短編 | ナノ



今だけで良いから名前で呼んで

※三角関係、悲恋、乱暴


一つ歳上の幼馴染みに恋人が出来た。その日から名前ちゃんは俺を天根くんと呼ぶようになって、俺は名前ちゃんを苗字さんと呼ぶようになった。名前ちゃんは人を見る目がない。小学生の頃も裏でいじめをしてる男を好きになっていた。でも、それも昔のことになっていた。名前ちゃんは人を見る目がある。俺から見ても、誰が見てもサエさんはいい人だ。

夢を見た。名前ちゃんを傷付ける夢を見た。なのに、オレは悦んでいた。保健の授業で幾ら仕方ないことだと言われても俺はずっと慣れないでいる。自分のことを嫌いになる。不快感を無くすためにはシャワーを浴びるのが一番だと気付いたのは、コンナコトが起こるようになってから二回目だ。

嫌なものを見た。学校へ行こうとしたら名前ちゃんとサエさんが手を繋いで歩いてた。サエさん、家こっちじゃないのに。最近、何でか分からないがサエさんを見ると胸がモヤモヤする。たまにサエさんのことを嫌いになりかける。ごめんなさい、サエさん。変な夢も見るし、サエさんは何も悪くないのに嫌いになりかけたり、俺は嫌なやつになったんだ。


***


「天根くん」
「……苗字さん……何すか」
「何よ今の間は」

放課後の教室で宿題をしていたら名前ちゃんが来た。いきなり久し振りに来たからビックリして間を空けたら怒られた。多分、本気で怒ってない。

「サエさんは?」
「委員会」
「暇潰し?」
「あたり」

俺が中学校に入学した時は一緒に帰ろうって俺に会いに来てくれてたのに、今はサエさんが居ないときの暇潰しにしか来てくれない。悲しい。

「天根くん?」

俯いて考えていたら名前ちゃんが俺の顔を覗き込んだ。夢の名前ちゃんが頭に浮かんで顔が赤くなった。こんな顔見られたら困る。ぐっ、と名前ちゃんの肩を押した。

「何もない、こっち来ないで」
「?……顔赤いよ、熱あるんじゃないの?」
「ないから、やめてくれ」

動揺してるから、悟られないようにした。そしたら、そんなに睨まなくても良いのに、と言われて、ごめん、と謝れば許してくれた。名前ちゃんは小さい頃から少し変わった。

「昨日、虎次郎がね」
「……」

聞こえなかった。聞きたくなかった。サエさんのことは好きだ。でも名前ちゃんはもっと好きだ。どうして、サエさんは俺から名前ちゃんを盗るの。ずっと、俺だけのお姉さんだったのに。

「いつから」
「えっ」
「サエさんのこと、名前……」
「え、えっと、虎次郎が呼んでほしいって言ったから……」

俺の時はそんな顔しなかった。照れた可愛い顔。サエさんのことを想った顔。

いらいらする。

ガタンと音がした。ビックリした。目の前の名前ちゃんはもっとビックリしてた。今の音は俺が出したのか。急に立ったから椅子がひっくり返ったみたい。

「どうし」
「どうして、サエさんなの」
「えっ」

名前ちゃんは眉をひそめた。手を掴んだ。肩がびくっと上がって脅えてるのが分かった。ごめん。

「俺の方が、仲良かったのに」
「天根くん……」
「……」

机を避けて近付いたら名前ちゃんはゆっくり後退りした。俺の席は前から二列目だから、そんなのあまり続かない。直ぐに黒板まで行って、俺は名前ちゃんを追い詰める形になってた。

「……離して、」
「いやだ」
「今日、可笑しいよ」
「いつもおかしい」
「昔はそんなことなかったじゃん」
「じゃあ、苗字さんがサエさんと付き合い始めてから」
「……」

暫く沈黙が続いて、名前ちゃんはごめんねと小さく呟いた。俺は嫌なやつだ。それでも名前ちゃんが可愛くて、少し屈んで口付けた。

「だめ、や…やめてっ、」
「やめない」
「どうして、知ってるのに……私、虎次」

今はサエさんのこと話さないで、そうやって俺はまた名前ちゃんに口付けた。初めてしたのに、どうしてだか身体が勝手に動く。上手く息が出来なくて苦しそうにする名前ちゃんに、俺とが初めてするキスなのかと少し嬉しかった。

「何で、こんなことするの……」
「苗字さんもおかしい」
「……」
「先におかしくなったのは、名前ちゃん」
「……天根くん」

少し屈んで、黒板に右手を付いた。名前ちゃんは少し嫌そうな、それでいて複雑そうな顔をして俺を見ていた。でも、俺がさらに近付くと、パッと顔をそらした。きっと俺は嫌われてしまったんだと思う。もうどちみち元には戻れない。それなら……。

「今だけで良いから名前で呼んで」

耳元で静かに囁いたと同時に制服のリボンを外した。


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