ!」
苛々を抑えてそう言葉搾り出せば、さも驚いた風にアルデナは声を上げた。その言葉に更に怒りが沸く。
なんで私がだとか、面白がっているのかだとか、女じゃないんだぞだとかいろいろと文句は込み上げてくる。
「断る」
それらをぐっと押さえて、アルデナの脇を通ろうとしたが、アルデナはさっと体を滑らせてそれを阻止する。
「エドガーさんて、出無精でしょ」
「なっ」
確かに図星だった。月に2度ほど街に出ればいい方だし、練習が休みの日は専ら読書だ。
だがそれは、サッカーの練習で忙しいからであるし、英国の天気は雨がちで、そうでなくても霧がでていたり曇りが多い。そうなれば自然と篭りがちになるというものだ!
そうだ、それに私はその本を買いにきたのだ。こんな所で油を売ってないでさっさと書店にいきたい。その方が絶対に有意義だ。
「ねぇ、最近この辺りに新しい店が出来たらしいんだ。行かない?」
ぐりぐりとしたインディゴブルーが真っ直ぐにこちらを見上げる。あまりの強い視線に一瞬たじろぐと、その隙にと言わんばかりに素早く私の手首を掴んでぐいっと引っ張った。
「っ、おい、アルデナっ!」
「いいからいいから」
それから、フィディオでいいよ、などと言いながらぐいぐいと腕を引いて歩みを進める。
全くなにがいいのか解らなかったが、私はなされるがままだった。


「ここは…」
「ここここ!こっちのも来てみたかったんだよね!」
アルデナに引っ張られながら着いたのは見るからにイタリアンレストラン。
なんでイギリスまできてこいつはイタリアンなのかと、私がその真意が全く解らずに困惑している一方で、アルデナは、この店最近イギリス展開を始めたんだよなー、と的外れな事を口にしていた。
「さぁ、入ろう!」
イタリア人らしい陽気な笑みをこちらに向けて、最後の一押し。気づけばカランとベルの鳴る扉をくぐって、あれよあれよのうちにテーブルに着かされた。

テーブルに着くや否や、アルデナはメニュー片手にマシンガントークを開始した。
イタリアンは食べたことあるでしょ!この店こっちでも人気でさー、俺も何度か行ったことあるんだ!俺ここのボロネーゼがお気に入りでさ、トマトが効いてて美味しいんだよね!あっこのペンネもオススメ!トマトがゴロゴロ入ってて……そうそうやっぱりピッツァも食べたいよね!これなんかチーズたっぷりでさ、でもここ限定のピッツァもいいよね…いいや二つ頼んじゃえば!
すごい勢いで喋りながら次々と注文していく姿に呆気に取られていると、アルデナが不意にこちらに向いた。
「もしかしてエドガーさん少食?」
いきなり話し掛けられて驚いた上に、またもや図星を突かれて、うっと言葉が詰まる。何故こうも自分の性質を言い当てるのか不思議でたまらなかった。それが顔に出ていたのか、アルデナはただのイメージだけど、正解?と小首を傾げながら笑っている。
「大丈夫だよ、俺が食べるし。ダメだよしっかり食べなくちゃ」
そうからかうように口にするアルデナにムッとしていると、でもそれ以上大きくならなくていいからね、と、またしても訳の分からない事を言っていた。

一緒に食事をするにしても、会話が続かないと思っていた。私は口数が多い訳でもないし、欧州リーグなどで会う事はそれなりにあっても、長く話したことなどない。いつも挨拶程度だ。
しかしそれはいい方に裏切られた。
こんなちゃらちゃらとした男なのだから、話す内容も浮ついた物とばかり思っていた。
しかし、意外にもそのような話は一つもなく、殆どがサッカーの話だった。どこのどの選手が上手いだとか、今の練習内容はどうだとか、国内リーグでは絶対優勝するんだだとか。私は食事をしながら相槌を打ったり時々短い返事をするばかりだったが、どうやら向こうは話し上手のようで、次々と話題を引っ張り出してきては大袈裟な言い回しと手振りで話を続け、それは途切れる事はなかった。
こちらも気を使わずにいられて、出された料理はどれも美味しく、食が進んだ。
何となく食が進んだのは、アルデナとの食事が楽しかったからだとするのは癪だったので、イタリアンがとても美味しかったからだという事にした。
時々、満足そうに笑ってこちらを見られるのには、少々居心地が悪かったのだが。


「うん!美味しかった!」
ぐいっと背伸びをしながら満足げに言うアルデナに、思わずそうだなと返事をした瞬間、自分が目の前の男に絆されかけていることに気がついて、何をしてるんだとペチリと頬を打った。
まぁ食事にも付き合ってやった事だし、もう満足だろうと、別れを切り出そうとした時、不意に先程疑問に思った事を思い出して、どうせなので聞いておくことにした。
「おい、アルデナ」
なあにと振り返って、だからフィディオだって、と笑っている。
「どうしてイギリスまできてイタリアンなんだ?せっかくならもっと他の…」
そう言った辺りで、アルデナがポカンとして、まるで言っている意味が分からないとでも言うような顔をしている。
こちらもそのような反応に疑問符を浮かべていると、アルデナはさも当たり前だというように話し出した。
「えっだって、相手と仲良くなるにはまず自分を知ってもらえって言うだろ…だから俺食べて欲しくて、お気に入りの店…、それにいつもと違うの食べたいだろ……あっ、もしかしてイタリアン嫌だった?!」
話を進めるうちに焦った口調になるアルデナを尻目に、私はその言葉に呆けていた。
それは、つまり、

(私の為――)

ぼっぼっぼっぼっと顔に血液が昇ってきて一気に体温が上がる。小さく舌打ちをして、くそっと心の中で悪態をつく。
アルデナといえば口元に手を当てて焦り顔でうんうん唸っている。こちらの様子には気がついていないようで、とてもありがたかった。絶対今、みっともない顔をしている。
一つ大きく呼吸をして、私はアルデナの手首を掴んでそのまま歩きだした。
「う、お」
アルデナが驚いたような声に構わず、大股でスタスタと歩く。引っ張られて不安定に歩きだしたアルデナも、体勢を整えたようで早足で後に着いて来る。
「えーと、エド」
「この先に、紅茶の美味いカフェがある」
相手の問い掛けを遮って、短く要件を伝える。背後からの反応はない。
「勘違いするな。イタリアの良いところばかり見せられては、英国の名が廃るからな」
今だ反応のない背後を訝しんで振り返れば、これでもかと大きく目を見開いたアルデナが呆けた顔をしてこちらを凝視していた。
やはりなんだか居心地が悪く、すぐに前を向き直る。
後ろから、クスリと笑う声が聞こえた。


「今日はありがと、エドガーさん」
私が紹介したカフェを出てから少し歩いて、アルデナは振り返って言った。
思いの外ゆっくりしてしまい、陽は傾きかけていた。
「紅茶にあんないっぱい種類があるなんて知らなかった!」
後ろ歩きをしながら嬉しげに話すアルデナに、暫し忘れていた気恥ずかしさが思い出されて、私はフイと顔を逸らした。
「エドガーさん」
不意にアルデナが足を止め、こちらを見遣る。つられる様にしてそちらを見れば目が合って、一回大きく胸が跳ねる。ドキンというかギクリというか、とにかく言いも得ない気分になる。
「俺、もう一カ所行きたいとこ、あるんだ」
私は黙ったまま先を促した。するとアルデナは笑って、ロンドン駅、と言った。
「俺とロンドン駅、行かない?」
こちらに手を差し出して、少し低い所からこちらを真っすぐ見詰めてくる。

その手を、私に、取れというのか。

素直に駅まで送ってほしいと言えばいいのに、さっきと同じ様に無理矢理手を引いて連れていけばいいのに、最後の最後は私に選ばせるのか。

(狡い奴め)

少し下を見下ろせば、自信に満ちた双眼があった。
ドクリドクリと心拍数があがる。今、なぜこいつに見られると居心地が悪かったのか、解った気がする。
目の前の男は、絶対的な引力を持っているのだ。全てを引き寄せ、惹きつけ、手に入れようとする、そんな引力。
黒々とした虹彩の奥、高慢なまでの自信と 矜持がはっきり見て取れる。
圧倒されるのだ、その力に。

(だがな)

そう易々と持って行かれてたまるか。
私は固まっていた足を踏み出す。絆されかけてる癖に、と声が聞こえた気がしたが無視した。
ペシリとその差し出された手を叩いて、その脇を通り抜ける。
「今回きりだ」
すれ違い様にそう言えば、アルデナがこちらにバッと振り向いた。
私はスタスタと歩みを進めるが、一向についてきている気配がしない。訝しんで振り向けば、アルデナはその場から動いていなかった。
「何をしている、早くしろ、フィディオ」
そういってから、気恥ずかしさと後悔が沸いて来た。何をやっているんだか。これでは相手の思う壷だというのに。
するとアルデナは太陽のような笑みを一つ浮かべて、こちらに駆け寄ってくる。
その笑顔は、嫌いじゃないと思った。



お手をどうぞ、ミスター
(その手は絶対とってやらない)









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ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
カップリングはフィディオ×エドガーで茨道を進んでみました!布教…だってマークやらディランは皆様が書いてくれると思ったので(笑)
捏造MAX、フィディオの口調迷子ですみませんorz少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。

最後に、企画をしてくださった主催の惺さん、読んで下さった皆さんに感謝を!
海外万歳!!













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