夢くらい見せてやりたくて


最近、故郷の海が恋しい。帰りたい、と言えば付いてきてくれるだろうかと馬鹿なことを考えてしまう。彼女の六年間を無駄にさせるほど俺自身にきっと価値はないだろう。中学生の頃はもう少し今より自信家だったことを覚えているが、あれは外の世界を知らなかっただけだ。俺の知っている日本は沖縄で、もっと言うならば比嘉中だった。進学を決意してわざわざ東京に出てくれば沖縄では通用することが通用しない、ここは日本の首都、東京なのだ。馴染めていない俺は未熟者で高層ビルが建ち並ぶ景色にまだ慣れない。

そんな中出会ったのは苗字さんだった。奈良から上京してきた彼女は東京から来たばかりの当時の俺と少し似ていた。電車の切符も買えないで右往左往してる彼女に声を掛けたのは俺です。随分と警戒心のない笑顔で、教えてくれて有り難う御座います、と言われた。其の時に、既に彼女に特別な感情を抱いてなかったか、と聞かれると否定できる気がしません。

奈良には海がないらしいですが、俺と同様東京以外の俗にいう田舎から来たのですから仲良くなるのに時間は掛かりませんでした。途中、彼女が帰省したとも知らず心配していれば、つのの生えたお坊さんのイラストが施されたお菓子を持って、心配掛けてごめんなさい、と言って俺を訪ねた。お土産のセンスに苦笑いしながらも、なら心配かけないように俺の隣にずっと居ますか?と思わず聞けば彼女は、はい!と元気よく初めて会ったときと同じ顔で答えた。

彼女とは同棲しているけれど、結婚が待っているのかと問われると俺は喉をつまらせてしまう。女は男ほど考えてないと言いますからね。それに、例え考えてたとしても彼女を悩ませるだけだろう。悩んだ末、夢をとって俺を捨てる、俺をとって夢を捨てる、どちらにしても俺には酷なことですよ。俺は臆病だ。彼女に傷つけられるのが怖いから、彼女を傷つけてしまうのだから。帰宅してきた彼女に大切な話があると口を開いた。


「別れましょうか」
「……へ?」
「へ?じゃありませんよ、へ?じゃ」
「……私、何かしましたか?」


からかっただけです嘘ですよ、と言って君を抱き締めたくなるのを唇を少し噛んで我慢した。彼女があまりにも俺の目を見るので思わず少し反らしてしまった。それでも俺はしなければいけない、と再び話し出す。


「飽きたんですよ。君といるのがね。もう、子供のお守りは疲れました」


顔を歪ませる君は、俺が見るなかで一番冷たく見えました。



[戻る]



×