Re:start


使い古してくたびれたシューズを脱いで、靴下も脱ぐ。ジャージのズボンも膝まで捲くりあげる。桟橋の先に座り込んで、足を下ろして流れる水に浸すと気持ちがすぅと落ち着いた。



響木監督から連絡があった。
どこにいるかと聞かれて、暫時いい淀んでいたけど河川敷にいますと答えれば、そこで待っていてくれと言われた。じゃぁボート乗り場の桟橋にいますと言って俺は携帯を切った。


足を動かせば、ぴしゃりと水がはねる。はねた雫が光に反射してキラリと輝く。

ああなんでここにいてしまったのだろう。

ここではいろんな事がありすぎた。
ボールが見えなくなるまで追いかけた。仲間たちと特訓もした。夏の暑い日、駄菓子屋で買ったラムネを飲みながら通った。落ち込んでいたらお前に励まされもしたんだ。いっぱいいっぱい笑ったんだ。

いつも、お前がいたんだ。

きっとここにくるのは仲間たちなのだろう。ここであいつらに、お前に会うのは、つらいかもしれない。
俺はぱたりと後ろに倒れた。すぅぅと長く息を吸って、ぐっと息を止める。落ち着かせるようにゆるゆると息を吐きながら瞼をおろした。
ちゃんと顔を見て言えるだろうか、ちゃんと、向き合えるだろうか。
さらさらと足をなぜていく水が気持ちよかった。どうせなら体内の余分な水分も一緒にさらっていって欲しかった。

ふいに真っ赤だった視界が陰る。俺がゆっくり瞼をあげると同時に風丸、と呼ばれた。
それはもう何年も何年も聴き続けた声。だけどこんなに長い間聞かなかったのは初めてで、改めて離れ離れになっていたことを自覚する。
逆光でよく見えない顔に向けて小さく、円堂、と名前を呼ぶ。一拍開けて、風丸、と返ってくる。
ああこの声が返ってこない事なんてなかったのに、俺は。
のそりと体を起こして、水面から足を引き上げる。そのまま立ち上がって振り返る。
振り返えれば、真っすぐに立つただ一人の人物が目に映る。いつも変わらない姿。俺の慕う、円堂の姿だ。
逆光で見えなかった表情も同じ目線になるとよく見える。少し眉間に皺を寄せた、険しげな表情だ。
その表情にたじろぎながらも、俺はここにきてからずっと決めていた言葉を搾り出すように告げた。

「円堂…もう一度…俺を雷門イレブン、の、チームに…いれてくれ、ない、か」

やっぱり声が震える。あんなにちゃんと言おうと考えてたのに結局俯いてしまった。
怖いんだ、俺は。とてつもなく。
なかなか返って来ない返事に、ああやっぱり、と絶望感が襲う。
当たり前だ、裏切って、あんな事をして、図々しい。
下唇をギリギリと噛み締める。泣きたくは、なかった。

「風丸っ!!」

いきなりの円堂の大声にびくりと体が揺れて、思わず円堂を振り仰いだ。
そこには同じ様に唇を噛み締めて、これでもかって位に眉を寄せて、ひどく情けない顔をした円堂がいた。

なんでお前が泣きそうな顔、してるんだよ。

「…っ、当ったり前だろっ!馬鹿野郎!!」

まるで怒鳴りつける様に叫んだ円堂に暫し呆気にとられていたけど、言葉の意味を理解すると、嬉しくて嬉しくて、胸がいっぱいで苦しくって、自分も同じ様に情けない顔になっていくのが解った。

「っまかせろっ!これからもっと…っ、もっと、速くなるぞっ」

堰をきったようにどっと言葉も涙も溢れてきて、どうしようもなく顔が歪んでいく。視界が霞んでまともに円堂の顔が把握できない。だから余計な水分なんて、さらってほしかったのに。
ひたひたとびしょ濡れの足を動かして、一歩ずつ円堂に近づく。
ゆっくり縮めていた距離も円堂の大きな一歩で一気に詰められて、がしりと抱き込まれる。ぎゅうぎゅうと抱きしめられてまたぶわりと涙が溢れる。俺は円堂のジャージの袖を掴んで握り締めた。すぐ傍から押し殺すような嗚咽が聞こえてきた。

「なんだよ、円堂、なんでお前がっ、泣いてる、んだ」
「…っく、うるっ、さいな!風丸だって、泣いてる、くせに!」

全く同じの二人の様子がおかしくって、二人揃ってヒヒッと笑って、子供の頃の様にわんわん泣いた。

円堂、今度こそお前と走っていきたい。
俺はもっと速くなるよ。誰にも負けないくらい、速く。
ここからもう一度、やり直すんだ。みていてくれ、円堂。



Re:start




ブリザード風丸さん奪還記念。













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