短編 | ナノ



死体を捨てに行くような夜

※社会人設定、若干微エロ

月明かりが綺麗な夜だった。繁華街ではない。郊外の住宅地。ボロボロのまるで苦学生が住むようなアパートに彼は居た。呼んだり呼ばれたり、そんな関係ではなく、ただ何となくお互い集まる関係性だった。今晩も、ふと気が向いて向かう。特に何も考えることなく綺麗な月明かりを楽しんで夜の散歩を楽しめば目的地には直ぐに着く。パッと見あげれば、何故か室内ではなくアパートの廊下部分で煙草を楽しむ彼がいた。

「暑くないの?」

一つ声をかけた。彼は声に気付いた瞬間吸いかけの煙草をポイッと足元に捨てて靴底で踏み潰したようだった。私の質問には無視ならしい。顎をクイッと上げて自分の部屋に上がってくるように指示を出す。そのまま彼は部屋へ入っていった。
エレベーターのない彼のアパートを急いで4階まで駆け上がる。別に行為を楽しみにしてた訳じゃない。ただ連絡もなく来た私を待ってたかのようにわざわざ暑い夏の今日、外で煙草を吸ってる彼が愛おしくなった。私を見つけた途端、部屋に戻るのが証拠だろう。
扉を開ける。古いアパートなので軋む音がする。部屋を見渡しても誰もいない。唯一着いてる明かりは風呂場だった。脱衣所は無いタイプなので彼の服が外に脱ぎ捨てられている。何となく気分が上がって風呂場の扉を開けてみる。
自分だけ全裸なのが気に入らないのか、随分としかめっ面でこっちに顔だけ向ける。

「開けんじゃねえよ」

なんだか可愛いじゃん。そんなつもりはなかったけど私は来ていたTシャツの裾を両手で交差させて掴み脱ぎ散らかした。彼は私の意図を読み取ったのか、好きにしろと言わんばかりに顔を再びシャワーに向けて扉が空いているにも関わらず水を出し始めた。

「一緒に入っていい?」

下着のホックを外しながら一応聞いてみる。断られたらどうしようか、と考えていた。でも彼は案外悪い気はしてないのか、勝手にしろ、とシャンプーに手をかけた。私はそれを同意と見なしてラフなズボンと下着にいっぺんに手をかけて纏めてずり下ろす。彼の服と一緒にならないようにポイッと少し離れた場所へ放っておいた。そのまま彼のいる風呂場へ入って扉を閉める。
彼を見てみるとシャンプーを流そうと頭から水を被っていた。何となく愛しく感じる。後ろからギュッと抱きついてみる。

「おい」
「何?」
「洗いにくい、止めろ」

あら、本当にお怒りのようだった。身体を少し話すと彼は髪の毛をワシャワシャと洗い流してシャワーヘッドを掴み取ると私に手渡す。優しく、どうぞ、なんて死んでも言わないだろうけど彼なりの優しさなので受け取り私は身体を軽く洗い流した。時刻は恐らくもう23:00。彼に愛おしさを感じて風呂場まで来たのは良いものの既に自宅で風呂は済ませていた。それを察したのか彼は鼻で笑う。

「何しに入ってきやがったお前」
「なんとなく。そういう気分の時もあるでしょ」
「知らねぇよ」

とは言いつつも満更でもないのか珍しくシャワーヘッドを私の手から奪って少し屈んで軽いキスをくれた。顎をクイッと風呂場の外を指して、先に出ろ、と言いたいようだった。その顎で指示を出す仕草が嫌いじゃなかった。私は大人しく指示に従い外に出る。タオルが何処にあるのか分かる程度にはよく来るこの家に、ボロくはあるが私は居心地の良さを感じている。軽く身体を拭いて胸元でタオルを巻けばもう他には何もすることがない。ただ彼を待つだけ。ベッドと、私が着ける以外で見たことがないテレビ、煙草しかほぼないこの家と、少しの彼の匂い。ベッドに腰掛けて、そのまま枕に顔を埋める。彼の匂いがして心地いいが、あと数年経てば加齢臭でも出てくるのかもしれないと思うと少し可笑しくて、ふふっと笑い声が漏れ出る。

「お前何してんの」
「ひゃっ」

ポタポタと頭上から背中に掛けて水が滴り落ちる。いつの間にか彼は風呂から上がったようで腰にタオルを巻いたまま私を睨んでいる。いつの間に出てきてたのか、部屋が真っ暗だったので気が付かなかった。あるのは月明かりだけ。

「亜久津も臭くなんの?」
「馬鹿にしてんのか」

また、ふふっと笑い声が漏れ出た。想像してみたら随分と面白いし、風呂上がりに唐突にこんなこと言われてる彼にも面白い。ニヤニヤしてる私に呆れたのか、相変わらず頭からポタポタ水を垂らしている彼は煙草を床から拾って火をつける。

「風邪ひくから少しは頭拭いたら?」
「んなヤワじゃねぇよ」
「ヤワとかそういう意味じゃないんだけどなぁ」
「お前うるせえ」

首根っこを掴まれて深く口を塞がれる。少しタバコの味がある。でもそれも彼の存在をたらしめてるようで私は嫌いじゃない。そのまま彼は煙草を消してベッドに私を押し倒した。まだ吸い始めなのに勿体ないなと思ったけど無粋なので何も話さないことにした。



……続く


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