02
「一体何やったんだよ深司」
リビングの神尾が先に出した出来合いの漬物を食べながら話す。ポリポリポリポリ、音を立てながら話さないでほしいんだよな。しかも俺はまだ台所に立って買ってきた食材を冷蔵庫に直しつつ晩飯の支度してるっていうのに。家主より先に繕いで、何やってる、は自分の方だろ。
「何もしてない」
「そんな訳ないだろ」
昼間の揉め事を何故神尾が知ってるのか。だから共通の知人なんて面倒臭いだけだから嫌って言ったんだ。もし関係が拗れたとしても神尾君には言わない、と言ってた癖に。別に心の底から信用してた訳じゃないけど髪が綺麗な女で気が向いたから相手したってのにやっぱり女なんて好きじゃなくなったら、その前のことなんて綺麗さっぱり忘れたかのように人が変わる。
それに、対して酷い事をした訳じゃない。相手の部屋に数回足を運んで時間を過ごしただけなのに合鍵を渡してくる方が何倍も怖いだろ。最初から俺にそんな気は更々なかったんだ。要らないと言ったら、理由を聞かれたから素直に厄介事は面倒だから御免だから、と答えて帰った。そしたら後日、要するに今日の昼間だけど改めてカフェに呼び出され席に着いて早々に口を開いたと思えば私達は付き合ってるんじゃなかったのと問い詰められるハメになった訳。大体俺は今まで一度だってそんなこと言ったことなかったってのに一体どうやってそんな勘違いをしたって言うんだよ。
「いや、お前が悪いだろ」
「は?意味が分かんないよ。勝手な勘違いをしたのはあっちだろ。何で俺が責められないといけない訳?」
「いや、何で分かんねぇかな」
ほうれん草を束にしたテープを包丁で切り落とす俺に神尾はズケズケと言ってくるけど全くもって分からないし、分かる気がしない。
なにより分かりたい気すら持てない。最近自分でも思うけど、人を思いやる気持ちが自分には欠けてる気がするんだよね。いつだって自分には素直に誠実に生きてるし結果として相手を気遣うことになってるつもりなんだけどさ、どうにも普通と違う気がする。そういうのは全部神尾と話してて気付くことみたい。料理してる間はあんまりそういうこと考えたくないんだけどな。さっきから沸かしてたお鍋にほうれん草を入れた。
「わざわざ先回りして“誤解させたらごめんね”って言わないとダメってこと?誤解した方だって悪いと思うけど」
「……いや俺には難しいことは分かんねえけどさ。別に向こうにだって悪気があった訳じゃないだろ」
あー、本当にイライラする。茹で上がったほうれん草を水切りする。何でイライラはお湯みたいに流れてってくれないんだろうな。空になった鍋を少し乱暴にコンロに置いた。大きな音にびっくりした神尾が俺の方を見る。
「何か文句あんのかよ」
誰のおひたし作ってると思ってんだよ。そう言いかけて辞めた。作らなきゃいい話だ。そう考えたら一気にやる気がなくなった。大体1人ならわざわざ作らないんだよ。
「文句あるのは神尾の方じゃないの?……そもそも、ここ俺の家なんだけど」
「あーそうかよ」
上着と荷物をガサツに持ち上げる音がした。こうなったらどうしようもない。神尾だって1度切れたら暫く収まりがつかないし、少なくとも俺は自分から謝るなんてことはしない。神尾がドタドタと廊下の方へ歩く。靴はいてるみたいな音もした。
「鍵は閉めろよ!」
神尾の声が聞こえて、直後ドアの閉まる音が聞こえた。そんなこと言われなくたって後で閉めに行くし。そういう神尾の根っこの部分、本当にお前は良い奴だよな。嫌になる。
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