短編 | ナノ



揺らめく蜻蛉

※社会人、遠距離設定

どうして人は生きてるんだろう。どうして人は、人を愛してしまうのか。何の為に、人を好きになるのか。

「そんなん好きになったからや」

昔の謙也はそう言った。では、どうして人は、人を嫌いになるのか。また彼は、そんなん嫌いになったからや、とでも言うのだろうか。
特別なことは何も無い。よくある遠距離恋愛で、よくある日常の連絡の減少、よくある愛情の薄れ、ただそれだけ。謙也が私のことを好きでなくなったことは差程気にしてない。問題は私が謙也を好きでなくなってしまったことだ。好きだった人に対して悪い部分に目が行くようになってしまい次第に愛情が冷めてしまう。私はそんな当たり前のことが、自分をとても薄情な人間だと認識させられてしまう重大な事柄に思えてしまう。

毎日の仕事に追われる。もう人も疎らになったデスクで未だパソコンをカタカタと動かしている私。転職活動を終えた私はまだ仕事にも東京にも慣れずにいる。どう頑張っても残業は免れない。新しい職場に不満はない。ただ毎日少しずつスリップダメージのように忙しさが募ってくだけだ。HPを回復しないまま次の戦闘に向かうゲームのようなものである。



バサッ

帰宅して直ぐにカバンを床へ放り投げる。こんなことをするから家が片付かないのだろう。LINEを開く。謙也にLINEしなきゃ。


「しなきゃってなんだ……。」


吐き捨てるように呟いた自分の声が1人の部屋に反響した気がした。昔は楽しくルンルン気分で自分から連絡していたのが今では義務のようになってしまった連絡。仕事の疲れからか、それすらも私にとってはストレスになる。仕事終わったよ、とだけ、とりあえずのLINEを入れておく。

シャワーを先に済ませよう、とスーツを脱ぎ始める。あぁそろそろワイシャツ洗濯しないとな。次の休みまで持ちそうにない。7枚用意してるので休みの度に洗濯すれば持つはずが、休みの日はつい寝てるだけで終わってしまう。全社会人が首がもげるほどうなづくのではないだろうか。脱いだシャツと洗濯カゴに貯めておいたシャツを纏めて洗濯機に入れた。ボタンをピッピッと押して洗濯を回しておく。全裸の私はそのまま浴室へ向かった。
シャンプーをしている間、人は何を考えるのか。学生時代は映画なんか見ながら半身浴なんてものをしてたが今はそんな時間も体力もない。ぐしゃぐしゃと頭を洗いつつ私は早く寝たいな、などと考えていた。それは身体を洗っている時も続く。お風呂ってなんでこんな面倒くさいんだろう。全自動全身洗い機なんてものがあればいいのに、なんてしょうもないことも考えたりしてた。


お風呂上がりに身体と頭にタオルを巻いて、洗濯機を確認すると洗い上がりはまだなようだった。洗濯物を干してから寝たいところなので、今のうちに保湿と髪の毛を乾かしておこうと決めた。いつもなら化粧水、美容液、乳液、と肌に塗り込んでいくところだが、今日はもう疲れてしまったのでパック1枚で済ませてしまおう。パックを付けて待ってる間、少しSNSを確認する。少し目に付いた投稿は同級生の白石だった。テニス部時代のメンバーでBBQした投稿。もちろんそこに謙也はいる。別に自分が不幸な時に他人も不幸になって欲しい訳では無いが、こうも楽しそうな投稿を見ると心の狭い自分はイラッとしてしまった。そんな自分に心と頭がズキっとする。

ピコピコ。

LINEが通知してくれた。開かなくても通知で分かる設定にしてる。謙也だ。

「今終わったん?えらい遅いな。お疲れ様。次いつ大阪来るん?白石らも…」

長すぎて途中からは通知画面からだけでは確認できないが恐らく白石達も久々に会いたがっている、ということだろう。もはや白石達はどうでもいい。それより何故大阪に来ることが前提なのか。何故東京に来る選択肢がないのか。これだけの文章でイライラが止まらない。パックを外した。パックは付けすぎても逆に乾燥していくから意味が無くなる。そんな美容知識を思い出してもイライラは止まらない。LINEを改めて開く。


「白石らもホンマは一緒にBBQしたかったって言うとったで。お盆は一緒にしたらええやんか。あと最近なんかお前冷たいで。なんやイライラしとんのか、更年期にしては早いんちゃうか笑」


凄い!逆にここまで人をイライラさせられるのか!感心してしまった。それでも止まらないイライラに私の指は止まらない。

別れよう。

そう打って送信したと同時に洗濯機が音を告げた。


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