14日の憂鬱


一年で1番好きな日は鬼道さんの誕生日。(あの人が生まれた日を祝わなくていつを祝う!)
そして一年で1番嫌いな日のひとつが、今日だ。


部室のドアを開けば案の定、甘ったるい匂いがした。部活終わりにこの匂いは殺人的だ。疲れた時にはチョコレートと聞いたことはあったが、ここ数日この匂いに囲まれていれば、それだけで疲れるというものだ。
佐久間は深々とため息をつきながらその空間に足を踏み入れる。その横で辺見がうへぇ甘っと呻いた。

本当毎年女子はよくやる、と佐久間は呆れ半分に関心する。
何日も前から計画して、大量のチョコを買い込んで、ラッピングも凝らして、きゃあきゃあとはしゃぎながら、全身からあらゆる甘いものを放出しているが如き女達を、佐久間は理解できないでいた。
高々一日のイベントごときで想いが叶うならそんなものいつだってかまわないだろうし、かさばって重い大量の箱を持ち帰り、処分するこちらの身にもなってほしい。
不幸なことにも当日は日曜ときたものだから、当日渡せないからと金曜にもってくるやつもいた。どうせ明日もってくるやつもいるのだろうからこの匂いとももう少し付き合わなければならないようだ。
そう考えるといくら溜息をついてもバチは当たらないだろう。

「流石にこの匂い、3日はきつい」
辺見は口元に手をやりながらガラガラと窓を開けていた。始めは数を競い合って喜んでいたくせに、と佐久間は辺見のふくらはぎに蹴りを入れながらまっすぐ寺門のもとに向かった。
着替えてる途中だった寺門は佐久間に気づくと承知したように鞄の中からひとつ綺麗に包装された包みを出して、佐久間の突き出した手の上に載せた。
それはリクエスト通り、綺麗な色をしたおいしいそうなフォンダンショコラだった。
料理の上手い寺門に去年リクエストしてから、恒例になったのだ。
チンして食べろと笑いながらいう寺門を咲山が甘やかすなと小突いてる。
「先輩っ」
キラキラと包みを眺めていた佐久間に、ドンと衝撃と共に腕が四本巻き付いてきた。
「先輩先輩!手を出してください!」
声のする下方、くりっとした目を輝かせながら見上げる後輩二人が服を引きながらせがんできた。佐久間が口元を緩めながら手を出すと、掌にちょこんと、小さなサッカーボール柄の包みの球体が2つ。小さいものを選ぶあたり、出来た後輩だ。
「バレンタインです、先輩!」
「ありがとな、成神、洞面」
にかりと笑う二人の頭を佐久間がわしゃわしゃと撫でる。
「ちょっと待ってろよ」
やんわり二人を引き離して自分のロッカーの前の紙袋をあさり、手頃な箱二つを差し出してやる。
「俺からのチョコだぞー」
「えーいりませんよー、先輩のじゃないですかー。くれるんだったら佐久間先輩の手作りがいいです」
「なんで自分から進んでチョコにまみれにいかなきゃいけないんだよ」
「おい成神、俺にはないのか」
「死ねよ辺見。数稼ごうったってそうはいかないっすよ」
「先輩をつけろ!敬語を使え!」
どうやら数を競ってるらしい二人のいつものやりとりを見ていると、ぎいと音をたてて開いたドアから、大量のチョコと一緒に部内一のチョコ獲得数を誇る男が入ってきた。
「大変そうだな、源田」
「少し残っていたら捕まってな」
帰ろうとしていた寺門が声をかけると源田は眉を下げ苦笑を浮かべながら答えた。
「まだ何人か残っていたぞ」
「咲山、一人残らず帰せ」
咲山はそう言う佐久間に溜息をつきながら頷くと部室を後にし、俺まだもらってねぇと慌てて荷物を持って飛びだした辺見を成神が爆笑しながら洞面と一緒に後を追っていった。
ばらばらと部員が帰っていき、残りは源田と佐久間だけになった。
佐久間はベンチに座る源田の横にどかりと陣取り、幸運にも佐久間の手に取られた二つの包みを開けはじめた。
「…食べてるのか?」
さも意外そうに問う源田を横目に佐久間は気まぐれだと答える。
「気が向いた分だけ食べてんだよ。あんなに食えるか」
食べるのは嫌いじゃない。だが量が問題なのだ。実際に佐久間の口に入るチョコは数えられる程だ。
でもこいつは全部食うんだろうな。
律儀で優しいやつだ。受けとった以上は時間がかかってもひとつひとつ食べるはずだ。
バリバリと包みを開けば、甘ったるい匂いがふわりと舞った。中身のひとつはブラウニー、もうひとつはトリュフだった。
佐久間は粉砂糖を纏ったトリュフを口の中に放り込む。
甘い。甘い。
換気して忘れていた胸やけが戻ってきた。この黒い物体は凶器になりうることを改めて認識する。
やっぱり寺門から貰う美味しいチョコ菓子と、成神と洞面からもらう小さなチョコボールで十分だ。
はあ、と吐き出す呼気も甘ったるくて、自分の身体から甘い匂いがするのかと錯覚しそうだ。
「身体中甘くなったみてぇ」
佐久間が咀嚼を続けていると、不意に源田が佐久間の腰を掴むとこめかみに舌を這わせた。
「佐久間はいつでも甘いぞ」
「塩辛いの間違いだろ」
馬鹿じゃないのかと一蹴すれば、ゆっくりと肩に体重がかかり、背中がベンチにつく。源田は佐久間の口の端についた粉砂糖を舐めあげる。
「佐久間からのチョコはないのか?」
「野郎からチョコもらってうれしいかよ」
「ああ嬉しい。佐久間からならな」
「わっかんねぇ」
わからない。チョコをあげようとする気持ちも、もらって嬉しいと思う気持ちも。煩わしい告白に付き合わされて、胸やけしながら処分に困る、面倒なイベント事でしかないのに。
「好意の篭ったプレゼントはなんだって嬉しいもんだろ」
特に好きな奴からはな。
佐久間の頭の中を読んだように源田は答える。ふわりと甘く微笑むその顔になかなか慣れなくて、佐久間はふいと顔を背けた。
「じゃあ俺からの以外食うなって言ったら食わないのかよ」
「ああ食わない」
即答かよ。
はぁと小さく息を漏らして目を合わせれば、瞳の奥にぎらつく光が見えた。
佐久間はまたつきそうになる溜息を飲み込んで、こいつがチョコを消化し終わったころに持って行ってやるかと内心で独りごちると、肩に手を回して喉元に噛み付いた。
一番チョコを食べてるであろう男のそこは甘くもなんともなかった。



14日の憂鬱




バレンタイン源佐久。これくらいの甘さが好き。













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