短編 | ナノ



眠れずに、待ち続けているのです

※三角関係、悲恋、片思い


 いつからお前はそんなアホになったんや、とは口が裂けても言えなかった。それはきっと俺が、プロテニスプレイヤーになれると思ってるんか、と言われる事と一緒だから。きっと分かっている。無理だと分かっていても、大切なものや好きなものを人はそう簡単に諦めきれない。誰かに言われて自分でも自覚せざるえないことが起きるまで。

 俺はずっとテニスが好きやった。中学にあがって勝つ為につまらないテニスをするようになっても。俺はテニスが好きと同時にこの仲間が大切だったから。何かを我慢させてしまうより、あいつらには笑ってただ子供のようにテニスをしてほしいと思っていた。高校にあがってから謙也に、お前はどうなるんや、と聞かれて言葉を失った。俺はどうしたいんや。

「隈出来とるで」
「……あはは、徹夜しちゃった」

 席について帰り支度をしていた俺が振向けば、二人きりの教室で名前は笑った。せやけど、夕日が作った名前の影は前より猫背になっていて泣いていた。今日もお前は一人で帰るんか。俺が此処に居るやろ、何で一緒に帰ろうって頼らへんねん。

「どうせ連絡なんか来んやろ。良い加減やめぇや」
「何か辛辣になったな。昔は『気が済むまで待っとり』言うてたのに」
「……」

 言いたい事は沢山あった。もう前に進んだらどうや。忘れたほうが早いやろ。俺が隣に居たるやないか。けどそれを全部口に出すことは出来なかった。お前の心はアイツの所にあるんやから。無理なことするいうんは、一番の無駄やからな。

***

 無機質な音が耳元で鳴る。ぷるるぷるる……、ええからはよ繋げてくれや。焦る気持ちが俺を苛立たせる。

「……」
「……何も言わんのか」

 何も言わない電話の向こうを数秒耳を澄まして聞けば、小さな深呼吸の音が聞こえた。そして懐かしい優しい、それでいて俺にとっては憎らしい声が俺の耳に届く。

「……なん」
「いつ帰ってくるねん」
「……名前か」

 その名前か、が名前に聞けと頼まれたのか、ということを意味するのは直ぐに理解した。馬鹿を言うな、と声を荒げそうになる。何故俺が俺自身の傷を穿らなければいけない。ふざけるな。

「はよ、帰ってこいや……」
「どげんした」
「どないも、こないもあるか!お前が帰ってこうへんからっ!」
「……帰れん」
「ほんなら、それ名前に言えや……待ってるんやぞ、……あいつずっと……待っとるんやぞ!」

 中学を卒業してから千歳は学校に来なかった。ユウジと小春と謙也以外は同じ高校に進学したはずやのに。入学式で名前は泣いてた。感動じゃない、裏切られたからだ。名前は千歳と付き合っていた。千歳だって名前を好きやった。一緒の大学に行こうね、と二人が約束していたのを見た。俺は胸が張り裂けそうになるのを我慢して、それでも名前と付き合う前の千歳の素行と付き合ってからの素行を比べて名前に笑い掛けた。それなのに、こいつは名前を裏切った。名前はずっと待ってるんや。お前から振られたのか、振られていないのか。待ち続ければ良いのか、待たなくていいのか。お前にはそれが分からんのか。

「……白石、俺のせいにせんでほしかよ」
「何言うとんねん……」
「白石が名前のこつ好きなんは知っとっと」
「……は」
「俺は名前、幸せに出来んから」
「は、何や、ほな白石に譲ったるってか……お前の女やろ!自分で終い付けろや!」
「白石には分からんたい……もう電話せんでほしか」
「おま、え……お前やないと……」

 あかんねん、と言う前に、ブチッツーツー、と言う音が耳から通って脳を突き刺す。

***

「また寝てないんか、隈出来とる」
「珍しいやん、白石も出来てるよ」
「……大学やったら、一緒に行くから……俺が、代わりになったる。せやから、もう待たんでええんやお前は。もう泣くなや……、あいつは帰ってこんねん……! 」

 また笑う名前を抱きしめた。止めて、と拒絶する名前を自分の力に任せて離さなかった。泣いてるのか叫んでるのか自分でも分からない。名前は優しく微笑んでそして少し困ったように俺の腕から逃げた。
ほら、見てみろや千歳。俺でも全然意味ないねん。お前やから意味があるんやろ。別に名前は誰かと同じ大学行きたい訳やない、そんなん分かってるんや。お前やから、お前と一緒に大学に行く事に意味があるんやろ。何が幸せに出来んやねん、お前以外の誰が幸せに出来んねん。
 そうや、いつだって名前は俺が差し伸べた手を受け取らんし、これから先を俺にくれたりもせん。名前の夢にはいつだって名前と千歳しか居らんくて、千歳にしか叶えてあげられんねや。

(企画へ提出)


[BACK]




×