お前が泣くのは知っていた ※悲恋、三角関係、乱暴? 好きだの嫌いだの、そういう類いの感情はどうしようもない。例え誰かと同じ相手を好きになってしまったとして憎ましいと思うこともあるが誰も悪くないことも分かっている。故に例え俺が誰かを憎ましく思ったとしても悪くないとも言えるだろう。 弦一郎と良く似ている、と言われたことがあったがそれは醸し出す雰囲気が和を感じさせるだけではないのか、と不思議に思ったことがある。それほど自分自身で似ていると思ったことはなかったが苗字を好きだと自覚してからは確かに書道等の趣味は似ていたかも知れないと思うようになった。 苗字は弦一郎を好きだと言うが弦一郎は色恋には興味がない。恋愛相談に乗ってくれ、という良くある話が初対面だった。弦一郎に近付く女は数多くいたが皆弦一郎は相手にしなかった。どうせ無理だろうと思いつつも同じ委員会のよしみで協力した。弦一郎と付き合うことになった、と苗字から報告を受けて初めて苗字に興味を持ったと言っても過言ではない。 弦一郎と昨日初めてキスしたんだ、と俺の見たことのない照れを隠した笑みで言う苗字に心の奥底が熱くなった。その日は苗字に何と返事したのか覚えていない。 *** 休日の有り余る時間を読書にあてた。昨日図書室で借りた本がまだ数ページ残っている。読み進めて、もう残りはあとがきのみになった。その時に、良く鳴る着信音がなった。苗字だ。 「……今から会えない?」 「……家に居る」 「行っていい?」 「……あぁ」 随分と泣きそうな声をしていた。近くまで来ていたのか数分すれば直ぐにチャイムがなった。自室へ案内すれば眉間に皺を寄せて話し出した。聞くつもりはなかったが勝手に話すようだ。だらだらと苗字は話したが要約すれば弦一郎と喧嘩をして飛び出したらしい。 「お前はいつでも感情的だな。少し落ち着くことを覚えろ」 「……それは弦一郎もでしょ」 「お互い様だろう」 もう一つ着信音がなった。鳴ったのは聞き覚えのないもので、苗字の携帯からだった。察するに弦一郎からであろう。出ないのか?と聞けば苗字は無言で下を向いた。苗字の携帯に手を伸ばしボタンを押す。 「もしもし」 「……蓮二か」 「あぁ」 「一緒に居るのか?」 「ついさっき家に来てな」 「苗字はいつも俺を頼らんで蓮二を頼るな」 「それが原因か」 「……友人に対して不粋な考えをするつもりはないが、どうして考えてしまう。すまない。苗字が落ち着くまで優しくしてやってくれ」 「……これは苗字にも言えることだが弦一郎は少し俺を過大評価しすぎる。まぁ弦一郎が言うのならば苗字に、やさしく、接してやろう」 「あぁ、宜しく頼む」 パタン、と怒りを込めて強く携帯を折り畳んだ。信用しきった弦一郎と苗字の対応は俺を見ていないようで苛立たせる。苗字の方を向けば、電話の内容を聞きたくなかったのか俺のベッドの上で耳を塞いで寝転んでいた。 「暫くの間、俺に任せるそうだ」 「そんなことだろうとは思ってた」 そう言いながら伸びをする苗字の突き上げた手を掴んだ。驚いて声をあげる苗字を押し倒し口を手で塞ぐ。 「一つ、忠告してやろう」 「……」 「俺は今、珍しく気が立っている」 「……好きなの……?」 静かになった、と塞いだ手を離せばすかさずそんなことを聞いてくる。確信めいたことを言うつもりはなかったが聞いてくるならば仕方ない。 「あぁ」 「……ごめんなさい」 そう苗字は涙を流した。謝罪の意味は分からないが今の俺にはもはや関係のない話だろう。 「……謝らなくて良い。弦一郎から、やさしく、してやってくれ、と言われているからな」 少し安心した顔で俺を顔を見る苗字の口にキスをした。苗字は、なんで、と言わんばかりの顔をしたが声にならないようで何も言わない。 「今更どうなるとは思ってないさ。ただ俺は弦一郎に言われた通り、俺なりにお前に“優しく”してやるだけだ」 そう言って俺はシャツを脱ぎ捨てた。 (企画へ提出) [BACK] ×
|